第2話

「シンシアはリズウィンの外見が良いというだけで、彼を全肯定するの?」


 ヒューは仲良しな私がなんでその行動を取ったかという詳しい経緯を、たまに聞きたがる。けど、彼は私に意地悪をしている訳じゃない。


 これは変だななんでなんだろうおかしいと不思議に思ったことを常に追求したいという研究者体質で、彼には悪気は一切ない。


 ヒューは頭がとても良い人で、常に生きていく上で効率的に物事を考えられる。


 だから、彼はディミトリをけなしている訳ではなく、彼と親しくなると生じるだろうデメリットを、友人である私に教えを丁寧に説いてくれているという訳。


「ヒュー。話さなかったとしててもリズウィン様の内面は伝わってくるわ。そんな風に周囲から見られて絶対に居心地の悪いはずなのに、黙々と孤独に勉学に励んでいるし……たとえ腹が立つような何を言われたとしても、我慢して言い返さないじゃない。人柄が良いのは、そこで理解出来るでしょう」


 私がそう言えばヒューはそれもそうだと言わんばかりに頷いた。


「……それは確かに。君の言うようにリズウィンは自らが不遇の立場にあるからと、自暴自棄になるような人間ではないね」


「逆にヒューに聞くけど、もしリズウィン様と同じような不遇の立場にあったとして、自分は気高くグレないという保証でもあるの?」


 それは、私自身にだって言えることだ。自分には何の非もないただダークエルフの血を受け継いでいるという事実だけで迫害されてしまうなんて、そんなこと許容出来るの?


 ……私は自信はない。自分のせいじゃないじゃないと、自暴自棄になってしまうかも。


「いや。シンシアの言いたいことには、確かに一理あるね。リズウィンは迫害されているとしても、完全に無視して懸命に勉学に励んでいる。それを言えば確かに人間性と言う部分では、とても優れている」


 ヒューにも私の推しディミトリの良さがこれで伝わったみたい。私はほっと息をついた。


「そうでしょう? だから、話したこともない私が彼を好きでも、別に良いと思うの。ディミトリ様に流れる血について、忌まわしいと思う人も多いかもしれないけど……それは、彼のせいじゃないわ。外見も中身も好意的に見られるなら、私は彼を好きになることを止めれないと思う」


「……リズウィン本人が何かを仕出かした訳でもないというのに、生まれた種族で差別されることは、本来ならばあってはならない。種族が同一であろうが、違う個体ならば持つ思想は違って当たり前だよね。種族全体を一括りにして判断するのは、自分こそが正しいと驕り高ぶった人間がする愚行の一つだ」


「ほら……! ヒューだって、そう思うでしょう?」


 ダークエルフの血を受け継ぐだけのディミトリが、それだけで判断されるなんて絶対おかしい。転生者である私は、現代的なボーダレスな考え方を持っている。


 人種差別の問題にだって、良くないならこうすべきだという、自分なりの意見があるのだ。


「とは言え、邪悪な歴史を持つダークエルフの血が入っていることは、変え難い事実だ。リズウィン個人に対しいだく恐れは、彼の先祖に対する嫌悪が多く含まれているだろう」


「……それは、きっとそうだと思うわ。リズウィン様本人だって、理解していると思うもの」


 ダーフエルフの過去は、壮絶だ。邪悪だと恐れられるだけの理由はそこにある。


「ラザルス伯爵家の大事な令嬢シンシアは、リズウィンを信奉していると見られることで、未来の自分に不利益が生じることを十分に理解していると言うのなら、僕もそれについてどうこうは言わないよ。君が嫁げる家の選択肢が、狭まる可能性があるということをね」


 ヒューは、とても頭の良い人だ。


 友人の私の意見を聞いてそれを尊重し、何の非もないのにただ不利な立場に置かれているだけのディミトリに関する考えを、自分が間違っていたようだと切り替え改めてくれたみたい。


 これって、実際のところ出来ない人は多い。ヒューは頭が良いだけでなく、柔軟な感性も持っている。


 私の自慢の友人。


「うん……大丈夫だよ。私はもうすぐ、ここから居なくなるもの。リズウィン様に好意を示すことで出て来る不利益なんて、特に気にすることもないわ」


「え。待ってくれ。親の仕事の関係の、引越しか何かなのか……? 手紙を送るから、ちゃんと引っ越した住所を教えてよ。君は僕に出来た、初めての大事な友人なんだからさ」


「ふふ。ありがとう。ヒューの友人特典って、本当に良いことばかりだね」


 すごく頭が良くて少しだけ変わっているヒューは、前世の記憶を持っている私とは、なんだかウマが合うんだけど同世代の子たちとはあまり合わないみたいだった。


 だから、孤独を感じていた彼は初めての友人である私にそう言って貰えて嬉しかったのか照れたようにはにかんだ。


 けど、私は引越しはしないんだよ……ヒュー。それは、違うの。私にとっても大事な友人の貴方に、嘘をついてごめんね。


 私はこの小説の世界で……序盤で死んでしまう、モブキャラなんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る