第2話 パーティを抜ける時#2

 “満天星団”は冒険者ギルドから戻り、泊まっていた宿屋に戻ってきた。

 今頃、ドンバス、アニリス、ユミリィはお酒を飲んだ影響でぐっすり就寝中だ。

 そして、他の利用客も就寝中の深夜頃、ユトゥスは覚悟を決めた表情で一人の仲間を待ち構えていた。


 コンコンコンとドアがノックされる。

 ユトゥスが「どうぞ」と返事をすれば、サクヤが「入るよ」と小さな声で言って部屋の中に入ってきた。


「どうしたのさ? 二人っきりで話したいことって」


 サクヤはいつもの着古した長袖に身を包んでいる。

 この話をした後はすぐに寝るつもりなのだろう。

 その証拠にサクヤは小さくあくびをした。

 そして、サクヤはベッドに座るユトゥスの前に椅子を移動させ座わる。

 

「どうしたんだ、二人で話したいことって?

 もしかしてなんかいいこと思いついた感じ? 今度は何をするんだい?」


 サクヤは次の冒険を見据えたようにしゃべりかけて来る。

 どうやらサクヤにとって自分がいるとは当たり前のようだ。

 ついその言葉に甘えそうになるのを堪える。

 しかし、それは決して手にしてはいけない果実も同じだ。

 ユトゥスは僅かに声を震わせながら、されどハッキリと言葉にした。


「サクヤ、このパーティはこれからお前がリーダーだ。だから、皆をよろしく頼む」


「......え? ちょ、何かの冗談? それにその言い方って――」


「......」


 サクヤはすぐに言葉の意味に気付いたようで、僅かに眉間を狭め口を閉じる。

 その反応にユトゥスは安心感を感じた。

 サクヤは昔から物分かりの早く、手のかからない子供だった。

 だからか、ユトゥスは何かとサクヤに手伝いを頼んだり、伝言を頼んだりすることが多かった。


 また、本来なら”満点星団”もサクヤをリーダーとさせるつもりだったユトゥス。

 しかし、それはサクヤに「創設者が引っ張るのは当然でしょ?」と断られてしまい、いつもの保護者役の延長線上としてリーダーを引き受けることになった。

 もっとも、今となればしっかりとリーダーの自覚はあるが、それも今日までだ。


「......一先ず、どうしてそう思ったか聞かせてくれる?」


 サクヤが尋ねてくる。ユトゥスに真っ直ぐと向ける瞳は全く動くことはない。

 うら若き乙女がその目を見れば一発で頬を赤らめ恋に落ちてしまいそうな視線を送ってくる。

 普段の温和でニコニコとしたサクヤが戦闘以外で稀に見せる顔だ。


 つまり、それだけこれからユトゥスが話そうとしていることに注目している。

 生半可な理由では納得してくれない。サクヤは意外にも頑固なところがある。


 ユトゥスは昔サクヤが冒険者になりたての頃、剣をプレゼントしたことがあった。

 当然、剣は消耗品であり、戦いで酷使せずとも経年劣化などで切れ味は悪くなる。

 冒険者にとって武器の手入れは重要であり、なまくらと化した剣を使い続ける意味はない。


 しかし、サクヤは未だに手入れを欠かさない。

 さすがにその剣の現役は退いたものの、常に小太刀のようにして帯剣している。

 それこそ、ユトゥスが「もう捨てたら?」と言っても、頑なに拒否するほどにはサクヤは妙なとこで頑固だ。

 

