第13話
やっと病院に閉じ込められていた二週間を過ぎ、退院出来て授業が終わった放課後。
私はディミトリに会うために、彼が訓練している場所まで急いでいた。
教室を出る前に見たヒューの表情は、複雑そうだった。私が何処に行くか、わかっていたからだろう。
推しキャラディミトリが居たからこの世界に転生して来たまであるのに、このままでなんて、彼との関係を終わらせられる訳がない。
けど、なんて謝罪すれば良い?
ディミトリに言いたいことは、何度も何度も手紙に書いていた。両親の意向は私にもどうしようもない。だって、私たちは血の繋がった親子だけど、別々の人間なんだから。意見が違ってしまうことだって、あるだろう。
私がディミトリと親しくなったからと、そのことで彼を傷つけることになってしまうなんて……私は本当に思ってもいなかった。
ディミトリは、真面目で誠実な人だから……だからこそ、悲劇のラスボスと言われるようになってしまうんだから。私の気持ちを包み隠さずにちゃんと話せば、わかってくれるはず。
ディミトリの不遇については、誰のせいでもない。同じように私の両親の暴走も、どうしようもないことだって。
「あ! あの!」
いきなり声を掛けられた私は廊下を歩いていた足を止めて、声の主を見た。
思わず、息をのんでしまった。もう世界が違うんじゃないかとさえ疑ってしまうくらいに、可愛くて綺麗過ぎて。
聖女ヒロインアドラシアン・ノアール。動く姿はアニメでも見ていたけど、実物の彼女の破壊力はすごい。
私は彼女の容姿に見惚れてしまって何も言えなかったけど、アドラシアンだって私に対し何かを言うのを躊躇っている様子だ。
そして、結構な時間を女の子同士で見つめ合った末に、私は呼び止めたアドラシアンへおそるおそる聞いた。
「……え? えっと……何かご用ですか?」
「貴女。シンシア・ラザルスさんですよね?」
確認するように聞かれて、私は思わず両手で口を覆った。
これは……もしかしたら「貴女も前世の記憶を持ってるの? 実は私も……」という、実はどっちも転生者でした展開なのでは?
っていうことは、前世の私の近い関係にある人のような気もするけど……悲しいかな、病院生活が長過ぎて、親しい友人と言える人は居ない。
「そうですけど……? あの、何か」
正直言うと、すごくドキドキした。
だって、今まで私は前世の記憶持ちでシンシア・ラザルスとして生きて来たけど、前世の記憶を共有し合うと言うことを想像もしたことがなかった。けど、目の前の聖女ヒロインアドラシアンも、もしかしたら……。
「率直に言います。ディミトリ・リズウィンに、近づかないでください」
その時の私は、正直に言って顎が外れそうな想いだった。
だって、「君愛歌」の小説の内容を知っている人から言わせてもらえば「お前が言うな!」なんだけどー!?
私は何度か大きく息を吐き出してから、落ち着くことにした。
だって、アドラシアンがディミトリに好意を持っているなら、彼が叶わない片恋に夢破れ悪に染まることもなくなるし、めでたしめでたしハッピーエンドになるはずだもの。
「えっと……どういうことですか?」
これは心からの疑問だったんだけど、アドラシアンは悲しそうな表情で俯いた。なんだか、何の罪もない可愛い小動物をいじめているような気持ちになって、嫌な気分だった。
現実世界を知っている人間から言わせてもらうと、ファンタジー世界のヒロインアドラシアンは、あまりに正しく揺るぎなく眩しすぎる。
「ディミトリは……最近、本当に落ち込んでいるの。私が理由を聞いても話してくれないんだけど、噂で聞いたわ。貴方の両親が、娘の命を救った彼を罵倒した件をね」
「そっ……それは、知ってます! けど、私はそれを謝りたくて……」
だからこそ、ディミトリに謝るために探しにここまで来たのに、それすらも許して貰えないの?
「どう謝るの? ディミトリに貴女が近づけば、きっと彼はご両親の言葉を思い出すはず。真面目な性格だから、貴女の両親に言われた言葉を守りたいと思うはずよ……けど、貴女はディミトリのことを好きなんでしょう? 彼に聞いたわ。貴女は彼の顔が好きなだけなんだって」
眉を寄せた美少女の不快そうな表情は、迫力があった。好意を寄せる異性に近づく同性に向ける、明らかな敵意。アドラシアンは、同担拒否するみたい。
確か前世でも、推し被りを死ぬほど嫌がる人が居た。
あ。そうか……私、あの時にエルヴィンとアドラシアンの出会いを邪魔したから? もしかしたら、あの後にディミトリと彼女は親しくなって……そうよ。
私が念のためにと入院している二週間の間に、何があったかなんてわからない。もしかしたら、信じられないくらいの速度で二人の仲は深まっているのかもしれない。
けど、私の心の中には「早くディミトリに会って、謝って説明したい」と言う気持ちで溢れていた。何も悪くない彼を傷つけたことを、少しでも謝罪したくて。
「待ってください! それは……」
「ディミトリには、近づかないでくれないかしら。貴女と居るより、私の方が彼の力になれると思うの……だって、私の方が正論を押し通すことが出来るもの」
余裕ある笑みで、にっこりと微笑んだアドラシアン。
彼女の言う通りに、それはきっとアドラシアンには出来るだろう。ディミトリにはダークエルフの血が流れている。けれど、彼自身には何の罪もなく、ただ子孫であるだけだ。だから、実際のところ迫害されるいわれなんて何もない。
けれど、人間というのは、感情の生き物だ。ディミトリが何も悪くないということは、皆が事実として理解はしている。
かと言って、ダークエルフという種族に対する嫌悪感は、理性で消せるものでもない。長い長い歴史の中で、凄惨な悲劇はそれだけの数が起きていた。
あと、誰かがそう言っているのなら自分だって同じことを言っても許されるはずだという、よくわからない協調性。
聖女アドラシアンなら、それらすべてを彼女の存在ではねつけることが出来る。だって、選ばれし聖女だもの。ディミトリを助けるという正しい行いをして、しかるべき存在。
訳のわからない周囲の迫害から、ディミトリを守ることが出来る人。
「あのっ……謝罪だけでも……したいんです。私の命を助けてくれたと言うのに、両親が彼に酷いことをしたことを知っています。だから……」
「彼が謝罪を、望まないとしたら? ……ディミトリは貴女からの手紙に返事を書いていないはずよ」
私はそれを言われて、もう何も言えなくなった。そうだった。手紙の返事がないという事実は、ディミトリによる「もう関わりたくない」という無言のメッセージなのかもしれない。
「それに、あんなに素晴らしい人を、顔だけを好きになるなんて。私には良くわからないわ。良くそんなことが言えたものね」
「……」
ディミトリがアドラシアンに私と話したことを言っていると言うことは、彼女がここに居ることも、彼の意志なのかもしれない。
私は大きくお辞儀をしてから、こちらをまっすぐに見つめるアドラシアンに背を向けた。
正しいヒロインアドラシアン。可哀想なディミトリを傷つけるものから、守ってくれる人。
では、私は? 二人の出会いのシーンのためだけに、死ぬはずだったただのモブ。
どちらがここで身を引くかなんて、わかりきっていたことだった。
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