第20話

 ディミトリと何故か来ていたエルヴィンに近くの廊下でこてんぱんにされ、集まっていた多数の男子生徒に見張られていたスティーブは、暴行の現行犯で憲兵へと引き渡されることになった。


 私の長い髪の毛が天文部の部室でごっそり見つかって、動かぬ証拠となったからだ。実物を見ると本当にショックだった。慰謝料は貰えるかな……。


 なんと、部室棟の近くに居たエルヴィンが、私の声を聞いていち早く来てくれたらしい。だけど、放送部の部室まで駆けつけた彼を見たスティーブは、気持ち悪いくらいに乙女なくねくねとした動きになってしまったらしい。


 けど、良くわからない事態に困惑して固まっていたエルヴィンは、後から来たディミトリを見てから急に凶暴になったスティーブを二人で協力して取り押さえたらしい。


 もしかして、スティーブって……前世、女の子だった……? まさかね。


 けど、この世界で生まれ変わって男性だとしたら、人格の素地は今のスティーブに引き摺られると思うんだよね。スティーブはやたらとアドラシアンとエルヴィンをくっつけようとしてたのって……やっぱり、エルヴィンを幸せにしたくて……?


 もしそうならば、私も同じ事をしようとしたので気持ちはわかる。


 作品の中で悲劇のラスボスとなったディミトリは、私よりも遙かに優れた聖女アドラシアンとくっついた方が、幸せかなって。


 でも、紆余曲折して辿り着いた私の結論としては、こうだ。


 二次元の推しが、もし実在しているとしたら……私がそれこそ死ぬほど彼を愛して幸せにしたら良くない?



◇◆◇



「最近……シンシアって災難続きじゃない? お祓いにでも行ってきたら?」


 昨日色々とあった私の話を教室を出てからの帰り道に聞いて、ヒューは嫌な顔をして言った。


 実はこの世界の神様は、神殿に行けば厄除けのお祓いもしてくれるのだ。


 作家が日本人の和製ファンタジー、最高。だって、私が前世に日本人だから、どうしても慣れ親しんだ文化が大事なんだよね。生まれ変わっても、わびさびを感じたい。


「うーん……そうだね。ああ。じゃあ、ヒューも一緒に行く?」


「なんで、僕じゃなくて……リズウィンと、行って来たら良いじゃないか」


 何食わぬ顔をしてヒューはそう言ったけど、押し上げた眼鏡の奥は嬉しそう。


 どうやら、本編を保管するIFストーリーの外伝では私が死んでしまって、彼は私に恋をしていたと気がついてしまったらしい。


 けど、誰だってたった一人しか居ない友人を失えば悲しくなりさみしくなり、そうなってしまうと思う。


 ちなみに私は、男女の友情は成立すると思うタイプ。


 そんな訳ないと自分の常識は世界の常識と言わんばかりに、声高に言いたい人が居るとは知っているけど……もし、その人が何か意見を言う権利があるとするなら、私にだって同じように自分の考えを主張する権利があると思わない?


 だから、ヒューと私が二人で休みに神殿に行ったって良いと思うんだよね。もちろん、付き合っているディミトリには良いかなって、ちゃんと確認するけど。


「私はヒューと行きたいんだよ。神殿の石像とかの良くわからない伝説とか蘊蓄とか、いっぱい聞きたいなー?」


 読書好きなヒューは、そういう良くわからない知識を満載な頭脳を持っているのだ。一緒に観光したら、下手なガイドさんよりガイドらしいかもしれない。


「うーん……じゃあ、三人で行こうよ。僕も、シンシアの大事なリズウィンと話したいから」


「え? 良いの?」


 私はあまり人付き合いが良いとは言えないヒューの唐突な言葉に、なんだか驚いてしまった。


 だって、ヒューは私が誰かと話している時には、絶対に近づいて来ないし……神殿と一緒に行くのにディミトリも誘って良いって言ったのは、友達は私だけで良いとまで言った彼が、かなり私に譲歩してくれたとわかるからだ。


「……うん。シンシアが前に、言ってたことがあったよね。あれだけ執心していたのに、たとえリズウィンと付き合えなくても、あいつが幸せでいればそれで良いって。それだけ人を大事に思えて誰かの幸せを願えるって、それだけでも幸せなことだと思うんだよね」


 え。何々!! 現実世界なんてまったく知らないはずのヒューが、私が持つ「推し」の概念に近いことを言い出したんだけど!


「そうだよ!! 本当に存在が尊過ぎて、彼に至るまでの血筋、すべてのご先祖様にも感謝しちゃうくらいに、その人を好きになるんだよ! 居てくれるだけで、世界が綺麗に見えるんだよね。ヒューにもわかってくれたんだね。それが、推してるって言うんだよ」


「押してる? そこは良くわからない。シンシアは……本当に変な子だよね。僕には全く思考回路が理解しがたいし、だからこそ話していて面白いんだよね」


「ヒューも、友達いっぱい作ったら良いのに。きっと、自分でない誰かの考えに触れるって、きっと良いことだと思うんだけど……」


「僕は、友人はシンシアだけで良いかな。だって、君の言っていることを、理解するだけでも大変なのに……」


 校舎を出るために長い廊下を歩いている私は、横を歩くヒューの顔を不思議そうに見た。


「そう? けど、誰かのことを、全部理解するなんて無理じゃない? だって、私今この瞬間だって、ヒューと話してて考えが変わったりするから」


 そうなんだよね。今の私は十年後の私と一緒ではないと、それは思う。


 色んな経験をして、私たちは変わっていくのだ。良いようにも悪いようにも。自分の思うとおりに。


「……うーん。なんて例えれば良いのか。そう……つまり、流れる川の水を見て、その規則性に思いを馳せているのが、僕は楽しいんだよ」


「ヒューって変わってるね」


 頭の良い人が考えることは、本当に良くわからない。


「その僕に変わってるって言われるんだから、君も相当変わってるよ」


 そして、私たちは二人で笑い合ってから、前を向くと靴箱の前で待っている人影を見て、私はその彼に抱きつくために走り出した。


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推し過ぎた悲劇のラスボスと、同化しちゃった! 待鳥園子 @machidori

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