逆転の反逆者、その意に逆らう~職業不明の青年が迷宮で神様から力を貰い、その力で英雄へと至るまで~
夜月紅輝
前章 逆らうは誰がために 第1篇 落ちこぼれは旅立つ
第1話 パーティを抜ける時#1
冒険者ユトゥスは掠れ今にも閉じそうな目で目の前の熊を見ていた。
その熊は三メートルもあり、茶色体毛をコートのように着飾っている。
そして、顎には金属製らしき装甲がついており、爪も鋭い尖ったガントレッドのようであった。
迷宮で出会ったその熊の爪に右足が吹き飛ばされた。
先程左手を失ったばかりだというのに。
体内から血が流れ出ていくのを、体温が冷えていくのを感じる。
死ぬのが近い。あぁ、死んでしまうのか。
「グルルル......」
ユトゥスの頬にベトッベトッと涎が落ちる。
唸り声を上げ、歯茎をむき出しにした熊のものだ。
目が合った。その熊は明確な殺意を帯びている。
単なる八つ当たりでこの様だ。
でも、これでいい。
これであの三人は守れる。
まだまだこれからの未来がある冒険者を助けられた。
この弱くて落ちこぼれの自分がだ。
あいにく望む未来ではなかったが、それでもせめてカッコはついただろうか。
熊の口が開く。掠れた視界の中でも喉の奥までしっかり見える。
トドメを刺すつもりだろう。首元にガブリと一撃で。
「英雄になりたかったなぁ......」
今にも閉じそうな意識の中、ユトゥスは走馬灯のように十数時間前のことを思い出していた。
*****
ユトゥスはどこにでもいる冒険者だ。
黒髪に黒目をし、いつも穏やかそうであり、誰かにヘラヘラしているような目。
身長は百七八センチと高くとも、常に自信が無いように猫背の姿勢。
筋肉はあるものの細マッチョという感じである。
もっともその体を活かした場面は少ない。
そんなどこにでもいそうな如何にもパッとしない見た目。
いつか来るであろう活躍のために持て余した筋肉をぶら下げ、今日も夜の街中をトボトボと歩く。
街灯が立ち並ぶ大通りでは魔法の光で周囲を照らしているから夜でも明い。
だからか、浮浪者のようなユトゥスはよく目立つ。
そんな今の彼に優しくしてくれるのは月明りと街灯ぐらいだ。
ただし、街灯にはブンブンと虫達がいくつもの黒い点を作るように集まっている。
ユトゥスが現在拠点としている場所はバスティスという街だ。
いくつかある街の中では比較的大きいであり、夜でもそれなりに活気がある。
大通りをカップルや冒険者パーティが夕飯を求めて往来する。
そんな彼らは通り過ぎるたびにユトゥスの方へと視線を向ける。
いや、正確には目の前を歩くは四人組の男女。
「ん~~~っ! ハァ~、やっと帰ってきた~」
「長いこと迷宮に潜りっぱなしだったからな。さすがに体も汚い」
「なによ、誰のおかげで迷宮の中でもお風呂に入れたと思ってんのよ」
「それはそれはあなた様のおかげでごぜーます。よっ、アニリス様!」
前を歩くのはユトゥスの同郷の幼馴染であり、大切な弟妹達だ。
最初にしゃべったのはユミリィだ。
ユミリィはポニーテールが特徴的でロングの青髪に緑目。
そして、溌剌とした元気が特徴な女の子だ。
白を基調とした修道服に似た服に身を包み、両手に杖を持っている。
そんな彼女は人目をはばからず大きすぎず小さすぎずの胸を主張するように伸びをする。
二番目にしゃべったのはサクヤだ。
サクヤはは金髪に青い目をしており、優しい顔立ちをしている。
いかにも物語の主人公っぽい見た目だ。
いや、もっと言えば物語の出だしの勇者かもしれない。
服装も相まって余計そう思わせる。
三番目にしゃべったのはアニリスだ。
アニリスは黒髪黄色目であり、髪はツインテールに縛っている。
