第15話

 好きな人から好きだと言ってもらえたら、もう他のことなんて何も考えられなくなる。という現象を、私は前世プラス十七年の人生の中で、初めて知った。


 世界はピンク色に満ちている。少なくとも、私の目に映る風景は。


 ディミトリは、私に向けて好意を隠すこともしない。


 何でかというと、彼は人付き合いをあまりしていなかったから、唯一話しかけていた私こそが人間関係の全ての先生なのだ。


 という訳で、ディミトリは私と同じように「素直に褒めたり好意を伝えれば、それで正解」だと思っている。正解だよ? 正解だけど、なかなか自意識が邪魔して、出来ないものなんだけどね。


 初の両想いに浮かれて雲の上を歩いている気分の私だったけど、最近急接近しているらしいアドラシアンについてディミトリに確認した。


 そうすると「シンシアのことを相談していたんだ。どうやったら好きになってもらえるかとか」なんて言った。


 恋の相談しているディミトリ、可愛いし尊い。いや、それはもう置いといて。


 あの女ー……私とディミトリが両想いだって知っていたのに、あんなことしたんだ! やっぱり嫌い。無理。恋敵と書いて、天敵と読む。絶許。


 私の手紙は、実のところディミトリには届いていなかった。気になって手紙を頼んだヒューに聞いたら、私の手紙は男子寮の寮監に預けたと言っていた。


 何でかというと、学年が違う生徒の建屋には立ち入り禁止だからだ。だから、私の入院先にも頻繁に出入りして多忙だったヒューが、ディミトリに手紙を渡そうとして行った対応は何も間違えていない。


 ディミトリも同じように、病院に居る私の手紙は女子寮の寮監に預けたそうだ。


 けれど、なぜかアドラシアンは、私が書いた手紙に、彼が手紙の返事を書いていないという事実を知っていた。


 うーん。事の次第を素直に考えれば、寮監が清く正しい聖女アドラシアンの泣き落としに引っかかったと見るのが、一番ありそうなのかもしれない。


 アドラシアンって、そういえば……自分は作品途中で出てくるイケメンキャラにモテモテで思わせぶりな態度取ったりするのに、ヒーローエルヴィンが可愛い子と話したりすると、すぐに許せないって機嫌を損ねていた気がする。


 けど、懐深くて優しいエルヴィンはアドラシアンを甘やかして、はいはい聞いちゃうんだよね。


 彼女と恋仲になる予定のエルヴィンとは実際に話すとわかるんだけど、あの人は基本的に女の子に物凄く甘い。だから、恋した女の子のわがままも、溢れる愛で何もかも受け止めるんだよね。


 あんなにモテる訳である。


「けど、何だか……おかしいんだよねー……」


「シンシア。どうしたの? うんうん悩んで」


 隣の席に座って、分厚い本を読んでいたヒューは不思議そうな顔をした。これから始まる授業の教科書なんて、持ってきてもいない。多分、教科書の中身を全部覚えちゃっているからだと思う。


 頭の良い子を集めたドミニオリアで、群を抜いて頭が良いってどんな気分になるんだろう。一生に一度で良いから、その気持ち味わってみたい。


「ねえ。ヒュー。人の手紙を横取りして盗み見るのって、どんな罪に値すると思う?」


「……学術都市ドミニオリアの現行法なら、複数犯罪が重なり合うから結局のところ学長判断になると思う。まあ、妥当なところで初犯なら執行猶予有りなんじゃない。罪になっても罰金程度だと思う」


 ヒューはいきなり何を言い出すのかという間を置きつつ、淡々と彼の考えを教えてくれた。


「そっかー……まあ、大した罪にはならないよね」


 それも、そうだと思う。学術都市の太守である学長の機嫌が良かったら、若さゆえの暴走だろうと、前科にもならずに済まされそうだ。


「何があったの?」


「私がディミトリに出した手紙は届いてないし、私の元にも彼が出した手紙は届いていない。もし男子寮と女子寮の寮監に、取り入るのならどんな方法があると思う?」


 ヒューの動きは一瞬固まったけど、眉を寄せて嫌な表情になった。


「シンシアの様子が変だと思ったら、そんなよくわからないことになっていたのか。確かにリズウィンは謝罪の手紙に対し、何の返事もしないような男ではないな……」


「そうなの。けど、転校生のアドラシアン・ノアールは、私の手紙にディミトリが返事を書いていないことを知っていた。どういうことだと思う?」


「……その状況を把握するには情報が足りないが、僕の個人的な意見で言うと男子寮と女子寮の寮監が管理する手紙に手を付けることが出来るのは、最上級生で選ばれた監督生だけだ」


「あ。そっか」


 私は口に手を当てた。生徒の模範となるべき監督生は最上級生の中でも、男女二人ずつしか選ばれない。信用されている彼らは、寮監室にも入ることが出来る。


「監督生がそのアドラシアン・ノアールに懇意なのなら、可能だと思うけど……転校して来たばかりだと言うのに、そんな個人的な頼みが聞いてもらえるとは思い難い」


「神殿で育ったアドラシアンは、物凄く美女なのよ。だから、ヒューだって一目惚れしちゃうかも」


「ありえないよ」


「あら。どうして」


 私は誰かに一目惚れする可能性について、真っ向から否定したヒューを不思議になった。


 絶対にあり得ないなんて、それは言えないと思うもの。そして、全ての可能性を考慮に入れたい頭の良いヒューなら、言わない言葉のように思えた。


「……いや、それは良いよ。けど、監督生が手紙を盗んでいたのなら、大問題だ。卒業間近のこの時期にそんな馬鹿らしいことをするなんて」


「恋は、人を狂わせるのよ。ヒュー」


「まるで、狂わされたことがあるみたいに言うんだね。シンシア」


 確かに、私は恋に狂っているのかもしれない。でないと、世界で一番推しているキャラが居るとしても、二次元の世界に転生したりなんてしないもの。


「それを言うのなら、世界中の人ほぼ全員狂ってるわ。ヒュー。今の時代、王侯貴族以外は、恋愛結婚が主流だもの」


 ヒューは何かを言おうとしたみたいだけど、教室に先生が入ってきたので私とヒューの会話は中途半端なところで終わってしまった。

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