第18話

「外伝に関しては、本編とは違うIFストーリーでさ。植物系の呪いで死んだシンシア・ラザルスは世界樹の力で生き返り、ヒューバートは改心し、ディミトリも救われる。確かに本編だとただただ可哀想な悪役ディミトリの最期が後味悪すぎたし、俺もあいつが救われることになって嬉しかったわ」


「……ちょっと、待ってよ。だったら!」


 なんで、私たち二人に構うのかと続けようとした私の言葉を制するためか、私に近づき彼は口元あたりに手をかざした。


 なんなの。距離近いんですけど……私が後ろに下がれば、なぜか彼も付いて来た。


「けど、俺さー……公式カップル固定厨なんだよねー。本編の主役のアドラシアンとエルヴィンがくっつかないと、気持ち悪いじゃん? 思わない?」


「思わない! 大体、わがままアドラシアンにシュレジエン先輩はもったいないよ! 私、アドラシアンは嫌いだけど、シュレジエン先輩は実際に会って見直した。好きな女の子に、優しくて甘過ぎるのは彼のせいじゃない」


「ははは。実物のエルヴィンを見て、イケメン過ぎて惚れただけじゃない? アドラシアン可愛いじゃん。あのくらい、甘えてくれる方が良いよ。可愛いのは、アドラシアンのせいでもないし。可愛い同性への嫉妬で、彼女への見方を歪ませるなよ」


 ドスの効いた低い声で私を壁際まで追い詰めた彼は、目が怖い。どうしよう。私。もしかして、言葉の通り藪蛇だった?


「ちょっと……近いんだけど。私に何するつもり?」


 息が掛かるくらいにまで顔を寄せられて、思わず顔を背けた。気持ち悪い気持ち悪い。何するつもりなの。


「あのさ。あんたも知っているだろう。可哀想なディミトリ・リズウィンが授業料を盗んだと冤罪掛けられて、ハメられる話。あいつはあれで、世界樹の力を利用しようと決めるんだ」


「……まさか」


 私はスティーブが言わんとしていることを察して、目を見開いた。


 いけない。ディミトリを襲う不幸の総仕上げとして、ドミニオリアの大学への進学の希望を捨てきれない描写があった彼は授業料を盗んだという冤罪を掛けられて、放校されてしまう。それでもう彼は、何の希望も捨ててしまうんだ。


 そうだよ。心臓の不調という命の危険が去って、彼と両思いになれて完全に浮かれていて思いもしなかった。


 もし、小説通りの展開になると、ディミトリはドミニオリアに居られなくなってしまう。


 慌てて私の体を囲うようにあったスティーブの腕から逃れようと、体を動かした。


「おっと……シンシア・ラザルス君は行かせない。外伝のIFストーリーでは、植物系の呪いってことで生き返っていたけど、普通に死んだらどうなるんだろうなあ……」


「離して!! 離してよ!! 信じられない。私を殺すつもりなの?」


 どうやらスティーブは、私を彼の手で始末して物語を進めてしまうつもりらしい。信じられない、何考えてるの!


「今更何言ってんだ。どうせ死ぬはずだったんだから、同じことじゃないか?」


「全然違うわよ! さいってい!! もう、早くどこかに行って!」


 私は出来るだけ憎しみを込めて睨みつけたけど、彼は余裕のある笑みで微笑んだ。


 待って。私が何の救いもない方法で、死んでしまったら……ディミトリはどうなるの。そうよ。ヒューは……私のことをただ一人の友人と言ってくれたヒューも、闇に堕ちてしまうの?


 どうしよう!


「シンシア・ラザルス。ここまで上手く行ってたと思うけど、詰めが甘かったな……アドラシアンとエルヴィンという、この世界で一番に神聖な二人に殉じてくれ」


「いったい! 何するの! ちょっと、止めてよ!!」


 ここまでの展開のもう何もかもが信じられない事態なんだけど、私の長い髪を掴んで引っ張るとスティーブはにやにやとして笑っている。


 自分でこんなことを言うのもなんなんだけど、ラザルス家から連れてきたお付きのメイドに念入りに手入れして貰っている、大事な髪なのに……何とか抵抗しようとしたら、ぶちぶちと強い力に耐えきれなかった髪が千切れる嫌な音がした。


「……いや、確かヒューバート博士が、シンシアのこの髪好きだったなと思い出した。俺を恨んで、あの人が闇堕ちしてくれないと困る。主役二人が旅に出る物語が進まないじゃん」


「……ヒューが? そんなの、言われたことないけど! もう、やめて離してよ!!」


 長い髪を乱暴に掴まれて、私の足は宙に浮き出してた。頭も痛いけどこのままだと私、アドラシアンとエルヴィンの狂信者に殺されてしまう……。


「当たり前だろ。あの人は、唯一の友人シンシア・ラザルスを喪ってからようやく彼女を異性として好きだったことに気がつくんだ。そして、彼女を生き返らせるために、その世界をも滅ぼすことに決めた」


「もうっ!!! もし世界滅んだら、あんたも……アドラシアンやエルヴィンだって、死んじゃうんだけど!? わかってないんじゃない!!」


 私は今日に限ってディミトリにもヒューにも、ここに来ることを言って来なかったことを後悔した。


 頭部に感じるあまりの痛みで、気が遠くなりそう。


「滅ばないよ。物語の主人公たちって、そういうものだろ? お前。哀しい過去を持つディミトリを守りたいんなら、一番に離れなきゃいけないのはお前だったんじゃねえの?」


 せせら笑うような笑みを見て、私はキッと睨みつけた。


「私の人生に……何の事情も知らないあんたが、偉そうに口を出さないで!」


 顔を近づけて来たスティーブのいけすかない顔に、両手で爪を立てて引っ掻いた。どう見ても非力な私がそんなことをすると思ってなかったのか、スティーブは目を閉じて怯んだ様子だった。


 一瞬、彼の力が抜けて足先がトンと床に落ち、ここはチャンスだと思った私は思いっきりスティーブ……っていうか、男性の急所を蹴り上げた!


「っ……うぐっ……お前!! 絶対殺す!!」

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