 とはいえ、ユトゥスとてこれからする話は本気も本気である。

 自分の現状、弟妹達の成長、”満点星団”としての未来、それらをしっかりと考えた。

 いや、ずっと昔から考えてたことだ。それこそ、自分がお荷物と自覚し始めた頃からは。


「俺は――」


 ユトゥスはありのままの気持ちを話した。

 自分が役立たずであること。

 自分が弱いせいでもっと冒険できていないこと。

 皆の優しさに甘えてこれからも生きていく良心の呵責に耐えられないこと。

 そして、自分の存在が皆の成長に足を引っ張っていること。


 心の内を曝け出すように紡がれた言葉の数々。

 いつも抱えていた感情を吐き出した時、それを弟に知らしめた時、変な爽快感があった。

 しかしすぐに自己嫌悪の波が襲ってくる。自分が弱いのは弟妹達のせいじゃないのに。


「......そっか。そんなことを思ってたんだね。

 そういうことならもっと早く......いや、言えないか。

 兄さんが努力してることを知ってるし、それこそ僕達の力も借りて毎日修行してた。

 でも、それが決して全て無駄じゃないんだ! それは兄さんだって知ってるはずだよ!」


 サクヤが声を張り上げた。

 やはり納得できない内容だったか。とユトゥスは目を閉じて思った。

 サクヤはさらに言葉を重ねる。


「確かに、兄さんには未だ特定の職業が無く、そのせいで魔法スキルも技能スキルもない。

 でも、それらが無い分、必死に剣の技術や出来ることを磨いてきたじゃないか!

 兄さんの個人ランクがDランクであることだって決しておかしな話じゃない!

 兄さんはDランクの魔物なら単独で倒せるほどの力はあるじゃないか!」


 サクヤの言葉も間違いではない。

 ユトゥスは自身に力が無かった分、技術の習得に努力を費やした。

 世の冒険者が職業によって与えられたスキルに頼りっきりになる中、ユトゥスは純粋な剣の腕だけでもって戦い続けてきたのだ。


 その結果、職業に頼らず生きていく力を身に付けた。

 剣だけではない、弓だって、体術だって彼はそれなりに扱える。

 魔物や植物の生態に関する知識、回復ポーションの作成方法などもある。


 それほどまで職業の上達の代わりに技術で補ってきた。

 例え、それしか出来ることが無かったのだとしても。

 それでも、その成果をもたらす努力は決して否定されるものではない。


 サクヤの言葉はそれを理解してるからこそだろう。

 されど、それでもいずれ限界が来る、ユトゥスは思っていた。

 なぜなら、それは仲間としての、家族としてのひいき目が強いからだ。


 必死に努力してくれている人間を知っていれば応援したくもなる。

 応援していた人が弱っていた時、助けになりたいという思いを抱く。

 しかし、それはあくまで努力を知っている人の評価だ。


 何も知らない第三者には「ユトゥスは弱い」という結果しか伝わらない。

 そこでユトゥスが、サクヤが努力してきた事実を伝えたとしても「はい、そうですか。凄いですね」で終わってしまうのが世の中だ。


 世の中はどう足搔いてもやってきた結果、起きた事実、目撃した現象でしか素直に信じられない。

 そこにどれだけの努力や不可思議があったとしても、それは結果が評価されて初めて興味を持たれるものだ。


 だから、人に認めてもらいたいのであれば結果を出すしかない。

 もちろん、これは人間の感情的な話を一切度外視したもので全てがそうではない。

 だが、それこそ世の中の”結果”から見ればそれが当たり前なのである。


 人が優劣をつけたがるのは自分が優秀であることを知らしめるため。

 そして、冒険者ランクは一目で優秀であるかどうかをわかりやすく評価したシステム。

 その評価が低ければ与えられる印象は「弱い」の一言に尽きる。


 それに、ユトゥスがこういう選択を取ったのも、先ほどまで行っていた迷宮調査による出来事が決め手であった。


「ならさ、数時間前までいたAランク迷宮で俺が何をしてたか知ってるか?

 下の階層に行くにつれて強くなる魔物......基本的にAランク相当の魔物ばかりだ。

 その状況で回復役のユミリィよりも後ろでただ黙って傍観だぞ?」


「でも、それはユミリィの後ろから魔物が来るかもしれないし、それに彼女の回復が間に合わなくなった時に必要で――」


「そんなの俺じゃなくたっていいだろ!!」


 ユトゥスは感情を爆発させた。

 そして、すぐにハッと冷静になりサクヤを見る。

 弟はとても悲しそうな顔をしていた。


「......っ」


 ユトゥスはそっと視線を逸らした。

 こんなことが言いたいわけじゃない。だけど、これが本音の気持ちだ。

 言えた分スッキリした気持ちと、言ってはいけないことを言った気持ちがせめぎ合って胸を締め付ける。


「......ねぇ、兄さん。このパーティはどうするんだ?

