君の目に映る輝きに 1.1
「…………はぁ」
机の上で煌々と光を放つ液タブに目をやり、力なくため息をついた。
液タブに映っている画面は白一色。色はともかく、線画すら描けてない。気分転換にでもなればと思って美術館に行った、あの日からもう既に一週間が経ったのに。
「——ダメだ。何も浮かばねぇや」
もはや色どころか、自分が描きたいと思うイラストのイメージすら出来なくなってる。ペンを握れば手が勝手に震えだして、思うように線を引く事すら出来ない。
そればかりか、頭の中に思い浮かぶのは「気色悪い」という言葉だけだ。
「……俺、今までどうやって描いてたんだっけ」
頭の中は言われたことでいっぱいで、思うように線を描く事すら出来なくなった今。
そんな状況の俺には、その一言を呟くしか出来なかった。
◇
俺がイラストレーターとして活動を始めたのは、中学生になってすぐの頃だった。
当時はただひたすらに絵を描くことが楽しくて、どんな依頼でも二つ返事で受けていたのを覚えてる。
親元を離れて自分の好きな事をやる生活は、それはもう夢のように楽しかった。
そんな俺だけど、絵を描く時に参考にしているものがあった。
それが「アイドル」だ。
常に笑顔で、豪華な衣装を着て楽しそうに踊るアイドルの姿は、俺にとってとても輝いて見えていたんだ。
俺は絵を描く時、そんなアイドルたちの「輝き」を何とか再現してみようと、自分の中でこだわりを持っていた。だからこそ美少女キャラを描くのは好きだったし、気付けば俺に依頼される仕事の内容も徐々に美少女キャラを描くものが多くなった。
とはいえ、俺はその環境を手放しに喜べたわけじゃない。まぁ簡単な話、女の子を描くということは胸やお尻を描くことになるわけで。当然のように中学校ではキモがられたし、思春期男子だった俺的にも複雑だったところはある。
それでも絵を描くことが好きだったし、中学生も二年の終わり際になればキモがられることも少なくなって、なんだかんだイラストレーターを続けていた。
そんな俺は、中三の夏休みで大きな仕事を引き受けることになった。奇しくもそれが、俺のイラストレーターとして最後の仕事になったわけなのだけども。
俺が参考にしていたアイドル。その中でも当時、特に人気だったアイドルと関われる仕事に俺は興奮した。自分の参考にしている存在を間近で見れるなんて。今以上に、絵を描くことが楽しくなるかもしれないなんて思っていた。
——要するに、俺は張り切っていたんだ。
そして、肝心の仕事内容はモチーフのアイドルの特徴を入れた、Vチューバーのモデルを描くこと。
その時には既に十体くらいモデルを描いていた俺にとって、難しい依頼じゃなった。
だけど、結果から先に言うとその依頼は失敗に終わった。
俺の描いたモデルが、依頼先のアイドルにとって満足の行く物じゃなかったから。俺が自分の好きを詰め込んで描いた自慢の一枚は、そのアイドルのたった一言で没になった。
「キモい」という、そのたった一言で。
他の人たちが俺の描いた絵にどんな反応を示したかは覚えていない。
ただ、そのアイドルの為に描いたモデルは、他でもないそのアイドルに否定され、結果モデルを変えることになったのは事実だ。
おそらく、その場にいた他の人間もそのアイドルと同じように思ったのだろう。
でも、その時の俺はそれが納得いかなかった。
——当たり前だ。
自分が心血注いで描き上げた、渾身のイラストを「キモい」とか言う訳の分からない理由で貶されたんだから。怒るなと言われたって無理だろう。
没となって自分に返された、自分の描いたモデルを見て。やるせなくなった俺は、SNSにそのイラストを上げたんだ。
ただ、別に復讐したいとか思っていたわけじゃない。自分の言ってることが正しいと証明するつもりも無かった。
だけど、どうしても自分の描いたその作品が、誰にも見られないままお蔵入りすることに耐えられなくて。誰でもいいから自分の描いた作品を見て欲しかった。
