第17話

 ディミトリのことを気に入っていたらしいアドラシアンは不気味なくらいに、私とディミトリの二人に近づかなくなってしまった。


 付き合い始めた私の言う事ならなんでも聞いてくれるディミトリは、手紙の件も不気味だしと言えば「彼女には近づかない」と自発的に約束してくれた。


 アドラシアンは自分からエルヴィンに近付こうとして、周囲に居た女生徒から注意されたという噂は聞いた。


 転校生の彼女がエルヴィン・シュレジエン不可侵条約を知らないのも、それは無理はないから仕方ない。


 けど、例の監督生スティーブに頼んでエルヴィンに自分を紹介してもらうという反則技を使ったと、シュレジエン先輩のファンの反感を買っているらしい。


 まあ……エルヴィンも完璧ヒーローな容姿を持つ人で、私もディミトリの次に良い感じの男性だと思ったことは認める。


 けど、何かがおかしい。


 アドラシアンとエルヴィンの主役同士の出会いを邪魔したのは確かに私だけど、聖女アドラシアンが男子生徒に自ら近づくなんて。


 私は監督生のスティーブ・レグナンに話を聞こうと心に決めた。


 だって、私の推理が正しければ……おそらく彼はアドラシアンに恋をしているだけではなくて、彼女とエルヴィンをくっつけようとしている。


 となると、その正体は……。



◇◆◇



「シンシア・ラザルス。お前、転生者だろ!」


 全寮生の模範となるべきはずなのに、やってはいけないことを絶対してるマンであるスティーブ・レグナンは、意気揚々として言った。


 絶対に転生者だろうと睨んでいた私が、放課後に彼が大体居るらしいという天文部の部室へと訪ねてやって来たら、とても話が早い展開になってしまった。


 うん。そうだろうと思ってた。やっぱり、私の居た世界からの転生者だった。


 ページ数や時間の関係でエピソードを端折らざるを得ないコミカライズやアニメならいざ知らず、十巻にも渡る小説にも名前が出てこないキャラクターがヒロインのアドラシアンにまとわりついてるなんて、絶対におかしいもん。


「あ。はい。そうですけど。とりあえず、私の手紙を返して貰って良いですか? 私宛のディミトリ・リズウィンの手紙も、同様に返して下さい」


 冷静に手を差し出した私に、スティーブは嫌な表情をした。


「うわー……転生しているから、作中のシンシアとキャラクターが全然違うとは思ってたけど……お前、最高に真逆で違和感しかないわ」


 スティーブは嫌な表情をして言ったので、私はすごく不思議だった。何言ってるんだろう、この人。


「何言ってるの……? シンシア・ラザルス……っていうか、私は一巻序盤にしか出てこないでしょう? しかも、名前だけ出てくるお葬式で」


 私がそう言うと、彼も不思議そうな顔をした。二人同じように「何言ってんの、こいつ」みたいな顔で、見つめ合っている。


「……あ。もしかして、あんた。前世で、外伝が出る前に死んだ?」


 今とてもセンシティブなことを聞かれたような気がするけど、彼もそういえば転生しているはずなので、同じ立場なのだから仕方ないのかもしれない。


「……そうよ。確かラスボスのディミトリ中心に、本編が補完されると言う外伝でしょう? 私はディミトリが最愛の推しで、絶対に読みたかったんだけど……」


 思わず言葉を止めてしまったのは、スティーブがにやにやとした嫌な笑いを顔に浮かべたからだ。


 良くわからない気持ち悪さ。何……? この人だって、アドラシアンのことが好きだから、この世界に転生していたんだよね?


「だからあんなにも、人目もはばからずディミトリ・リズウィンとイチャついてるって訳ねー。なるほどねー……」


 顎に手を当ててうんうんと自分だけ納得するような彼に、私は正直カチンと来た。


「……ちょっと。良くわからないことを、言わないでよ。言いたいことがあるなら、さっさと言って。あ。私の手紙も返して」


 重ねて盗んだ手紙を返して欲しいと言っても、スティーブはふんと馬鹿にしたように鼻で笑って肩をすくめた。


「何も、知らないんだ。ヒューバート博士とも、仲が良いから……俺は彼ら二人を幸せにするために、不幸の元凶シンシア・ラザルスが頑張っているのかと思ったけど」


「ヒューバート……博士? もしかして、友人のヒューのこと? え……待って。何言ってるの?」


 スティーブ・レグナンの発する言葉の訳のわからなさは加速して、なんなら不気味なくらいに気持ち悪くなって来た。


「ああ。知らないのか。悲劇のラスボスディミトリ・リズウィンを戻れないところまで闇落ちさせた研究者は、あんたの友人のヒューバート・ルケアだよ」


「え?」


 きっとそうだろうと確信が合ったし、スティーブ・レグナンが転生者だとしても焦ることなく余裕を持って話していた私は、そこで動きを止めてしまった。


 え。待って。今、なんて言ったの?


「ヒューバート博士は、若くして亡くなってしまった友人シンシア・ラザルスを生き返らせるために、全知全能の力を持つという世界樹の力を利用しようとしていた……そのために、何もかも失って絶望していたディミトリ・リズウィンを使ったんだ。ダークエルフでも、エルフの血を引いているのなら、世界樹の力が引き出せる」


「嘘でしょう……」


 確かに小説本編では、ラスボスのディミトリ・リズウィンを倒した主役二人は、失ったものへの痛みを負いながらも幸せになりました……だったけど……え。待って。


 もしかして、私のお葬式って……あの壮大な小説を補完する外伝への、伏線だったってこと?


「嘘じゃない嘘じゃない。けどさあ、あんたも不思議に思わなかったか? あのシーン。単なるモブの葬式なら、名前も出さずに終われた。けど、シンシア・ラザルスの名前は、あんたも俺も覚えている……そう言うことだよ」


「……作者の遊び心ってこと? 外伝にはどんな話が書かれていたの?」


 出来たら、目の前の「いかにも悪事を企んでますよ」みたいな顔をした奴に聞きたくない。けど、私はそれを読む前に転生することになった。


 前世を知る貴重な情報源は、スティーブだけなのだ。多少の気持ち悪さは、もう耐えるしかない。


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