 このパーティは兄さんがつくったものだ。兄さんがいなきゃ成立しないんだよ」


 “満天星団”はユトゥスが同郷の幼馴染と一緒に作った未来と希望に溢れた冒険者パーティである。

 そして、それに秘められた想いはただの子供の憧ればかりではない。


「このパーティで有名になって故郷を復興するんじゃなかったのかよ!?」


 ユトゥス達がいた村はたくさんの魔物に襲われ、大勢の人が亡くなった。

 その中には当然彼らのパーティの全員が大切な身内も含まれている。

 故に、この“満天星団”の目標は冒険者として有名になり、そこで得られるお金で自分達の故郷を復興させるというのが目的だった。


「あぁ、わかってる。そのつもりだ」


「わかってないよ! なら、どんな理由があるって言うのさ!」


「それは俺がいなければもっと早く目標に辿り着いてるはずだったからだ。

 皆は優しいから俺に歩幅を合わせてくれる。だけど、それじゃダメなんだ。

 皆はもっと前に行ける。それこそもう少しで伝説のSランクにだって届きそうなメンツだ」


「......兄さんは自分が僕達の重荷になってると思ってるのか?」


 ユトゥスは静かに目を閉じ、返事をする。


「あぁ」


「僕達がそんなことを思っていないとわかっていても?」


「......あぁ」


 それから流れるしばしの沈黙。

 ユトゥスは手を組み顔を俯かせる。

 サクヤは背もたれに背中を預け天井を見つめる。


 サクヤは目をギュッと瞑ると、数秒後には開けた。

 その目をユトゥスに向ける。その目には覚悟が宿っていた。


「......わかった。これから僕が“満天星団”のリーダーを務める。

 だから、兄さんに恥じないような冒険を続けていく」


「あぁ、俺が戻って来るまで頼む」


「.......ん? ちょっと待って、今なんて言った?」


 サクヤは混乱した顔をした。

 まるでユトゥスが言った言葉が理解できてないみたいに。

 一体何に混乱してるのだろうか、とユトゥスはその反応に首を傾げる。


「今、『俺が戻って来るまで頼む』って言った?」


「ん? 一言一句間違ってないな」


「あれ? さっきの話の流れで言うと冒険者辞める的な話じゃなかったの?」


「このパーティを抜けるつもりで言ったんだが......冒険者を辞めるとは言ってないし。

 それに俺が皆から離れるのは、皆に甘え続けて努力しなくなりそうだからだ。

 確かに、俺には力がない。でも、それは諦める理由にはならない」


 ユトゥスは自らの握った拳を見つめる。

 この手に握られているのはリーダーとしての責任.....というほど大したものではないが、それでもこれから新たなステージへと向かう弟に向けた応援のようなもの。

 その拳をサクヤの左胸に伸ばした。


「俺は一度皆から離れて、もう一度ゼロから冒険を始めてみようと思う。

 その過程で力をつけて、戻ってきた時はまた皆で冒険しよう。

 だから、その時が来たらもう一度俺を仲間に入れてくれるか?」


 その言葉の直後、サクヤの目からスーッと涙がこぼれ落ちる。

 突然泣き始めた弟にユトゥスは困惑した。


「え、なんで泣いてるんだ......!?」


「いや、その......なんていうか、安心して」


 サクヤは流れた涙をぬぐい、笑いながら言った。


「ハハ、なんだそういうことか。

 全く言うならちゃんと言ってくれよ。全く困った兄さんだ。

 それにたぶんその時には僕達は遥か高みに行ってるぞ」


「あぁ、それでも構わない。必ず追いつくから」


「そっか......わかった」


「そんでもっていっそのこと昔から憧れだった英雄にだってなってやる!」


「ハハ、兄さんならそれぐらいやっちゃうかもね。勇者みたいな英雄に」


 サクヤは笑って返事をした。

 そして、ユトゥスの拳にそっと自身の拳を当てる。


「行ってこいリーダー。応援してるからな」


「あぁ。そっちこそ曲者揃いだけど頑張れよ新リーダー」


 そして、ユトゥスはAランク冒険者パーティ“満天星団”を抜けた。


―――ユトゥスが死亡するまで残り十二時間

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