第12話
私は何気なく次の授業で使う教室へと向かっている時に、胸に激しい痛みを感じて廊下にうずくまった。
息は満足に出来ないし胸が絞られるように苦しいし、私は自分の死期を悟った。死ぬのは今、この時なんだと。
なんで、まだ早い。『シンシア・ラザルスのお葬式』の場面は、まだ先のはず……。
前世でも心臓をわずらっていた私は、激しい心臓の痛みになんとなく既視感を覚えていた。
死に直面して何をふざけたことを言ってるんだと誰かに言われてしまいそうだけど「ああーこれこれこんな感じだった」と、冷静な自分がどこかに居たりした。
周囲はうずくまり動かなくなった私を見て悲鳴を上げる子や、先生を呼びに行く声。ああ。本当にごめんね。同級生が死んでしまう直前の、そんな瞬間を見てしまうなんて、トラウマになっちゃうかも。
けど、私は病院のベッドで過ごすより、出来るだけ心の潤いであるディミトリの傍に居たかった。
それは、単なる自分勝手な思いなのかもしれない。けど、誰かのためだけに生きることなんて、私には出来ない。
遠くの方で聞き覚えのある声がして、私の体を誰かが抱きしめた気がした。
◇◆◇
真っ白な視界に、私は天国に居るんだと思った。前世は亡くなった後にどうだったかなんて、覚えてないや。
だって、私がシンシア・ラザルスになってから実に十七年が経っている。
「……あ」
「シンシア?」
「ヒュー。貴方って、天使だったの? 変わってると思ってた」
横たわっている私の手を握っていたのは、仲良しのヒューにとてもよく似た天使のようだった。親しみのある天使さまなら、天国でも機嫌良く過ごせるのかもしれない。
「残念ながらって、言って良いのかわからないけど……シンシア。ここは天国じゃないよ」
「え……?」
私は聞き慣れた声のヒューの言葉を聞いて、信じられない思いでいっぱいだった。
だって、あの息苦しさと胸の痛み。あれは、どう考えてもすぐに回復するような生やさしいものではなかった。
「……シンシア。君がリズウィンの意識の中に同化が出来たのは、その胸の痛みにも関係している」
頭の良いヒューらしい淡々とした口調で、彼は私の胸の痛みの正体を教えてくれるようだった。
確かに胸の痛みが我慢し切れないくらいの時に、私は二度もディミトリと同化して彼のピンチを救っていた。
「え。私が……どういうことなの?」
「リズウィンには……ダークエルフの血が流れていることは、知っているよね?」
「え。ええ。もちろんよ。だから、ディミトリは……いわれもない差別を、幼い頃から受けていて……」
ヒューはここで何を言い出すのだろうと、私は目を見開いた。彼だってディミトリの現状を、知っているはずなのに……?
「重要なのは、そこじゃない。そんなリズウィンが、木と感応性が高いということだ。エルフは森に住む種族で、木と通じ合う能力を持っている……そして、君の心臓には、いつの頃からか呪いの植物が巻き付いていた。それに生命力を吸われている段階で、シンシアはやどり木に寄生された木のような状態になっていたんだ」
今まで不思議に思っていたことをすべて解き明かすようなヒューに、私は両手を上げて彼が話を続けるのを制した。
「え……? ごめんなさい。上手く理解が出来てないんだけど、私は人であるけど木みたいになっていて……エルフの血を引くディミトリに、寄っていっちゃったってこと?」
「君がリズウィンにひどくご執心だったことも、大きな理由だと思う。心臓の痛みの理由さえわかってしまえば、あとは呪いを解くだけだから」
「……ヒューが? 嘘。あ。体が嘘みたいに軽いわ」
体を動かそうとして、それを気がついた。前世では実際に心臓に問題があった訳だけど、今世の体にはよくわからない呪いがかけられていただけだった。
「うん。ここが……ドミニオリアで良かったよ」
「どういうこと?」
「この世界に、世界樹の上位にある植物はない。だから、教授たちに頼んで世界樹の傍にシンシアを連れて行った。そして、エルフの血を持つ人たちにお願いして呼びかけてもらったんだ。世界樹に……シンシアを救って欲しいと」
「すごい……私、心臓に問題があるのだとばかり思っていたの。けど、ヒューは調べてくれて……助けてくれたのね。ありがとう……」
今までもうすぐ死んでしまうこと前提に生きてきた私は「これからも生きられる」という喜びを、どう表現して良いのか迷った。
だって、私。これからも、ディミトリの近くに居て、これから迫り来る悲劇から、彼を救うことが出来るかもしれないんだよ。
自分の目から涙がこぼれているのに気がついたのは、ヒューが持っていたハンカチで涙を拭ってくれたからだ。
「うん。本当にギリギリだったけどね。僕もダメ元だったよ……古い文書に、そういう症状のある人を救う方法が書いてあった。世界樹に頼む方法は、とにかくやってみるしかないと思ったけど……本当に良かった」
顔を見ればヒューも、目が赤かった。もしかしたら、私が目を覚ます前に彼は嬉しくて泣いていたのかもしれない。
「ありがとう……ヒュー」
「良いんだ。僕の一人しか居ない友人が居なくならなくて、良かったよ……あ。シンシア。君にはあまり言いたくないんだけど、いずれは知ることになるから、先に言っておく」
「え? 何……?」
慎重に話し始めたヒューに、私は眉を寄せて身構えてしまった。こういう始まりって、どう考えても嫌な話に思えるんだもの。
「シンシアの両親が……僕と同じように付き添っていたリズウィンに、娘にはもう関わらないでくれと頼んでいた。彼は悲しそうだったが、口答えすることもなくわかりましたと去って行った……エルフの血を引く彼も、世界樹に呼びかけてくれた一人なんだ。必死に呼びかけていて……辛かったと思う」
「ああ……嘘でしょう。ディミトリにそんなこと……! 最低だわ。彼自身は、何もしていないのよ!」
思わず病院着のままディミトリになんてことを言ってくれたんだと両親に抗議に行こうとした私に、ヒューはとにかく落ち着くように言った。
「どうか落ち着いて。シンシア。君がここで怒って騒いでも、彼の立場が悪くなるだけだ。とにかく君は、さっき死にかけたのは間違いないんだから。リズウィンには、手紙を書くんだ。君がここを抜け出しても、彼がここに来ても……リズウィンには、良いことがない」
「そんな……」
私はベッドの上に座り込んで、項垂れた。
自分で稼いでる訳でもない学生の身でここで強硬に両親に逆らえば、ドミニオリアに居れなくなるかもしれないと忠告されれば、もうヒューの言うことを聞くしかない。
だって、ドミニオリアを出てディミトリに会えなくなるなんて、絶対に嫌だ。
私は退院するまでの二週間、何通かディミトリへの手紙を書いて、ヒューに渡してもらったんだけど……彼からの返事を貰うことは出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます