「感情最大の敵は親である」 1.2
その見せられた画面はどうやら検索結果のようで、柊木は「ASMR」というワードで検索したらしい。
だというのに、あまりVチューバーに詳しくない俺ですら知ってるような、有名Vチューバーの動画が数多く上がってる。
「マジか。凄いなこれ……」
しかも、そのほとんどの動画が再生回数百万越え。
にわかには信じがたいけど、どうやらASMRは本当に人気のジャンルらしい。そしてしっかり、その検索結果の中に「耳かき」の文字も見える。
「でしょでしょ⁉ もはや今の時代、VチューバーはASMRを出来ないとやってけないって言っても過言じゃないよ!」
「たしかに。それで、特訓に「耳かきASMR」という訳か……」
「そーゆーこと! 分かってくれて嬉しいよー!」
最初に聞いた時は脳みそが消えたのかと思ったが、いざこうして知ってみると理にかなっている気がする。でも、何も問題がない訳じゃない。
「ASMRがいいのは分かったけどさ……これ、ただ耳かきするだけだよな? それだとトーク力を上げる特訓にはならないんじゃないか?」
サムネイルを見る限り、ただ本当に耳かきをするだけなのだろう。
ということはつまり、一言も発さないということになる。
耳かきなんて実況するもんでもないし。
となると、太知のトーク力を上げる特訓にはならないんじゃないか? と思ったのだが。
「そーいうと思ってましたー! でも大丈夫なんですねー! ってわけで聞いてみて?」
そう言って柊木が一番上に出てきた動画を再生し、慣れた手つきでシークバーを動かす。どうやら、リプレイ回数が多いところまで飛ばしたらしい。
そしてスマホの音量を最大まで引き上げた。途端、部屋の中に耳かきの環境音が流れ始める。
「なんか、変な感じだな……」
突如として部屋に鳴り響く、なんとも言えないその音に感想を言うと、柊木に「しー!」と、止められてしまう。
それを怪訝に思いながらも口を噤むと、いよいよそれが聞こえてきた。
〈ポカポカー……って。嫌なものは全部、忘れちゃおうね〉
「…………⁉⁉⁉」
囁き声で言われたその言葉を聞いた瞬間、体に電流が奔ったようにぞわぞわした。
だがしかし、悪寒とか鳥肌が立つとかそういうものではない気がする。なんとも言葉にしにくい、形容しがたい謎のぞわぞわ感だ。
「——ね? 分かったでしょ?」
そんな俺の反応を見た柊木が、したり顔で俺の方をニヤニヤと見る。
「あぁ。やばいな、これ――」
もう少し聞いていたら間違いなく癖になりそうだ。おまけに音だけで楽しめるのもいい。
色が見えない俺にとって、ピンポイントで刺さってくる。
これを太知がやるのか……出来んのか?
いや、それを出来るようにするための特訓か。
「なるほどなぁ……ASMRの凄さは分かったよ。これはヤバいわ。出来るようになっとくべきだと思う」
「でしょ⁉ でしょ⁉」
基礎であり応用というか、イラストレーターにおいての模写とでも言うべきだろう。やっておいて損はない、というよりやらないと損ってレベルだ。
「——そういうことなら、俺は近くの公園かなんかで時間を潰してくるよ。終わったら連絡してくれ」
「……え? なんで⁉」
二人のことを気遣って、俺は家に二人だけにしてあげようと思ったのだが。何故か柊木に止められてしまった。
「なんで、って……俺がいたら邪魔だろ?」
これからすることは耳かきであり、やましいことではない。
そんなことは分かっている。
ただ、耳かきをするということは必然的に膝枕をするということであり、床に寝そべるということだ。いくらやましいことではないとはいえ、あまり人に見られて嬉しいものではないはず。
そんな俺の思いやりを柊木は察したのだろう。なんとも言えない複雑な表情をした後、長いため息をついて額を押えた。
「三千喜君、あの動画の視聴者ってどんな人だと思う……?」
「高校生から三十代くらいまでだろ、多分」
「——じゃあ、性別は?」
性別? は、男女どっちも同じくらい見に来るだろう。耳かきだし。
強いて言えば、さっきの動画は途中で女の子の声が入ってたから、その声目当てに男の数が少し増えるくらいだろうか。
「半々くらいだろ。そんな偏りがあるようには感じなかったけどな」
「ぶぁっかもん! 男が大半だから‼」
「いや、いやいやいやいや。んなことねーだろ⁉」
「あるから、そんなこと! 男の声が入ってるやつは女性用、女の声が入ってるやつは男性用! これ常識だからね⁉」
「えぇ……」
知らねーよ、そんな常識。勝手にでっちあげるんじゃない。
「とにかく! ウチが姉御に耳かきして貰うんじゃだめなわけ‼ 分かる⁉」
「——く! お、おい太知! 柊木があんなこと言ってるけど、お前はそれでいいのか⁉」
「うん」
「え——っ? いいの……?」
思いもよらない太知の返答に、俺がもう一度聞き返すも太知は頬を赤らめて頷いた。
「ほ、ほらほらー。姉御もいいって言ってるんだし、ね? それに、ウチが姉御に耳かきして貰ったら三千喜君がカンペ出さないといけないんだよ? そっちの方が難易度高いと思うけど?」
「うぐ……っ」
た、たしかにそれなら耳かきをして貰ってる方が楽か……。動画で流れてきたようなセリフを考えるのはきつい。
正直言って公開処刑レベルだ。
女子がそういうセリフを言ったり考えるのは別にいい。だけど男の俺がやったら目も当てられない。そういう意味では大人しく耳かきを選んだ方がいいのだろう。
だがしかし! 耳かきをして貰うということはつまり、膝枕をしてもらうわけで……!
しかも太知ときた。中身はともかく、見た目は超絶美少女の太知だ。
昨日もくっついたんだし、今更と言えば今更かもしれないが、美少女に膝枕してもらうのは今の俺にとってかなりハードルが高い! 特に「してもらう」のが敷居を上げている。
「太知————」
結局俺は、自分の頭の中で答えを決め切ることが出来ず、助けを求めるように太知の方を向いた。出来ることなら断ってくれと思って。
今の太知は危険だ、危険すぎる。
普段はヤンキーという呼称がふさわしすぎるほどに荒々しいくせに、今日に限って大人しい。そのせいで、太知のことを完全な美少女としてしか見れない。
そんな太知に膝枕されようものなら、理性が崩壊するのは待ったなしだ。
しかし、俺と太知はあくまで友達——いや、協力者でしかない。
太知がVチューバーになるのを手伝う、ただの協力者。そんな……恋仲とかそんな関係になるべきじゃない。
——のに。
「……アタシに耳かきされるの、嫌か?」
潤んだ瞳で、上目づかいに気遣うよう、そう言われたら。
俺は「お願いします」と答えるしかないじゃないか。
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