「感情最大の敵は親である」 1.4


 その日から、早いものでもう一週間が経っていた。

 その間、色が見えるようになるなんてことは無かったけど、液タブに向かい合う日々を送り続けた。

 当然、太知と柊木もVチューバーになる為に、あれやこれやとトーク力を上げる方法を模索しては、片っ端から実践していった。


 なぜか、わざわざ俺の家に来て。


「やっぱり見えないか——」

 そうして、今日も書き上げた線画に着色をしようとして行き詰まる。

 この一週間、線画を描いては色が見えず行き詰まるの繰り返し。


 モデルではなく普通のイラストを描いているのだが、全く進展しない。未完成という名の線画だけが、データとして増えていくだけだ。

 ここまで何の手掛かりも無いと、流石に気が滅入ってくる。


 ——だが。


「そうです姉御! そういう感じです!」

「なるほど……なるほどな! この感覚か!」

 部屋に一つしかない、一人用にしてはそこそこ大きいデスク。その上に乗せた液タブに向かう俺の後ろから、時々こんな風に嬉しそうな声が上がる。

 この一週間、出しっぱなしにしてあるちゃぶ台で太知と柊木が特訓中なのだ。

 どうやら最近は、その日一日の出来事を日記として書き留め、それをトークとして話す、ということをやってるらしい。

 それがどれくらい功を奏しているかは……まぁ、二人の反応を見ればわかる。

「いい感じですね、姉御ー! このまま行けば、あと一カ月くらいでVチューバーとして十分やっていけるくらいのトーク力になりますよ!」

「ほ、本当か⁉ じゃあもっとやろう!」

「いえ、いけません。焦りは禁物です! ちゃんと一つ一つものにしていかないと! それに、油断するとすぐ口調が戻ってますし」

「そ、そうだ……そうだね」

「ん、その調子です!」

 どうやらあっちは順調らしい。俺ものんびりはしてられない。

 ――のだが、なぜ色が見えないのかの理由すら分からない。

「……詰んでねーか? これ」

 ネットでも調べてみたし、眼科にも行ってみた。

 だけど、ネットに載ってる症状はどれも若干違うものばかりだし、眼科の先生も俺の症状を聞いて首をかしげながら薬を処方するだけだった。

 だから案の定、目薬を差しても効果が現れることはなく。

「あぁぁぁ、くっそ! どーなってんだよ俺の目は‼」

 こうして怒りの咆哮を上げる日々が続いている。

「そ、そーや? 気分転換した方がいいんじゃないか?」

 そんな俺を気遣って太知が声を掛けてくれるのだが、あんまり効果は無い。というか、気分転換とは具体的に何をすれば気分転換になるのだろうか。

「気分転換ね、気分転換……ぬうぅぅぅん」

 もはや困り果て過ぎて、自分でも意味の分からない呻き声を上げるほどに参ってる。

「——て、そういえば茜は時間大丈夫なのか?」

「……あ、やべ。ナイスです、姉御。助かりました」

「ん? 柊木は今日予定あったの?」

「そーなの。実は親に弟のお迎え頼まれちゃって……」

「ほへー、行ってらー。……てことは、今日はもう解散?」

「そうだね、そうなるかなぁ。あ、じゃあ三千喜君さ、ウチの代わりに姉御の家に行ってくれない?」

「——はい?」

 

 ……いま、なんと仰いましたか?


「いや、最近ね? 姉御のトーク力も上がってきたし、パソコンとかの使い方も一通り覚えて簡単な動画なら一本作れるから、もうここで使うことは無いかなって」

「だから、近いうちにアタシん家にもっていこうって話してて」

「——あー、そういうことか」

 俺が全くの進展なしだから忘れかけていたけど、太知はめっちゃ成長してるんだ。

 柊木に教えて貰う必要がないのであれば、ここに置いておく必要はない。太知の家に持って行っておけば、一人の時でも特訓できるという訳か。

「それに、姉御の家めっちゃ凄いから! 多分、気分転換にもなると思うよ?」

「なるほどねぇ、そういうことなら行くかぁ」

 正直、このまま液タブに向き合ってたところで色が見えるようになるわけでもないし。


 そう思った俺は承諾して、重たいパソコンを背負いながら太知の家に行くことになった。


   ◇


「——着いたー!」

 駅のホームに降りて早々、太知はそんなデカい声と共に伸びをした。

「つっかれたー……。なんで電車ってこんなに眠くなるのか……」

「いや、言うて三駅程度しか乗ってないだろ。そんなに眠くならないって」

 そんな会話をしながら、駅のホームを出て改札を通った。

 

 ——と、危うくスルーしかけたが、そこそこ周囲に人がいるのに太知は平気で喋っている。


「……だいぶ喋れるようになってんじゃん」

「ん? でしょ? 茜との特訓の成果だから」

 もはや人見知りは克服したと言っても過言じゃなさそうだ。

 それくらい、普通に会話出来ている。少し前までは、周囲に人がいると「うす」や「おす」の二文字程度しか話さなかったのに。

 そんな太知の変わりように少し戸惑いながら、俺たちは駅の構内を出た。

 

 そして目に入ってくる、知らない街の風景。バスやタクシーの見えないロータリーと、その先にある、お年寄りが数人いる少し大きな公園。

 都内ということもあり、人はそれなりに見えるが少し寂れた感じのする街。なんというか、田舎とは言えないのだけど田舎っぽさを感じる。

「ここが、太知の住んでる街か……」

 言うに困ってそう言ってみたものの、特別に何かを感じる訳でもない。

「意外と田舎なんだよなー。ここ」

 苦し紛れの俺の呟きに反応した太知に、「だな」と一言返し、歩き始めた太知の後に続く。

「アタシん家は駅のすぐ近くだから。——あ、その前に一か所寄り道していい?」

「あー、まぁいいんじゃないか? 別に急いでるわけじゃないしな」

「ん、ありがとう」

 そんな断りを入れたあと。


 ぐんぐんと街へ歩き出していく太知の後をついて行きながら、俺は「本当に変わったなぁ」と、感心していた。

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