それだけの理由で。
それがきっかけだった。
俺がSNSに上げたそのイラストは、思ったよりもコメントで溢れかえった。
だけど、百件くらい付いたそのほとんどは……アンチコメントだった。「胸が小さい」だとか、「エロくない」だとか、ふざけているのかどうかよく分からないコメントから、「ただ上手いだけで、全く可愛いと思えない」というコメントまで。
百件近くあったアンチコメントを読んで、俺はそこで気が付いた。
自分が「可愛い」と思ったものは、世間からしてみれば全く可愛くなくて。
俺が好きで描きたいものは、誰も好きじゃないものなんだと。
俺より遥かに絵を描く技術がない素人でも、俺が描いた絵より遥かに「誰かに求められている」んだと。
俺が自分の好きを込めて描いたものは、他人から見れば「技術はある」程度の、代替えがいくらでもきく程度の物だったんだと。
——それが、俺の絵に「キモい」といったアイツがアイドルを辞めることになぜ繋がったのかはさっぱり分からないが。
俺が描いたイラストに価値なんてないと、そのことに気付いたその時から。
俺は、一切イラストの色が見えなくなったんだ。
新しく描いたやつだろうが、過去に描いたやつだろうが。自分の持っている色がどんな色なのかすら見えなくなった。
——だから俺は、その日を最後にイラストレーターを辞めたんだ。
◇
そんなことがあったから、俺はもう二度と絵を描かないと決めた。
どうせ誰にも必要とされていないのなら。とことん批判を浴びるだけなのなら。それが分かっているのにわざわざ描く必要なんてないのだから。
だから、最初に太知が俺の描いた絵を「好きだ」と言った時は疑った。
だけど、太知の部屋に飾ってあった俺のイラストを見て、嘘を付いてるなんて思えなくなったんだ。
この子は本当に俺の絵が好きで、だからこんなにお願いしてきてるんだと感じた。
俺の絵を初めて好きだと言ってくれた、言わば俺にとって最初のファン。
そんな太知の期待に応えてあげたい。太知が心の底から喜んでくれるようなイラストを描いてあげたい。
——なのに。
「なんか、なんか一つくらいあるだろ——っ」
何も描けない。何も思い浮かばない。
俺の絵に興味ない奴らから批判を浴びるくらいなら、絵なんて描かない方がいい。そう決めつけて何もしてこなかったせいで、描いてあげたい相手に描いてあげられない。
「なんで……なんであの時は描けたのに、今になって描けないんだよッ」
今じゃないとダメなんだよ。今じゃないと意味がないんだよ。俺の絵が好きだって言ってくれて、俺に絵を描いて欲しいって言ってくれた今じゃないと。
俺の絵を待ってくれてる太知に、他のイラストレーターが描いた絵なんか見て欲しくないんだよ。
俺の初めてのファンになってくれた太知が、誰かにとられるのなんて嫌なんだよ。
だから————。だから…………‼
「くそ、クソォっ」
どうすれば色が見えるかも、どうやったらまた描けるようになるかも分からない。
今じゃないと意味がないのに、描けるようにと願うことしか出来ない。
一年前は描きたくなくても描けたというのに。こんなに描きたいと思っているのに、届けたい相手が自分の傍に居るのに。
「——なんで描けないんだよっ‼」
どんなに願っても、描けていた昔を真似て描こうとしてみても。
線の一本すら思うように描けない。
そんな何もできない自分に絶望して、視界が滲み始めたとき、
「————そーや‼」
「た、ち……?」
家の玄関が勢いよく開いた音がしたと思ったら、慌ただしく洋室に入ってくる人影が目に入った。息を切らせて顔を苦しそうに歪めながらも、強く真っ直ぐな瞳で前を見据える――、
乙女なヤンキーの姿が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます