人の数だけあるトラウマ 1.2



  ◇


「…………んぁ」

 ふと、意識が覚醒して欠伸をする。

 いつの間にか寝ていたらしい。今の俺にはやるべきことがあるのに、だ。


 いや、もう……やるべきことなんてないのかもしれない。

 眠くないのに眠いと思う。何をするにもやる気が起きない。

 体が、指一本ですらも動かすのが億劫に感じる。


 床に仰向けで寝そべり、ただ息を吸って吐いてを繰り返して、時が過ぎるのを眺めるだけ。体が動かないのをいいことに、俺の湿った心は深海に沈んでった。

 動きたくない。考えたくもない。

 このまま目を閉じて、開いたらすべて過去のことになっていないだろうか。


 ——そうだ、それがいい。


 全て投げ出して、楽になればいいじゃないか。

 そう思って俺は、また寝るために意識を手放そうとしたその時。

 嫌に甲高いメッセージアプリの通知音が、俺の机の上から聞こえてきた。


 その音を聞いた途端、さっきまでわずかにも動かなかった俺の体は簡単に起き上がる。ほぼ反射的に、何かを期待するわけでもなく。

 スマホが鳴ったら画面を見る、という行動をプログラミングされたロボットのように。

 ——ただほんの少し、そのメッセージに少しの希望を求めて。

「……なんだ。柊木かよ」

 無機質に画面に表示されている、俺にメッセージを送ってきた相手の名前を見てため息をつく。柊木には悪いと思うけど、俺が求めていたものじゃない。


 けれど。


「写真……?」

 柊木が送ってきたのはメッセージではなく写真だった。

 残念なことに写真は、通知で送られてきたものを見ることが出来ない。

 だからこそ無性に知りたくなる。俺の求めていたものが、意図的にそこへ隠されているような気がして。

「――――」

 柊木からのメッセージだと知った時、俺はアプリを起動するつもりはなかった。そのままUターンして、ベッドに潜り込もうと思っていた。

 だけど、その一枚の写真にまんまとつられて俺はアプリを開いた。そして目に入ってくる、パソコンの画面をスマホで撮った写真。

「……なんだよ、これ」

 その写真を見て俺はそう吐き捨てた。

「嫌味のつもりか」

 送られてきた写真は、パソコンの画面を撮った一枚だけ。しかし、そのパソコンの画像には、企業Vチューバーのオーディション応募画面が映っていた。

 そして、当然の如く「送信完了」という文字がでかでかと目に入ってくる。

「ふざけんなよ」

 俺はまだ絵を描けるようになっていない。それなのに企業Vチューバーのオーディションに応募したということは、あの二人はもう俺に絵を描いて貰うつもりが無いのだろう。

 そしてどういうわけか、それを俺に送ってきたという訳だ。

 嫌がらせするかのように。

 

 要するに、「お前はもう用済みだ」と言われたのと変わらない。


「————ふざけんなよ‼」

 それが無性にムカついて、柄にもなく大声を出してスマホを壁に投げつけた。

 そして、電池が切れたかのようにベットに座り込み俯く。


 こうなることは分かっていた。というか、最初は俺だってこうなることを望んでいた。

 企業Vチューバーになった方がいいって、柊木と一緒に太知に勧めたのは俺だ。

「俺の描いた絵じゃないと嫌なんじゃなかったのかよ——っ」

 そう言ってくれる太知に「俺はもう絵が描けない」と、散々言ってきたのも俺だ。おまけに、アイツが好きだと言ってくれた俺の描いた絵を「気持ち悪い絵」だと批判したのも俺自身。これについてはつい昨日の出来事で。

 こんな態度を取り続けてきたんだから、太知がイラストを描いて貰うのを諦めることなんて想像に容易い。


 というか、俺が諦めさせたんじゃないか。


 それなのに、俺が太知に怒りの矛先を向けるのはお門違いも甚だしい。

 だけど——、

「全部、嘘だったのかよ!」

 目を輝かせて俺の絵を「好きだ」と言ってくれたのも、俺が描いた絵じゃないと嫌だと駄々をこねていたのも全部、嘘だったのかと思ってしまう。

 いや、嘘だったんだろう。きっと、今までの言葉全てが嘘だったんだ。


 

 あの日、あの時。

 俺の描いた絵に向かって「キモい」と言ってきたアイツと同じように。


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