また、頭には大きな魔導帽を被っている。
対して、服装はボディラインを描くようにピッタリとしている。
本人曰く機動力を確保するための服装らしい。
そして、最後にしゃべったのはドンバスだ。
ドンバスはメンバー一番の高長身で、百八十センチ以上ある大男だ。
見た目は茶髪に茶色目であり、全身を黒い鎧で覆っている。さながら黒騎士だ。
そして、彼の左手にはほぼ身長サイズの大盾と、背中には大剣を背負っている。
それがユトゥスの所属する冒険者パーティ「満天星団」のメンバー全員である。
そして、そのパーティのリーダーがユトゥスであった。
五人はやがて冒険者ギルドに辿り着く。調査報告をするためだ。
冒険者ギルドの古びた木造の扉がギィッと鈍く音を立てる。
瞬間、ギルド内にいた冒険者の賑やかな声が一瞬静かになった。
そして、一斉に聞こえてくるは“満天星団”を称える周りの冒険者の声であった。
「見ろ、Aランクパーティの“満天星団”が帰ってきたぞ!」
「アイツらが新しくできた迷宮を調査してきたっていう凄腕パーティか」
「しかも、今もっともSランクに近いAランクパーティって聞いてるぜ」
「キャー! サクヤ君ー! カッコいい~~~♪」
「ユミリィ様! アニリス様! 万歳!」
冒険者ギルドにはランクシステムが存在する。
ランクはそれぞれ大きい方からS,A,B,C,D,E,Fとなっている。
その中で”満点星団”はAランクに位置する。
また、ランクシステムには個人ランクとパーティランクが存在する。
パーティでランクを与えられる条件はパーティメンバーの過半数のランク、もしくは冒険ギルドから指定されたランク依頼を達成した場合となる。
そして、“満天星団”はサクヤ、ドンバス、アニリスの三人がAランクである。
そのため、パーティとしてはAランクパーティとして評価されるのだ。
とある冒険者が帰ってきた「満点星団」を見てしゃべる。
「見ろ、アレが閃光の騎士サクヤだ。
なんでも物凄い速さと光魔法でもって数百の魔物をあっという間に片付けるらしい」
「マジかよ!? 数百の魔物ってもしかして前の
また別の冒険者がしゃべる。
「アイツが剛壁のドンバスか。デケェな。とても十六歳とは思えねぇ。
それにアイツの大盾は何でも弾くと聞いたがそいつは本当なのか?」
「マジって話だぜ。なんでもAランクの魔物であるマンティコアのブレスを弾いたらしい」
またまた別の冒険者がしゃべる。
「おいおい、慈愛のユミリィと魔導のアニリスだ。マジヤベェ、超可愛い。
ユミリィはお堅く男に対して警戒する女性冒険者が多い中でコミュ強でフレンドリーって聞くぜ。
それに垣間見える八重歯と意外に胸がある胸がたまらん」
「俺はアニリス派だな。小柄でスレンダーな見た目から放たれる鋭い目つきがイイ。
それに歩く
その魔導書の中にはきっと夜の手練手管もあるだろうから......うん、踏まれたい」
ザワザワと聞こえてくる声は様々で(時に異様な感想も飛び出してくるが)、それでも彼ら四人の感想としては概ね一目置かれている評価であった。
そんな声は当然彼らにも聞こえている。
「キッモ、人のこと見て変な想像してんじゃないわよ。ユーミもそう思うでしょ」
「アハハ......気にしないようにはしてるけど」
「まぁまぁ評価されてるだけいいじゃねぇか。前までは俺達クソガキ扱いされてたんだから」
「確かに。そう考えると気が付けばこんな所にいるよな。必死過ぎて気が付かなかった」
サクヤ、ドンバス、ユミリィ、アニリスの四人が笑っている。
その様子をユトゥスは後ろを見て嬉しそうに笑った。
頑張りが報われてることは良いことだ、とユトゥスは兄心に思った。
しかし、当然そこに飛び交うは良い言葉ばかりではない。
