お見合いと一緒ですからね 1.1


「——おい、太知。お前何考えてんだよ」

「いや、その……ごめん」

「俺、散々言ったはずだよな? モデルを描くのに最低三カ月はかかるって」

「うん。だから、ごめんって……」

「じゃあお前、Vチューバーになるの諦めろよ?」

「——それは無理」

 

 太知の家に行き、そこでお母さんと会った日の翌日。

 太知は珍しくも朝から学校に来ていた。他クラスの生徒が言っていたが、どうやら太知は初めて朝から学校に来たらしい。


 その理由は多分、「お母さんに言われたから」とかだろうけど。


 ともかく、太知は朝から学校に来て、そして俺の姿を見つけるなり屋上に呼び出した。それはもう嬉しそうな顔で。

 そんな太知の姿を見た生徒たちは、顔を青ざめて震え上がっていた。

 きっとそいつらには、太知の笑顔が「ブチギレ寸前を辛うじて誤魔化している笑顔」に見えたのだろう。


 太知はまだ、学校にいると「人見知り」が発動するようで。相変わらず無口で威圧感をばらまいていた。

 そんな太知の笑顔を見て、呼び出された俺が太知にボコされるとか、クラスメイト達は思っていたに違いない。

 

 だけど今、呼び出された側であるはずの俺が、言葉で太知をぶん殴っている。


「無理、じゃねーんだよ! 一カ月でVチューバーになれなかったら諦めろって言われたよな⁉ 無理じゃん、諦めるしかないだろ!」

「いや……なんか、どうにかなるだろ―って思ってて……。あと、あの時はその場の雰囲気でつい——」

 一応、太知も悪いと思っているのか、申し訳なさそうに言ってくる。


 ——のだが。


「どうにもならねーよ! 大馬鹿がぁ!」

 それでも、一カ月でVチューバーになれという、無理難題を簡単に引き受けた太知に嫌気が差して、俺は声を荒げてそう言った。


   ◇


 そんな出来事があった朝から、怒りが収まるくらいの時間が経って昼休みになった。

 そして昼休みになった瞬間、俺はまた太知に呼び出され屋上にいる。

 コンビニで買ったおにぎりと共に。

「授業ってめんどくさいんだなぁ……」

「あほ。ほとんど寝てただけの奴がなに言ってんだよ」

 隣で、随分と可愛らしいサイズの弁当を食べながら言う太知に、俺は短く返した。

「めんどくさいから寝てたんだって。何を言ってるかさっぱりわからないし」

「それは違う。つまらない話を起きて聞いてなきゃいけないから「めんどくさい」んだ。寝てたらめんどくさくないだろうが」

「……じゃあ、つまらない」

「それなら、まぁ」

 なんていう中身のない会話をしながらも、俺の頭は「どうすれば一カ月でVチューバーになれるか」を考えていた。

 

 いや、いくら考えても結論は「無理」から変わらないのだけども。

 さらに言えば、たまに吹くそよ風が、太知の弁当から旨そうな匂いと太知自身の甘い香りを運んできて、まともに考えることすら出来ていないが。

「——ていうか、お前はこんな話をするために俺を呼んだのかよ」

 どう考えても、太知が俺と「一緒に昼飯を食べたいから」呼んだとは思えない。昼休みに呼び出された時は、いつものことながら「ついてこい」の一言だけだったし。

 それがふと気になって、俺は太知にそう聞いた。

「いや、その……そーやが朝、めっちゃ怒ってたから」

 ただ、それを聞かれた太知は言い辛そうに、何も掴んでない箸を咥えてボソッと呟いた。

「謝った方がいいと思って」

「別に、今はもう怒ってねーよ」

 それを聞いた俺は、少し意外に思いながらもそう返した。

「……いや、嘘だ。絶対怒ってる」

「なんでだよ。怒ってねーって」

「じゃあなんでお昼食べてないんだよ」

「お前バカか⁉ なんで「飯を食ってない」=「怒ってる」になるんだよ⁉ 普通に腹が減ってないだけだわ!」

 謎過ぎる太知の持論に、俺は思わず立ち上がりながら盛大にツッコんだ。

 ——だけどそれでも、太知は納得がいっていないらしい。

 体育座りの膝の上に置いていた弁当を床に置き、空いた膝の上に顎を乗せてむくれている。

「その喋り方だって怒ってる。……昨日はもっと優しかった」

「だから、怒ってねーって。本当に——」

 そんな太知の拗ね方に、不覚にも「可愛い」と思ってしまった。

 だけどそれを態度に出すことなく、さっきまで自分が座っていた場所に再び座りながら、言葉を続ける。

「怒ってねーけど……困ってんだよ」

 既に起こってしまったことに対して、いつまでも後悔したり改善点を探しても意味がない。やると言ってしまったからにはやるしかないのだ。それを取り消すことは出来ない。

 だからこそ、過去起こったことに対しての対処法を考えるより、この先どう行動すれば目標を達成できるかを考えた方がいい。


 ただ、今回はどう考えても達成できそうにない。それで俺は困っているという訳だ。

「——ごめん」

「謝らなくていいって。それで何かが解決するわけじゃないし」

 そう言ったものの、だからといって問題が解決するわけでもない。逆に、その言葉によってお互いが黙り込み、重苦しい沈黙が流れた。


 謝っても問題は解決しないが、謝らなくても解決しないという訳か——やかましいわ。


 というかそもそも、難問に対する解決策が簡単に出てくるなら、今頃地球温暖化で悩むことなんてないだろ。つまり、俺達が解決策を見つけられないのも自然の摂理。


 と、言いたいところだが、残念ながら「一カ月でVチューバーになる」という問題は大した問題じゃないだろう。


「……待てよ? モデルを用意するのは待ってもらえばよくね?」

 思わず、俺の頭の中で形になった一つの解決法を口にした。その言葉に、隣の太知も暗かった表情を明るくさせて反応する。

「なぁ、太知。お前のお母さんにさ、「モデルを描くのに必要な期間は待ってください」ってお願いしてみろよ」

「アタシの親にお願いすんの? ……無理だって。どうせ聞いてくんないから」

 しかし、俺の提案を聞くなり太知はすぐに否定した。

 だが、ここで「はいそうですか」と折れるわけにはいかない。ぶっちゃけ、これしか解決方法がないのだから。

「いいか、よく聞け? モデルはVチューバーに必須だけど、太知の努力次第でどうにかなるもんじゃないんだ。イラストレーターの空き次第で早くも遅くもなる。しかも最短で「三カ月」だ。こんなん、どう頑張ったって無理だろ?」

「……だな?」

 いまいち俺の言ったことが理解できていなさそうな反応を見せる太知に構わず、俺は自分の考えを話し続ける。

「だから、それをちゃんと言えばお前のお母さんだって理解して、期間を伸ばしてくれるはずだ。お前と違って頭よさそうだし、分かってくれるだろ? ってことだ」

 

 と、口にしていると本当に行けそうな気がしてきて、途中からノリノリでそう言ったのだが。


「アタシだってバカじゃない、から……」


 太知は一層むくれてそう言った。

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