「感情最大の敵は親である」 1.1
「お前らさ、俺ん家に来過ぎじゃねーかい?」
太知に突然「アタシをVチューバーにしてくれ」と言われたのが月曜日。
一昨日のこと。
そして、昨日。
太知のコミュ障ぶりが露呈して、それを改善するための特訓をしてみた。
——そしてさらに。
本日もまた、太知と柊木の二人は我が家へと来ている。そう、三日連続で、だ。
普通、いくら親しい友人だったとしても、他人の家に三日連続でなんて行かないだろう。
しかし俺と太知らは「親しい友達」ってわけではない。なんなら異性ですらある。
…………。
異性の家に三日も、しかも連続で遊びに来る女の子は如何なものか。
ちょっと、いやかなり倫理観がぶっ飛んでるかもしれない。
「まーまー、いいじゃん! 三千喜君だって、自分の家に女子が居るのは嬉しいでしょ?」
「いや全く。むしろ心配になってくるんだけど」
「……あれ、思ってたんと違う。ま、いっか!」
うん、やはり何かしらがぶっ飛んでいるのだろう。
感覚が狂ってしまったようだ。まともに会話できなくなってるじゃねーか。
「真面目な話を言うとね? まともにウチラが集まれる場所って三千喜くん家しかないんだー。迷惑はかけないからさ、だから許して?」
「いや、まぁ……困りはしてないから別にいいけど」
三日も連続で来られるとは流石に思ってなかったのと、三日も連続で来ると流石に勝手が分かってくるらしい。
我が物顔で——とまではいかないが、かなりくつろいでいる。
「そう言ってくれると助かるよー。ウチは姉弟が多くて個人の部屋なんてないし、うるさいし、とても落ち着いて会話なんて出来ないからさー」
「へぇ……」
そんな柊木に俺は半分上の空で返しながら、やけに大人しい太知の方を見ていた。
「じゃあ、太知の家は? 柊木の家がダメでも、太知の家はいけるんじゃねーの?」
と、俺は太知に向けて聞いた。
それに気づいた太知はこっちを見て、やっぱり一言も喋らないまま一瞬固まったかと思えば「フイっ」と顔を逸らす。
「…………?」
「あ、あー、姉御の家はお母さん厳しいから。多分ウチらが家に上がったら怒られると思う」
俺の質問に答えなかった太知に変わるように、柊木が答えてくれる。
にしても、今日の太知はなんか変だ。学校で授業を受けていた時から一言も話しかけてこない。
ひょっとして俺は、知らない内に嫌われたのか? と思ったが、家にはちゃんと来ている。ということは嫌ってるわけじゃないのだろう。
そして表情もなんか変だ。
なんというか……なんとも言えない表情をしている。
割合で言ったら、「照れ一、困惑一、期待一、そして誤魔化しが七」といったところだろうか。
とにかく、色んな表情が混ざって何を思ってるのか読み取れない。
唯一分かるのが、上の空で心ここに在らずということくらいだけだ。
そんないつもと違う太知を不思議に思いながら、後ろ髪を引かれるように視線を外す。
そして、その視線を柊木の方へと向けた。
「厳しいんだ? 太知のお母さんって。なんか、そんなイメージ湧かないけどな」
こんな校則違反ガールを認めてるくらいには、寛容なお母さんなのだろうと思ってた。厳しい家庭であれば、太知のような「歩く校則違反」になどなりそうも無いが。
「そりゃあもう! めっちゃ厳しいよ! ウチ、前に姉御の家に遊びに行ったけどめっちゃ怒られたもん! 特に何か迷惑かけた訳じゃないのに!」
「なるほど……」
柊木の話を鵜呑みにするのは違うと思うが、少なくとも全部が嘘ってことではないだろう。
となると太知のお母さんは、遊びに来た子供の友達を叱る訳か……。
面倒くさそうな人だな。何がなんでも会いたくない。
「——て、そんなんでVチューバーとして配信できるのか? 流石に、俺ん家で毎回配信すんのは無理だぞ?」
「それはほら、姉御が上手い具合に隠せばいいかなって」
無理じゃねーかなぁ、それは。
そもそも配信活動なんて、コソコソと出来るようなもんじゃないだろうし。
仮にバレないように活動することが可能だったとしても、太知にそれを出来るとは思えないんだが。
今も呆けているのか、心ここにあらずな表情で虚空を見つめてる太知には。
——いやでも、まぁ、そうしてもらわないと困るのは俺か。
