第11話

 私はいつになく放課後の自主戦闘訓練に熱が入っているディミトリを見て、なんとも言えない気持ちが心に湧いてきた。


 今日、闘技場で戦闘授業を持っている学生が集まる闘技大会があったんだけど、彼はその決勝戦であのエルヴィンに負けていた。


 それって、小説一巻冒頭でも描かれていたシーンで、ディミトリがここでエルヴィンに負けるということは、決まっていたことなんだけど……だからって、彼に納得出来るとそうでもないと思う。


「……シンシア。来てたのか」


 ディミトリは剣を数えきれないくらい振って、気が済んで休憩しようと大きく息をついたようだ。長剣を一振りした彼は、私が居るのを見て驚いた表情になっていた。


 それほど、負けたことが悔しかったし夢中になっていたのだろう。


「ふふ。闘技大会、お疲れ様です。ディミトリが一番、格好良かったです!」


「……準優勝だけど?」


 口端を上げて自嘲するように微笑んだディミトリに、胸が痛くなった。


 彼はすでに会ったばかりのアドラシアンに心を奪われていて、同じクラスで親しくなっているはずのヒーローエルヴィンに対抗心を持っているのかもしれない。


 私は学年が違うし、彼ら三人の様子を伺うことは出来ないけど……きっと、そうだと思う。


 ディミトリはもう、これからの彼の人生を恋で狂わせてしまうアドラシアンに出会ってしまった。


 この世界に転生してから、時間が進むのが……早い。だって、私のお葬式のシーンまで、もう少しなのに。


 私にはもう少しの時間しか、残されていない。


「あのっ……シュレジエン先輩より、格好良かったです。絶対にディミトリファン増えたと思う!」


「……エルヴィン・シュレジエンより、俺が? そんな訳あるはずない。けど……シンシアは、そう思うの?」


 隣に座って水筒を持っていたディミトリは確認するように聞いたので、私は力強く頷いた。


「シュレジエン先輩が、ドミニオリアでモテモテなのは、間違いない事実ですけど……私の好みの顔は、ディミトリです! 私。顔面至上主義なので」


 私が彼の黒い瞳をまっすぐに見つめながらキッパリとそう言えば、ディミトリは何故か顔を赤くした。


「……そ、そうか。何だか、勘違いしそうになるな……」


「何がですか?」


「シンシアは……俺の顔が、好きなんだろう? 顔だけが」


 そうディミトリに問われて、私は答えに困った。


 えっと……そう。ディミトリの存在全てが好きなんだけど、理由は悲しい過去や未来の彼の姿込みになるし、なぜお前がそれを知っているのかと言われたら、とても困る。


「初めての時と違って、顔……だけではないです。けど」


「ごめん……いや、止めよう。この話題は駄目だ。俺も無理にお世辞を言われたいわけでもない」


「待って。無理はしてないです! けど、なんて伝えれば良いか……ディミトリには、これからずっと幸せでいて欲しいと思いますけど、こうした私からの愛に、何も見返りを求めてはいないので大丈夫です」


 どうしようもない悲しい過去ゆえに自己評価が低い推しへ、こんな私は出来る限りの愛を伝えるべきなのかもしれない。


 ディミトリは私の言葉を聞いて、きょとんとした顔をしていた。


「シンシアの愛は、俺の見返りを求めない……?」


「その通りです。けど、シュレジエン先輩と対戦したのって、今日が初めてでもないですよね? もしかしたら、何か……あったんですか?」


 いつになく妙な態度のディミトリに、私は彼はアドラシアンと会ったことを話したいのかもしれないと思った。


 だから、エルヴィンには負けたくないのだと。


「……この前、シンシアは廊下でエルヴィン・シュレジエンと話してなかったか?」


 エルヴィンは幼い頃から愛された者特有の人懐っこさで、花束をねだった私を学内で見かければ、声を掛けてくれるようになっていた。


 とはいえ、私の目的はエルヴィンとアドラシアンの出会いを邪魔したかっただけなんだけど。


「シュレジエン先輩は、この前に偶然存在を認識して頂きまして……えっと……ディミトリ。これは絶対に内緒にして欲しいんですけど……シュレジエン先輩って実は、女子内では不可侵条約が結ばれているんです」


 私は周囲に誰も居ないとわかりつつ、周りを見回し声を落とした。消されてしまうかもしれない。


「シュレジエンが? どういうことだ?」


 これは女子の中で極秘事項なので、ただでさえ周囲から遠巻きにされているディミトリは絶対に知らないはずだ。


「シュレジエン先輩はモテ過ぎる人なので、入学当時殺到した女子生徒数人に押し潰されそうになった事件があるんです。だから、彼が話し掛けるまで女子は、シュレジエン先輩には話しかけられないんです」


「は? ……それは、確かに命の危険があるのはわかるが……ああ。それで、シュレジエンからでないと、女子側からはあいつに声を掛けられないってことか」


 ディミトリはヒーローエルヴィンの良くわからないくらいな豪快なモテっぷりに、驚いているようだ。


 そうだよね……けど、そういう設定なんだよ! ティーン向けの恋愛小説だし! ヒーローはモテモテで格好良くないと!


「そうです。そういうシュレジエン先輩不可侵条約は、学術都市ドミニオリアの初等部から大学院まで、女子は全員知っているはずです。けど、シュレジエン先輩自身は結構人見知りな人みたいで、この前に偶然話したことのある私がただ話しやすいだけだと思います」


 エルヴィンはアドラシアンとも、そういう風に親しくなるはずだ。


 困っていた時を救ってあげて唯一話せる女の子は、彼にとっても大事だったはずだから。


「ああ……それで……確かにシュレジエンは、あの顔の割には女子とまったく話していないと思っていた。親しい友人も男ばかりだな」


「シュレジエン先輩に話しかけたい女子は、校内にもたくさんいると思いますけど……それを全部を相手するなんて、シュレジエン先輩の大事な時間を削ることになります。だから、ファンとしては、そうしたくないんだと思います。もし、彼が望んだ女の子なら、それは納得出来るけど……みたいな感じでしょうか」


「……なるほどね。けど、シンシアはそんなシュレジエンに好まれて、何にも思わないの?」


「さっきも言ったと思いますけど、私の好みはディミトリです! こういう涼やかで端正な顔が、とても好きなんです! シュレジエン先輩の顔は、私から見ると甘すぎるっていうか……」


「わかった……わかった。シンシアの言いたいことは、わかったよ」


 なぜか顔を赤くしたディミトリは、私の言葉を遮った。これって前々から言っていることと、ほぼ変わらないと思うんだけど……。


「……ディミトリって、シュレジエン先輩と話したことあるんですか?」


「いや、俺は試合前に挨拶する程度だけど、性格も明るくて良いやつだと前から思ってた……女子は、好きそうだと思っていた。シンシアは、多分変わってるんだな……」


 そうしみじみ言ったので、私は納得出来なかった。


「確かに私は少数派かもしれませんが、熱量なら誰にも負けません!」


「ははは。変わってることには、自覚があったのか」


 それは恋愛小説のヒーローのエルヴィンに、数多くのファンが付くのは当たり前だと思う。そういう風に書かれるんだし……けど、ディミトリの方が、私は好きなんだけどな……。


 ディミトリは珍しく一緒に下校しようと言ってくれて、私たちは初めて一緒に学生寮まで帰った。


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