「感情最大の敵は親である」 1.5


   ◇


 それからしばらく、見知らぬ街を眺めながら太知の後ろを歩いていた。その間、太知は自分の街についていろいろと教えてくれた。

 曰く、あそこに見える高校はヤンキーしかいない、とか。

 あそこの小学校は生徒がやんちゃ過ぎて、学級閉鎖したことがある、とか。

 何故か全体的に紹介する内容が物騒なのだが、楽しそうに話していた。それを聞いて、俺はなんとなく動画を見ているような気分になった。


 いや本当に、太知はVチューバーまであと一歩という所まで来ているのだろう。


「そういやさ、寄り道するって言ってたけどどこに向かってんの?」

「ん? あれ、言ってなかったっけ。今行ってるのは近所のパン屋さんなんだ。そこのクリー……」


 ——と、太知が何かを言いかけていた時。


「おいクソガキ。なんで俺達がタバコ吸ってちゃいけねぇんだよ? あぁ?」

 グチャ——と、何かを踏みつける音と共に、荒々しい声が聞こえてきた。

 その声に、飛び跳ねるように反応した俺は、慌てて声のした方を見る。

 

 そうして目に入ってきたのは、ガラの悪そうな高校生と、そいつらに囲まれた小さい男の子。子供の方は恐らく小学生、それも低学年だろう。

 金髪に学ランという、どう見てもヤンキーな見た目の高校生に囲まれて、涙目になっていた。

「だ、だって……たばこは大人になるまで吸っちゃいけないって、先生言ってたもん!」

 そんな状況でも、負けじと声を張り上げて言い返す子供。そんな子供に、俺は冷や冷やする。

 子供の言ってることは間違いなく正しい。しかし、それをこのタイミングで言っても逆効果だ。余計にヤンキーたちを怒らせるだけでしかない。

 

 それを裏付けるように、ヤンキーが子どもの胸座を掴んだ。


「先生が言ってただぁ? どうやらその先生は教えてくれなかったみてぇだな。世の中には、怒らせちゃいけねぇ相手がいるってことをよォ‼」

 そう言って、子供の胸座を掴んだヤンキーが握り拳を振りかぶる。


 ——助けないと。


 そんな状況に、本能的にそう思った。だけど、体は動かない。

 どうすれば助けられる? どうやって、あのヤンキーの怒りを鎮める? 

 そう考えて、辺りに使えそうなものはないか見渡すが、住宅街が目に入るだけでなにも見つからない。その間にも、ヤンキーは全力で子供を殴ろうとしている。

「くそ——ッ!」

 こうなったら、俺があの子供の代わりに殴られてでも助けるしかない。痛いのは勘弁してほしいが、そう言ってられる状況じゃないだろう。


 そうして、一言悪態をつきながら、俺が男の子とヤンキーの間に割って入ろうとした時——、

「……おい、そこのお前」

 場の空気が一瞬で冷えるほど、ドスの効いた声がヤンキーに掛けられた。その声を聞いたヤンキーは、子供を殴ろうとしてた拳を止めて、振り返る。


 瞬間、鈍い音と共に、子供の胸座を掴んでいたヤンキーは吹っ飛んだ。


「——太知⁉ お前なにして……」

 ヤンキーを蹴り飛ばしたその人影を見て、俺は声を上げた。さっきまで俺の近くに居た太知は、いつの間にかヤンキーのすぐ後ろまで移動していたらしい。

 いや、それは別にいいのだが。ヤンキーを蹴り飛ばしたらタダじゃ済まないだろう。

 間違いなく、穏便に事を済ませることは出来なくなってしまった。

「お前ら、さっき「何を」踏みつぶしたんだ……?」

 しかし、太知はそんな俺の声に反応することなく、狼狽えているヤンキーたちに話しかける。そんな太知の姿に、俺が感じていた危機感は消え去った。


 そういや、太知もヤンキーだったな。ということを思い出して。


「たち……? お、お前もしかして「太知 ヒカリ」か⁉」

「んな事よりアタシの質問に答えろよ。さっき、何を踏みつぶしたんだ?」

 再度、睨みを聞かせて問いかける太知に、ヤンキーたちは短く悲鳴を上げた。


 ——ヤンキーとはいえ、太知は女子。おまけに相手は二人いる。

 そんな状況に、俺は太知の身を案じたけど、どうやらそんな心配はいらなかったらしい。

 もろ顔面に膝蹴りを食らったヤンキーは起き上がることなく、他二人もビビり散らかしている。ここからヤンキーたちが反撃してくることはないだろう。

「早く答えろ。何を、踏みつぶした——ッ!」

「し、知らねぇよ! そこのガキが持ってたやつだっての!」

 太知の迫力に圧倒されて、尻餅をつきながら答えるヤンキーたち。そのヤンキーたちが指さした子供へと、太知は振り返る。

「ねぇキミ、この袋の中身って何だったの?」

 ヤンキーたちに向ける言葉より、いくらか優しい言い方だったが、子供は怯えてしまって何も言わずに震えている。

 そんな子供に太知はため息をつき、ぐちゃぐちゃの袋を拾い上げ、その中身を見た。

「クリームパン——」

 袋の中身を見た太知は一言呟き、そして体を戦慄かせた。どうやら、袋の中身はクリームパンらしい。


 いや、だから何だというのだろうか。


 冷静になって考えてみれば、太知はやけに袋の中身を気にしていた。まさか、袋の中身が最初から「クリームパン」だと気付いていたのだろか……? いや、仮にそうだとして、ここまで怒りを露わにする程でもないだろう。

 いったい何が、太知をこんなに怒らせているのだろう……と、俺が思考を巡らせている時。太知に蹴り飛ばされたヤンキーの一人が、俺に向かって吹っ飛んできた。

「あぶな——ッ⁉ お、おい! こっちに蹴り飛ばすなよ! 危ない……」

 だろ——。そう言おうとして、太知の方を見た俺は口を閉じた。

「お前、アタシの好きなクリームパンに何してくれてんだ?」

 すでに一発殴られたのだろう。鼻から血を出して、涙を流しているヤンキーに向かって威圧する太知の姿を見たら、何も言えなくなってしまった。

「——ん、そーや? なんか言った?」

「い、いや何も。……それより、こいつらどうすんの?」

「あー、放置で大丈夫だよ。多分」

 そう言って、太知は胸座を掴んでいたヤンキーから手を離した。

 

 ——そんな、地面に蹲るヤンキーたちに「ご愁傷様」と心の中で唱えながら、「絶対に太知を怒らせるのだけはやめよう」と思った。

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