流石に、配信の度に太知が俺の家に来るのは勘弁願いたい。
「ま、まぁそれはその時に考えよう……。それで、今日は何をするんだ?」
「————!」
俺が柊木にそう聞くと、なぜか太知が「ピクッ」と体を震わせ反応した。しかし、それでも結局一言も発さない。
相変わらずなにか変だ。
だが、「何をするのか?」という俺の言葉に反応した。
……ということは。
きっとおそらく、昨日のホラゲーが相当効いたのかもしれない。
というのも昨日、何とか最後までクリアして、ほとんど悲鳴だが太知も意外と喋れていた。
だから、明日からの特訓はホラゲー実況でいいんじゃないか? と話が纏まろうとしたのだが。半泣きで縋るように「ホラゲーだけはやめてくれ」と太知が懇願して、結局新しい特訓方法を模索することになったのだ。
とはいえ、何も方法が思い浮かばなかったらホラゲー実況をやるしかない。
つまり、今日の太知がなんか変なのは、「またホラゲーをやらされる」と気が気でないからなのかもしれない。そう考えれば説明はつく。
「安心しろよ、太知。流石にホラゲーはもうやらないからさ」
「——……え?」
太知の昨日の嫌がり方を見たら、流石に「またホラゲーをやる」とは言えない。
だから安心させようとしてそう言ったのだが、太知の反応は俺が思っていたものと違った。
何故か首を傾げて、困ったような視線で俺を見ている。
…………?
何かおかしなことを言っただろうか。
え、ホラゲーをやるのが嫌だったんじゃないの?
そんな俺の疑問は、すぐさま柊木の口から答えが言われたことにより解決する。
「ふっふっふー! 実はもう既に姉御には話してあるんだよね! 今日の特訓内容」
「え? ——なんだよ、そういうことなら早く言ってくれって」
太知の様子がいつもと違うことを気にかけて損したじゃないか。
てっきり、またホラゲーをやることになるかもしれないことを気に病んでるとばかり思ってた。
だけど、既に今日の特訓内容を知っているなら気に病むことも無いか。
――え? じゃあなんで太知は呆けてたんだ?
「いやー、ごめんごめん。三千喜君に伝えるのすっかり忘れてたんだよねー」
「……おい」
「もうちょっと焦らしたかったけど、そんなに引っ張るものでもないし言っちゃうね? というわけで、今日の特訓内容はー……ずばり、耳かきです‼」
「―———――?」
…………み み か き?
「……は?」
再起動をかけ、何とかフリーズから回復した脳みそを再び動かして出てきた言葉がたったそれだけ。
それほど、柊木が口にした言葉は衝撃的だった。
「なにを……言ってんの? お前は」
「え⁉ まさか三千喜君、耳かき知らないの⁉」
「んなわけあるか‼ 耳かきぐらい知ってるわ! そうじゃなくて、どうしてそんな考えに行き着いたかって聞いてんだよ!」
当たり前だが耳かきくらい知っている。
というか、知らない人間なんていないだろう。
「あ、あー……なんで耳かきが特訓になるのかってことね? あー、びっくりした」
「普通それしかないだろうが。……というか、太知はこれを聞いて承諾したのかよ⁉」
既に知っていたということは、今日の特訓内容が「耳かき」だということを知っていながら俺の家に来たことになる。
つまり、太知は耳かきで特訓することを了承したという訳だ。
そりゃあ上の空にもなる。
「ま、まぁ落ち着いて? これにはちゃんと理由があるんだから。――三千喜君は「ASMR」って知ってる?」
「……それ、どっかで聞いたことあるな。たしか音を流す動画だっけ?」
「そうそう! もーちょい細かく言うと、ある特定の音を聞いて頭がぞわぞわする反応のことらしいんだけどね」
なんだそりゃ、そんなもんやって平気なのか?
今のを聞いた限りじゃヤバい人がやるヤバい動画にしか聞こえないんだが。
「それとVチューバーに何の関係があるんだよ?」
「それがね、今流行ってんのよ! VチューバーのASMRが! そりゃあもうびっくりするくらいで!」
と、少し興奮気味に柊木は言い切ると、スマホを操作して動画アプリを立ち上げ俺に見せてきた。
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