「にしても、“満天星団”の帰還の中で後ろをついていく男は誰だ?」
「知らねぇのかよ、アイツがビトンのフンのユトゥスだよ。どうも同じ村の出身だかで、
「ハッ、良いご身分だな。何も出来ねぇカスが優秀な幼馴染に寄生して贅沢三昧か? それも年下相手に。
この世界には様々な仕事が存在する。
そして、その中でもとりわけ人気の仕事が冒険者という仕事だ。
各地に赴き魔物や時には人を倒し、名声をあげ、偉業を成し、やがて伝説になる。
もちろん、それ相応の危険を伴い、死ぬ可能性も一番高い。
それでも人の憧れを焚きつけて誘うのが冒険者という仕事。
しかし、その冒険者として人生を歩める者はそう多くない。
なぜなら、この世界には五歳の時に教会で職業が与えられるからだ。
「剣士」「魔術師」「料理人」果ては「村人」までと様々ある職業はギフトと呼ばれ、その職業によって冒険者になることを断念する者も少なくない。
そんな冒険者で爆発的な実力を発揮した成長株パーティがある。
その名こそ”満点星団”と呼ばれる少年少女で構成されたパーティ。
平均年齢十七歳でありながら、瞬く間にAランクパーティに上り詰めた冒険者達だ。
それがサクヤ、ドンバス、ユミリィ、アニリスの四人である。
そして、その四人はそれぞれが「聖騎士」、「重騎士」、「天僧」、「賢者」という他の冒険者からしても、喉から手が出るほど欲しい職業を授かっていた。
しかし、彼らのそんな超レアの職業を授かってもあぐらをかかない姿勢が、他の冒険者達に評価されていた。
一方で、ユトゥスは無能が故の”ゼロ”と称されていた。
またの名を金魚の糞という意味の”ビトンのフン”。
冒険者は自身の冒険者カードか<鑑定>の魔法だけでステータスを覗くことが出来る。
だが、その力で見てもユトゥスの職業だけは不明であり、誰も解読出来なかった。
だからこそ、初めはその謎の職業に期待されていた。
しかし、それは今に至るまで開花することはない。
期待も出来ないものに興味を向けるほど冒険者も暇ではない。
段々とユトゥスの職業への興味が薄れ、挙句には意識すらされなくなった。
ユトゥスも最初こそその謎が秘められた職業に期待をしていた。
だからこそ、村の幼馴染を率いて“満天星団”を作り出したのだ。
だがどうだ、何年経っても何年経ってもその職業の片鱗すら見えない。
反対に、弟妹達は与えられた職業を理解して、技を磨き、工夫し、鍛錬して明確に強くなっていく。
そんな仲間達におんぶにだっこの状況が続けば、事情を知らない冒険者は思うだろう――強い仲間に寄生する能力ゼロの男、と。
「なによアイツら、ユティーのことを何も知らないくせに」
「ちょっとわたし文句言ってくる!」
「どうどうどう、落ち着けお前ら。サクヤ、報告だけ済ませておいてくれるか?
俺は血気盛んなアニリスとユミリィを止めてるからよ」
「わかった。しっかり押さえてて」
ドンバスがアニリスとユミリィに両手を向けて止めた。その間に、一人サクヤが受付に向かう。
二人の少女の顔は怒り心頭といった様子であり、このまま何をしでかすかわからない。
おっかない少女をドンバスが必死になって止めている。
ユトゥスはその状況に苦笑いを浮かべた。
二人が怒ってくれているのは自分のためだと理解している。
しかし、それでも、止めるにはあまりにも腕が重すぎた。
―――数分後
アニリスは真っ赤な顔でグビグビと木製のジョッキに入ったお酒を飲む。
そして、それをテーブルに叩きつけ、叫んだ。
「もう、ユティーもしっかりと言い返しなさいよ!」
「いや、でも実際事実だし......」
「だけどだけど、冒険者は何も戦うことだけが能じゃないじゃん!
