君の目に映る輝きに 1.2



   ◇


「この度は、オーディションの合格おめでとうございます。ヒカリさん」

「……ども」

 

 思ったよりあっけなく終わった、Vチューバーのオーディション。

 正直なところ、なんで受かったのか分からないけど、ひとまずアタシは合格した。

 そしていま、晴れて企業Vチューバーの仲間入りをすることが決まったアタシは、企業の人との面談をしているのだけど。

「……あ、あのー。もしかしてあまり嬉しくないですか?」

「——別に。嬉しいですけど」

「そ、そうですか……。すみません」

 自分でも不思議なくらいに今のアタシは不機嫌で、それに気づいた企業の人はなぜか怯えていた。

「姉御ぉ、そんな態度で「嬉しいと思ってます」って言っても説得力無いですよぉ……」

「うるさい。嬉しいと思ってるから」

「だから、そういうトコロですってばぁ……」

 そんなやり取りをする茜とアタシを見て、企業の人はますます困り顔になっていく。

「え、えっと……お母様としては、お子さんがVチューバーとして活動していくことにご同意されている、ということでよろしいでしょうか?」

「なんでそんなことを私に聞くのよ。ヒカリから聞いているんでしょう?」

「——っ。た、たまに親御さんに同意を得ず、「親からは認めて貰ってる」という子が居たりしますので……。行き違いを無くすために確認させて頂ければと……」

「そう。ならその心配は必要ないわ。私に確認しないで、もしヒカリが勝手にやっている事だとしたら、私はここに来ていないもの」

「そ、そうですよねー! 失礼いたしました……」

 アタシが不機嫌だからか、企業の人は母さんに話しかけた。

 とはいえ、母さんは不機嫌じゃないけど元から性格がキツイ人間だし。

 なかなか失礼な母さんの物言いに、企業の人は泣きそうになりながら顔を引き攣らせた。

「で、では! お母様からのお許しも頂いてるということで。さっそく、どのイラストレーターさんに依頼するか決めちゃいましょう!」

 ……ついにきた。

 どうやら企業の人は一刻も早くこの場から離れたいらしく、いきなりモデル制作を誰に頼むか決めようとしてきた。

 けど、これはアタシにとっても都合がいい。

 というかむしろ、今日はこの話をするためだけにここに来たわけだし。

「じゃあ、さっそくこのイラストレーターさんのリストから、好きな人を選んでください!」

 そう言われて渡された、イラストレーターの名前が載ったリストに視線を凝らす。だけど、当然そのリストにそーやの名前は見当たらない。

「んー……——」

「い、一応、そのリストに名前が載ってないイラストレーターさんにもお願いすることは出来ますから! も、もし気に入った人がいないなら言ってください……」

 その言葉を待っていたわけじゃない。けど、言ってくれたなら好都合。

 そう思ってアタシは、自分が一番好きなイラストレーターの名前を企業の人に言った。

「じゃあ、そーやーって名前のイラストレーターにお願いしてください」

「え? あ、あのもう一度言ってもらえますか? ちょっと聞き取れなくて……」

「だから、「そーやー」ってイラストレーターですって。本名は三千喜そーや!」

 名前を言っても首をかしげる企業の人に少しイラっときて、ついつい語気が強くなってしまった。

 そんなアタシに企業の人は小さく悲鳴を上げて、「すみません」と頭を下げだす。

「すみませんすみません! ちょっと僕の知らないイラストレーターさんの名前だったので……! 調べてくるので怒らないでくださいぃ!」

「だから、怒ってないですから!」

「は、はいぃ! すみませんすみません!」

 怒ってないと言ったのに、なぜか企業の人は謝りながら部屋を出て行った。




 そうして、部屋の中に母さんと茜とアタシの三人だけになって暫くしない内に、母さんが口を開いた。

「——どういうつもり? ヒカリ」

「どういうつもり……って? なんの話」

 母さんの聞きたいことはなんとなく分かった。けど、あえて分からないふりをしてすっとぼける。

 

 と、母さんはため息をつきながら眉間を押えて、呆れたように言ってきた。


「イラストレーターのことよ。あなた、創哉君に頼まなくてもいいように企業Vチューバーになるつもりじゃなかったの?」

「……そうだけど」

「なら何で今、創哉君の名前を出してるのよ。それじゃあ何も意味がないじゃない。まさか、オーディションに受かったからって一カ月の約束を果たしたことにしてないでしょうね?」

