第14話

 アドラシアンに牽制されたとは言っても、ディミトリの闇落ちの元凶である彼女が同担拒否しても、私の彼本人に話したいと言う気持ちは変わりはなかった。


 だって、小説からコミカライズ、そしてアニメ化。全てを見届けた上に、私はディミトリの居る異世界に転生してしまったくらいに私は彼が好き。


 たとえディミトリに嫌われても、私が好きなことには変わりはない。


 アドラシアンと幸せになりたいというのなら、彼から離れるべきだけど……一度は話して謝りたいと言う気持ちは、変わらない。


 どうしても会いたいと思う一番の原因はというと、私はアドラシアンに実際会って思うのは、彼女のことを可愛いし綺麗だと思う。けど、彼女のことがやっぱり嫌いだった。


 まだ、彼女がディミトリのことを、不幸にしていなくても。


 それはなんでかなと思って自分に問いかけうんうん悩んでやっと答えが出たんだけど、私は何の人徳もない一般市民で悟りも開いていない。なので、好きな人の好きな人を、好きになんてなれない。


 そして、自分が今まで目を逸らしていたことに、気がついてしまった。


 推しだしファンだし彼の幸せを祈るのは当たり前のことだと、そんな軽い言葉で自分の気持ちをずっと誤魔化していたことに気がついてしまったのだ。


 もしかしたら、ディミトリがまだ二次元に居たなら……ううん。まだ直接話したこともなかったら、彼のことを神聖なる推しにはいつも幸せでいて欲しいと、何も求めない良い子ちゃんでいられたと思う。


 けど、実際に会ってそんなこと思えない! 無理! だって、私は転生したことがあると言えど、単なる一般人だし! 好きな人をポッと出の他の女に取られそうで、不愉快にならないなんて無理。


 だから、私は密かにディミトリを呼び出すことにした。


 こういう時に絶対に間違いのない、清く正しいヒーローエルヴィン・シュレジエン先輩である。彼の誠実で温厚な性格などは前世で履修しているので、絶対に裏切ることのない完璧な人選。


「……シンシア。俺を呼び出すなんて、どうしたんだ?」


 ディミトリは怪訝そうな表情で、待ち合わせ場所の校舎の屋上へとやって来た。そんな彼の態度と言葉……あれ? 私を避けている様子なんて、微塵もないのに。


 どこか話がおかしい。


「まさか。来て貰えるなんて、思ってなくて……緊張する……」


 正直な気持ちが抑えきれずに、唇からこぼれた。嫌われていると知るのは怖いけど、どうしても会いたかった。


「なんでだ? 俺は……そっちが、避けていると思ってた。すまない。体調はもう良くなったのか? ……俺のせいで、ご両親から叱られたりしなかったか?」


 私はそんなディミトリが言いにくそうに口にした気遣いの言葉を聞いて、何も言えずに目からは涙があふれた。


 どうして。どうして、こんなに優しい人を、少しでも疑えたんだろう。


 正直に言えば、ここに来るまで本当に不安だった。


 けど、ディミトリは自分が傷つけられたのに、私のことだけを心配してくれていた。そうだよ。そんな人だって、わかっていたから。


 私は生まれ変わってこの世界に来ちゃうくらいに、ディミトリのことが好きだったんだ。


「ごっ……ごめんっ……ごめんなさいいぃぃ……っ」


 ディミトリは私がぽろぽろと涙を流して泣いているのを見て、驚きのせいか動きが固まっていた。


 多分、彼はこういう時の対処に慣れてない。だって、相手を思うがゆえに人を避けていたから。何も悪いことをしていないのに、女の子が目の前で泣いちゃってどうしようときっと思っている。