薬品の管理だったり、攻略のペース配分だったり、索敵だったり、それに何よりユティーの料理は美味しい!」
アニリスとユミリィは怒りに拍車がかかっている。
それこそ依然として言われるがままのユトゥスにも矛先が向くほどに。
しかし、その怒りはどちらかと言うとユトゥスの卑屈な態度に対するもののようだ。
「そうだな。ただでさえ迷宮に潜ってる間は娯楽がねぇもんな。
その時はユトゥスが振る舞ってくれる飯だけが楽しみだ。
ぶっちゃけその時のために迷宮攻略を頑張ってるとも言える」
「それは流石に言い過ぎだと思うけど......それに何もない俺が戦闘で頑張れない分、そのぐらいしかやれることないし――痛たたた! 何するのアニー!?」
「あんたがまた卑屈なこと言ってるからお仕置きよ」
アニリスはユトゥスの鼻をギュッと摘まみ、言葉通りのお仕置きを与えた。
呼吸がしずらくなり、普通に痛い。その時間が十数秒続いた後、お仕置きが終わる。
「アタシが怒ってるのはあんたの努力を知らない奴がバカにするからで、そんでもってそんな努力をバカにされてるあんたが何も言い返さないこと」
「だけど、それは力のない俺には当たり前のことで――」
「ユーミ、構え」
「ラジャー」
「ちょちょちょ!? 摘まむ体勢に入らないでよ!? ドンバスも見てないで止めて!」
「俺もどっちかっというとアニリスに共感側だからな。後、敵に回すと怖い」
ドンバスがアニリスとユミリィの反応に静観する。
一体デカい図体で何を言ってるのか、とユトゥスは思った。
しかし、実際アニリスが怖いのは同感なので何も言わない。
チラッと周囲を見れば、冒険者達がニヤニヤしてやり取りを見ていた。
他の冒険者からはこの“満天星団”は、サクヤという圧倒的なカリスマで支えられてるパーティだと思っているだろう。
しかし、それは勘違いであり、実際は血気盛んなうら若き二人の少女に仕える下僕のような関係である。
なので、実際のリーダーはユトゥスであるが、大抵のことはこの少女二人の手動によって決まる。
仮に聞く場合があるとすれば、それは今後のパーティとしての活動方針だったり、リーダーとしての発言をする時の言葉だけだ。
「何々、どうしたの......ってもう出来上がってるのか」
「聞いてよサクヤ~。また、ユティーが卑屈になって――」
「ハハハ、発作のようなものだから時間が経てば落ち着くよ」
「俺のこれまでの発言ってそんな風に思われてたの?」
サクヤが報告から戻って来るや否や、ユトゥスはサクヤから飛び出してきた言葉に驚く。
これまで事実をありのままに述べていただけなのにそう思われていたとは.....。
サクヤは陽の成分が多い人間なので理解できない要素はあるのかもしれない。
サクヤが集まった所で全員で楽しい食事を始めた。
話すことは迷宮の出来事だったり、しばらくぶりに取る休日の予定だったり、今後の活動方針だったり。
ユトゥスはそんな仲間達を見て笑みを浮かべた。
気の置けない仲間がここにいる。
どんなに弱くても仲間と言ってくれる。
そんな大切な人達がここにいる。
しかし、同時に思うこともある。
自分がいる限りずっとこのままではないのか?
この“満天星団”はもっと上にいけるパーティだ。
なぜなら、奇跡のような職業を持つ四人が集まっているのだから。
それこそ他の有名な冒険者パーティから見ても類を見ない。
しかし、そんなパーティがなぜ未だAランクなのか。
それは自分がいるからに他ならない。
「なぁ、サクヤ」
「ん? ユトゥス兄さんどうしたの?」
だから、決めた。これからすることを。
きっと全員に言えば怒って説得するだろう。
だからこそ、世間が思うリーダーにありのままを伝える。
「後で話がある。二人で、だ」
―――ユトゥスが死亡するまで残り十五時間
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