第11話 寝取られたい願望

 ――違う、これは違う。幻覚だ。幻聴だ。なにもかもが“幻”なんだ……! 現実に戻れ俺。頼むから、もうこれ以上の『悪夢』はやめてくれ!!


 頭を抱えた。

 ヒドイ頭痛が襲ってきたからだ。


「……ぐ、ぐうううぅぅぅぅぅ…………」


 やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ…………!!


 俺は望んじゃいない。こんな運命を! 違う違う違う。全て間違っている。なにもかもが違う。そうじゃない。


 修正しろ。訂正しろ。俺は希愛にこんな風になって欲しくはないんだ。本当だ。なあ、頼むから元に戻ってくれよ!



『…………!』



 ぐにゃりと視界が変わっていく。……うおぇ、なんだこりゃ…………。体が、自分の体ではないような感覚。なにかに“乗っ取られている”ような。


 なんだ、操られているのか俺は。



「うあああああああああああああ!!」



 目を覚ますと保健室らしき場所にいた。俺はベッドの上で目を覚ましたらしい。……え、なんでこんなところに?


 そういえば、希愛と酒井がよろしくヤっていたシーンで俺は頭が真っ白になって。……いや、違う。あれは違うんだ。



「ようやくお目覚めかい、聖」

「……!」



 そこには保健室の先生がいた。確か、大原といったか。ああ、そうだ。大原先生だ。間違いない。



「君は倒れていたのだよ」

「俺が? どうして?」


「覚えていないのか。……私はあまり専門ではないのだがね。君はナルコレプシーとカタプレキシーを併発しているのではないかと」



 ナルコレプシーとカタプレキシー?

 なんだその聞きなれない病名は。まったく聞き覚えがない。俺がそれだとして、いったいなんの関係があるんだ。



「どうしてそう思うんですか?」

「聖、君の寝言で判断した。君は希愛という彼女を“寝取られたい願望”があるようだね」


「…………!?」


 とんでもない返しをされ、俺は心の中でかなり焦った。まてまて、俺ってばそんな寝言を!? 恥ずかしすぎるだろ!

 保健室の先生になってことを言ってしまったんだ俺。

 てか、そんなことを言っていたってことは……本当に眠っていたらしいな。

 まったく記憶にないんだが。


 いやまてよ……。今までも、結構そういう幻を見ていたということか?



「まあ簡単に言ってしまえば『夢遊病』のようなものだ。睡眠時遊行症は、ほぼ無意識の状態で徘徊するからな。君の場合は幻覚も見ているようだが」



 ……そんな、俺が?

 なんで、なんでだよ。そんな症状になる理由が分からん。



「……信じられません」

「そうだろうね。君、ニューくんでしょ」

「え、ええ……」


「配信で睡眠時間は取れているのか?」


「あ…………そう言われると、あんまり」



 俺は配信をしている時は、ほとんど眠っていない。不規則な生活が続いていた。だから、自律神経が狂っていることは自覚していた。だけど、ナルコレプシーとカタプレキシーを併発? 夢遊病? そんな……アホな。


 いや、だけどいくつか覚えがあって困った。


 どうやら俺は大原先生の言う通り、睡眠障害に掛かっているらしい。



 俺の奥底に棲む“悪魔”がそうさせたんだ。奴らは俺の無意識下で悪夢を見せていたんだ。


 少なくとも、さっきの希愛と酒井のシーンは『夢』で確定だろう!



 俺は直ぐにスマホで電話をかけた。


 すると希愛が直ぐに出た。



『どうしたの?』

「お前、今どこにいる……?」


『え。どこって女子の友達と買い物だけど……』



 ……よ、良かったあああああああああああああ!!


 やっぱりアレは俺の悪夢だったんだ。



「希愛、お前は真っ直ぐ学校を出た。間違いないな?」

『うん、そうだよ。てか、久しぶりに聖くんの家に行こうかな~』

「お、おう。そうしてくれ! ぜひ!」


『分かった。じゃあね!』



 そこで電話は切れた


 五秒後、俺は改めて……!



「イヤッホオオオオオオオオオオオオオオオウ!!!」



 喜びの声を上げた。だが、大原先生に注意を受けた。



「聖。ここは保健室だぞ」

「す、すんません……」

「まあいい。君とは一度話してみたかったんだ」

「俺と?」


「君は有名人だからね。暴露系インフルエンサーとしての活動、応援しているよ」

「ありがとう、先生。俺、がんばるよ」


「うむ。今後、睡眠障害で悩まされるだろうが、規則正しい生活を送ればきっと大丈夫だ。もしそれでも悪夢を見るようであれば病院へ行け」


「分かりました、先生。では」



 俺は頭を深々と下げ、保健室を後にした。

 大原先生に助けられたな。感謝しかない。



 学校を出て、俺は真っ直ぐ家を目指した。今はとにかく希愛に会いたい。無事を確認したい。

 急いで家に到着。すると玄関の前に希愛の姿があった。



「聖くん……!」

「希愛! 待っていてくれたのか」

「当たり前じゃん。今は彼女じゃなくても友達だからね」



 …………ッ!


 そんな寂しそうな笑顔で言われても。俺は心が痛くなった。


 俺の脳がバグっていなければ……。いや、苦しい言い訳だな。病気を盾にすることは、相手に重荷を背負わせてしまう。だから今は俺の睡眠障害については伝えないでおくことにした。



「すまん、希愛」

「なんで謝るの~」

「……こんな俺を許してくれ」

「許すも何もないよ。わたしはずっと君のことが好きだからね」


 人差し指で頬を突かれ、俺は涙が出そうになった。こんなどうしようもない俺を好きでいてくれるなんて……。


 家に入って部屋へ。


 そういえば、俺の部屋でも事件があった。あれもきっと悪夢のひとつなのだろう。


「希愛、俺はやり直したい」

「え……。それ本当?」

「ああ、生徒会長とも別れる」

「うん、嬉しい。でも――」


「でも?」


「その……条件がある」

「条件、か。分かった。言ってみてくれ」


「解決して欲しい事件があるの。ほら、聖くんって配信でよく悩み相談とか解決してるよね」

「なんかやって欲しいことがあるの?」

「うん。じゃあ、今夜相談してもいいかな?」


 もちろん、断る理由はない。しかも、希愛が配信に出演してくれるなら俺としては嬉しい。


「分かったよ。その相談を解決すればいいんだな」

「お願いね!」


 どんな相談か……ちょっと緊張するな。でも、がんばろう。希愛とやり直す為にも。


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[Tips][ナルコレプシー]

 日中の過度な眠気や突然の睡眠発作が特徴の神経障害。レム睡眠の異常が原因である。


[Tips][カタプレキシー]

 強い感情(喜びや驚きなど)により突然筋力が低下し、一時的に動けなくなる症状で、ナルコレプシーと関連している。

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