 ようやく我に返ったのか、彼は慌ててハンカチを差し出し頭を撫でてくれた。


「どうして、泣くことがあるんだ? 何か言うなら……ありがとうで、良い。謝ることなんて、何もない。君がこうして元気になって良かった。シンシア」


「ディミトリっ……ありがとうっ……」


 ひとしきり泣いた私を彼は屋上にあったベンチへと促して、二人で隣り合って座った。


「泣き止んでくれて良かった。どうすれば良いか、わからなくて」


 さっきの戸惑いを率直に口にしたディミトリは、良くわからないと言った風に目を瞬かせた。私も彼が何か言いたげなので、それを待つことにした。


「……シンシア」


「はい? 何ですか?」


 黙ったまま五分ほど間を置いて、ようやくディミトリが話し始めたので、私はほっと息をついた。


「なんで、そんなに可愛いんだ?」


「可愛くないですよ!」


 なっ……何を! びびびびっくりしたー!! 私は多分顔が真っ赤だけど、ディミトリは「なんでだろう」と、真顔なのも居た堪れない。


「いや。可愛いと思っていたが、より可愛い。泣き顔のせいなのかなと思ったら、そうでもない。久しぶりだからか? いや、体が良くなって元気になったからかもしれない。可愛い」


「もー!! 勘弁してください。自分のことを好きな女の子に、可愛いと言う時には、気持ちを誤解されても仕方ないですよ!」


 私がそう言ったら、ディミトリはやっぱり不可解だと言わんばかりの顔をしていた。


「え? どういう誤解だ?」


 私は屋上から全校生徒に聞こえるように「ここに自分のことを好きな女の子に、わかりきった恥ずかしいことを言わせようとしている男がいますー!!」と叫びたかった。


 いや……待って。もしかして、本当にわからないのかもしれない。


 ディミトリって、私の下手な嘘もそのまま信じちゃうくらいに純真でチョロい人だから……。


「……えっと、そうです。ディミトリも、私が好きなんじゃないかって!」


「そうだけど」


「……え。ええええ?」


 ディミトリは出会ったばかりのアドラシアンのことが、今は好きになってしまっているだろうと思い込んでいた私は、思考停止してしまった。


「シンシアは、なんでそれがおかしいことだと思うんだ? 俺のような人間に、顔だけだとしても。好きだ好きだと何度も言われて……それに、自分が苦しい思いをしてまで俺を助けようと頑張ってくれていた。意識してから好意を持ち、好きになるのは仕方ないと思わないか」


 たっ……確かに、完全に人が恋に落ちるというパターンを踏襲してます。けど、私なんかにこんな尊い推しが?


 ううん。待つのよ。シンシア・ラザルス。現在の私、シンシア・ラザルスは、実のところ序盤に死んでしまう運命にしては、そこそこ顔も整っていて、なんなら同級生の友達も多めで、わりかし人気者。


 そんな女の子が、ディミトリみたいな人に避けられている人生歩いている人に、ど直球で好意を持って接したのなら……うん。彼の言う通りに、好きになるのかも。


 そっか。私、小説の中のアドラシアンと同じことしたんだ。


 今まで孤独だったディミトリに話しかけて、彼の美点を褒めて誰もしなかったのに認めてあげた。だから、彼も好きになってくれたんだ。


「その流れは……流れはわかるけど、信じられなくて」


「シンシアが、俺の顔を好きだと言ってくれるのは嬉しいよ。だから、俺もいつかシンシアのご両親に認められるように、頑張ろうと思ってて」


「あのっ……! ディミトリは、もう頑張らないで良いです」


「え? どういうことだ?」


 そういう仲になりたい訳ではないと否定されると思ってか、表情を曇らせた彼に私は手を振ってそれを否定した。


「そういうことではなくて……ディミトリは、今も十分過ぎるくらいに頑張ってくれてて……そう。素敵なので、もう頑張らなくて良いです」


「シンシア……」


 こんなに素敵な人と両思いとか、前世では私は私の知らない内に世界を救っていたのかもしれない。何かしらの偶然で、そういうことがあるかもしれないし。


 そうだよ。そうでもないと、こんな奇跡信じられない。


「なあ。シンシア。また会いたい人が居たら、なんて言えば良いと思う?」


「……? また会いたいって、素直に言えば良くないですか?」


 私は何を言い出すのだろうと思ったら、次の一言で不意打ちを食らった。


「シンシア。また会いたい……出来るだけ早く。君が俺のところに来てくれるのを待つだけでは、嫌になった」

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