 やっぱり、母さんならそれを指摘してくると思ってた。だからと言って、何か対策を考えていたわけでもないけれど。

「特に意味なんて無いから。ただ気になったから聞いただけ」

「……そう」

 珍しくそれ以上喋らない母さんが気になって、今度はアタシの方から質問しようとする。

 けど、ちょうどアタシが口を開いたところで、申し訳なさそうな顔をした企業の人が戻ってきた。

「あ、あのぅ、そーやーってイラストレーターさん、現在活動を休止していらっしゃいますよね……?」

「………………」

 

 それはそうだろうね。というか、あんたに言われなくてもアタシは知ってるけど。


「そ、その……現在活動されていない方に依頼をするのはちょっと……」

「…………」

「そ、それに! そーやーさんは一年前から、Vチューバーのモデルを作るのに乗り気じゃないとかって……」

「————は?」

 そーやはVチューバーのイラストを描くのが好きじゃなかった……?

 いや、そんなはずない。

 だって、アタシが好きだって言った絵は、元々Vチューバーのモデルとして描いた絵だってそーやが言ってたのに。

「お、怒らないでくださいよ……! 私も先輩から聞いた話なので詳しくは知らないんです!」

「怒ってない! 怒ってないから、知ってることを話して!」

 アタシが知らないそーやの秘密が気になって、アタシは気付いたら企業の人の肩を掴んで問い詰めていた。

「そ、その……そーやーさんは一年くらい前にVチューバーのモデル制作依頼を受けてるんですけど……。どうやらトラブルがあったらしく、その依頼で作られたモデルの制作者欄の所にそーやーさんの名前が無いんですよ。で、その後ほどなくして活動を停止してるので……まぁおそらく、何かあったんだと」

「その依頼者ってどんなヤツだったんだ!」

「さ、さぁ……? 依頼者は企業さんなのでなんとも……。あ、あでも! なんか、アイドルをモチーフにしたモデルを作ったらしいですけどね?」

 それを聞いてアタシは、なんであの時そーやが嬉しくなさそうだったのか分かった。

 つまり、アタシが好きだって言ったそーやのイラストは、元々使われる予定だったところで使われなかったんだ。そんなの、そーやからしてみれば、そのイラストを好きだって言われたって嬉しくもなんともない。

 ……もう、没になってしまったイラストなんだから。

「―———っ‼」

 とりあえず、まずは謝りたかった。

 そーやの言う通り、アタシは本当に何も知らなくて。それなのに知ったようなことを言って。

 あの絵にどんな思いがこもってたのかも知らないで、アタシはただ自分が好きだから他の人にとってもそうだと思ってた。

 それが多分、そーやのことを苦しめていたんだと思うと、居ても立ってもいられなくて。

 ——気付けばアタシは、部屋を出ようとしていた。


「も、もしかしてヒカリさんも、アイドルみたいなモデルにしたいんですか……? あ、それよりさっきの話は他の誰かに言わないでくださいね? もし私が教えたってことがバレたら……って、ちょ————⁉ ヒカリさん⁉」

「待ちなさいヒカリ‼ あなた、どこに行こうとしてるのよ‼」

 突然部屋を出て行こうとしたアタシを見て、企業の人は驚きで目を丸くし、母さんはアタシの腕を掴んで引き留める。

「……ちょっと、そーやの所に行ってくるだけ」

「だけって……あなた、今自分が何をしようとしているのか分かってるの⁉ 自分でつかんだVチューバーになるチャンスを棒に振りたいわけ⁉」

「違う……けど、行かないといけないんだって!」

「なぜ⁉ この前も言ったけど、創哉君に描いて貰うことに拘って、目的を見失うようなあなたじゃ————」


「……アタシは! そーやが描いてくれた絵じゃないと嫌なんだってば‼」


 引き留めようと必死に説得してくる母さんの言葉を遮って、大声で叫んだ。

 そんなアタシの行動が予想外だったのか、母さんは目を丸くして動きを止める。

「――そーやが描いてくれた絵じゃないなら、アタシはVチューバーになんてなりたくない! それがダメって言うんなら、辞退でも何でも母さんの好きなようにすればいい!」

「ヒカリ……」

 そう呟いて、それ以上何も言ってこない母さんに。

 きっと分かってくれたんだと思い込んで。

「だから、そーやの所に行ってくる」

 

 最後にそう残して母さんに掴まれたままの腕を振り払うと、アタシはそーやの家に向かって走り出した。

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