お見合いと一緒ですからね 1.2
◇
「ぶふ――ッ‼ あはははは‼」
「いや、笑い事じゃねーだろ……」
もはや恒例となった俺ん家での集会。
そこでさっそく、昨日の出来事を柊木に報告したのだが盛大に笑われた。
「いやぁ、笑うしかないでしょ? 売り言葉に買い言葉で、一カ月でVチューバーになることを約束しちゃうなんて。もう、流石は姉御‼ って感じだよ!」
「そんな事言ってる場合か⁉ 一カ月だぞ⁉ あと一カでVチューバーになるなんて無理だろ!」
「いやー、そうでもないよ? 姉御はもう十分喋れるようになってきてるし、個人Vチューバーとして活動するなら今からでもできる。まー企業の方だと、オーディションの日程が厳しそうだけどね」
「——え? そうなの? 茜」
「はい! あとは本番で姉御がちゃんと喋れれば、何も問題は無いですよー」
そんな柊木の言葉を聞くと、太知はしたり顔で俺の方を見た。
「だってよ! だから、何とかなるって言ったじゃんか!」
「………………」
なんだよ、案外いけそうなのかよ。それは良かったわ。
……そう言いたいところなのだが、素直に喜べない。まぁそれはそうだ。
太知の実力も着実についているからハッキリ言ってしまうが、オーディションを一発合格できるとは思えない。
個人Vチューバーとしてやっていく分には問題ないだろうが、オーディションを突破するだけの実力は無い……と思う。
が、根拠はない。なんとなくだ。
だが、懸念するべきはもう一つある。というかむしろ、こっちの方が問題だ。
「お前ら、重要なことを忘れてないか?」
「重要なこと……って? なになに?」
勿体ぶってそう言ったが、どうやら太知はなんとなく察したらしい。何も言わずにその端正な顔を曇らせた。
「俺が未だに「色」を見れてない。というか、モデルを準備するには圧倒的に時間が足りない」
「あ…………」
それを聞いて柊木もやっと思い出したのか、深刻な表情になる。
元はと言えば、太知や柊木と俺が関わりを持ったのだって「これ」が理由だ。
俺の描いた絵がいいと、そう太知が言ってくれたから俺は協力している。
「……まぁこの際、俺は別のイラストレータ―に頼むんでも構わないけど。それは太知が嫌だって言うからな」
「うん。もちろん、当たり前じゃん」
「俺的にも、ここまで協力してきたんだし途中で投げ出すつもりはない。けど、モデルを一から作るには三カ月かかるし……そもそも俺がまだ描ける状況じゃない」
「そうだったね……。だとすると、ちょっとまずいかも」
——あれ? なんか思ったよりマズいのだろうか? これ。
自分から「危機感を持て」と警鐘を鳴らしておいてあれだが、柊木の焦ったような表情を見てそう思わずにはいられない。
「三千喜君ってさ、今はイラストレーターじゃないんだよね?」
「まぁ、そういうことになる。申し訳ないとは思ってるよ」
「あーいや、謝ってほしいんじゃなくて。企業Vになるとさ、モデルって企業側が決めるんだよね。もちろん本人の希望を尊重してくれるけど、大体企業が選んだイラストレータの中から選ぶことになるから……」
そこで柊木は一旦区切り、ちらりと俺の方を見てから言いにくそうに続けた。
「イラストレーターじゃないと多分……」
「——候補にすら挙げてもらえないってことか」
「も、もちろん三千喜君の経歴を話せば、ある程度は融通をきかせて貰えるんじゃないかなとはと思うけどね⁉」
「そんな……」
今、柊木が言ったことは当てにしない方がいいだろう。イラストレーターというのは信用がかなり大切だ。
求められた時に、求められる以上のクオリティを安定して出せるのが最低限。
それが当たり前のイラストレーターにおいて、過去に活動していたとはいえ今、活動していない俺の信用はゼロに等しい。
しかも相手が企業となれば尚更だ。
懇意にしているイラストレーターだっているだろうし、クオリティが約束されているその人たちと一度挫折した俺とを比べて俺を選ぶ理由は無い。
つまり、企業Vチューバーになるとしたら、太知がオーディションに合格するまでの間に、俺はイラストレーターとして復活していないといけない。
無論復活するだけじゃなくて、復活後の経歴も必要になってくるが……それを何とかしてくれそうな人の当てはある。
だから問題は、俺がこの一カ月の間に復活できるかどうかだが——。
「厳しいな……」
「ウチもそう思って。姉御、どうしましょう……」
「え、えーと……どうしたらいい⁉」
個人Vチューバーとしてやっていくにしても、モデルの用意が出来ない。
全ては俺が、一カ月以内にモデルを描けるようになる保証がないのが原因。
——いや、一つだけ。
一つだけ、俺が一カ月以内にモデルを用意できる方法はある……が。
「太知……もし、「俺が一部分だけ書いたイラストなら用意できる」って言ったら、お前は満足するか?」
「——え……?」
多分、太知はその方法を拒否するだろう。
「今の俺は線画しか描けない……だけど、線画だけなら描くことは出来る。だから、俺が線画を描いた後で、他のイラストレーターに色だけお願いするんだ」
「ちょ、ちょい待ちーや⁉ そんなのやってくれる人いるの⁉」
そんな俺の提案に、太知ではなく柊木が驚きの声を上げた。
「頼めばやってくれそうな人は、いる。その方法なら、今からやれば一カ月以内にモデルを用意することも出来ると思う」
「…………」
話しながら太知の顔を見ると、太知は真剣に俺の話を聞いていた。
「そのモデルを使って個人Vチューバーとして活動すれば、一カ月以内にVチューバーになるっていう約束も果たせるけど……」
「どどど、どーします⁉ 姉御……」
「ちょっと……考えさせて欲しい——」
提案しながら心が痛むその方法に、太知は頭を抱えて悩んでいた。
なにしろ、この方法で作りあげたモデルは俺の絵じゃない。それを俺の絵が好きだからという理由で、他のイラストレーターを選ばない太知が許せるとは思えない。
「も、もちろんそれは、あくまで一つの方法ってだけだから。その方法を取る必要が必ずしもあるってわけじゃない」
悩みこむ太知を見るのが絶えられなくなって、俺はそう言った。しかし、それを言い終わる前に太知は勢いよく顔を上げた。
「それで……その方法でいこう。線画はそーやが描いてくれるんでしょ?」
「あ、あぁ、線画は今の俺でも描けるから……」
「——うん、じゃあそれでいいよ。そーやが描いてくれるなら、それで」
そう言って、太知は優しく微笑んだ。
その笑顔が、我慢に我慢を重ねた作り笑いだということくらい流石に分かる。
そんなつもりじゃなくても、俺は太知にそう「言わせた」んだ。
「……分か、った。じゃあ、これからは……その方法でやるよ」
太知の見え見えのやせ我慢に。それを言わせた自分の不甲斐なさ、無力さに。
——まるで血を吐くように、喉の激痛に顔を顰めながら……そう言ったんだ。
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