「乙女ヤンキーのウブな恋」



「はぁぁぁ……」

 少しぬるく感じる、いつもと温度の変わらないシャワーを頭から浴びながら、アタシは柄にもなくため息をついた。

「い、いないよな……?」

 そしてふと、寒気を背中に感じて振り返る。

 だけどそこに「何か」がいるわけでもなく、いつもと変わらない少し大きめの浴室が見えるだけ。

「……はぁぁぁぁ」

 そんな代わり映えしない光景への安堵と、何もないのに気にしてしまう自分への不甲斐なさにまた、ため息をつく。

「大丈夫、いるわけない。所詮ゲームなんだからさ……」


 放課後に三千喜の家でホラゲーをやってから、アタシはどうにもびくびくしっぱなしだった。

 それはもう酷いもので、スマホのバイブレーションにも声を上げて驚くほど。

 帰りの駅で、アタシの落とし物を拾ってくれた人に声を掛けられた時も悲鳴が出そうになった。

「なんで、よりにもよってホラーなんか選ぶんだよぉ——」

 全く、なんてやつなんだ三千喜は。普通、女の子が泣いて頼んだら許してくれるものじゃないのか? なのに「うるせぇ、やれ」なんて言ってきて。

 

 ……仮にアタシが女の子っぽくなくても、ホラゲーだけはやめて欲しかった。


「……明日は絶対に文句言ってやる」

 いや、明日だけに限らず永遠に言い続けてやろう。「よくもホラゲーをやらせてくれたなぁ⁉」と。

 そしたら三千喜は、どんな反応を見せてくれるのだろうか……。

 いや、多分、絶対怒るに決まってる。「お前のトーク力を上げる為だろうが!」とか、「結局お前プレイしてなかったじゃねーか!」とか。

 というかアタシ、三千喜が呆れている所か怒っている所しか見てない気がする。

「やっぱり……文句言うのはやめとこう……」

 そもそも三千喜には、アタシの我儘に付き合ってもらってるんだし。アタシは三千喜に文句を言える立場じゃないのは明らかだ。

 

 それに、ホラゲーは嫌だったけど悪いことばかりでもなかったし。


「…………ふふ」

 三千喜に座ってる間は、不思議とあまり怖く感じなかった。なんというか、「大丈夫」という安心感がずっと背中に感じられた。

 まぁそのせいで、一人になった瞬間に怖さが倍増したのだけど。

「なんか、楽しいな。こういうの」

 そう呟きながら体を洗い終え、泡を流して浴室から出る。

 ——本当に、楽しい。

 今まで学校なんて行きたくなかったのに、今じゃ楽しみにしてるアタシがいる。

 Vチューバーになろうと思った日から、なんとなく毎日が色づいた気がした。

 まだ日付は変わっていないのに、もう既に明日のことを考えては、無意識に表情を綻ばせる。


 そんな明日への期待でワクワクしていた所に、突然アタシのスマホが鳴った。

「ひっ⁉ ——って何だ、茜かぁ……」

 驚かされたことに軽く悪態をつきながら、通話に出る。

『あ、もしもし姉御ー? いま何かしてましたー?』

「……いや、何もしてない。それよりどうしたの?」

『実は姉御に、ちょっと聞きたいことがありましてー。いいです?」

「聞きたいこと……?」

 

 茜にしては珍しいアタシへのお願いに、少し違和感を覚えた。

 茜は基本、自分のことをあんまり話そうとしない。

 それと同じくらい、他人のことも聞こうとしない。アタシのことを「姉御」と呼ぶ理由だって、アタシも知らない。

 そんな茜が聞きたいことって、いったい何だろうか?

「……変な質問じゃないよね?」

『それは大丈夫です! ウチは三千喜君ほど向こう見ずじゃないんで!』

「うん……じゃあ、いいけど」

 何の脈略も無く出てきた「三千喜」という言葉に、少し胸がざわついた。

『本当ですか⁉ じゃあ遠慮なく! 姉御って、三千喜君のこと好きです?』

「————はぇっ⁉」

 

 え、待って、今なんて言った? 

 好き? アタシが? 三千喜を……⁉

 いやいやいやいやいやいや————。

『姉御ー? どうなんですかー?』

「そそそ、そんなわけないだろ⁉ 何でそーゆー話になるんだよ⁉」

『えー? だって姉御、やたらと三千喜君にくっついてるじゃないですかー。今日のホラゲーやってたときだって……あんなくっつき方、カップルでもない限りしませんよー?』

「い、いや! あれは怖かったから仕方なく——! 仕方なくだから!」

『本当ですかー? それにしてはやたらと距離が近い気がー。そういえば、最初にVチューバーになりたいって相談したのも三千喜君でしたよね? ウチじゃなくて』

「そ、そうだけど……」

 Vチューバーになりたいって思ってることを茜に打ち明けなかったのは、絶対に揶揄われると思ったからってだけ。

 別に、三千喜が好きだからとかそういう理由じゃない。


 ——なのに。


『ほらぁ! 絶対好きじゃないですかぁ! 友達に話すよりも先に、一番最初に伝えるなんて!』

 頭が恋愛脳になっているのか、茜はアタシの言うことを聞かず「好きだ」の一点張り。

「ち、ちがう! 茜に言ったら揶揄われると思ったから……! ていうか、三千喜には絵を描いて貰うために言わないといけないじゃんか‼」

『それだっておかしな話ですよ、姉御ー。昨日も言いましたけど、他にもイラストレーターはいっぱい居るのに、なんでわざわざ三千喜君なんですか? しかも三千喜君は「色が見えないから描けない」って言ってるのにー』

「だ、だってそれは……」

 それは、三千喜の描いた絵が好きだから。それ以外に理由なんてない。

 

 アタシが中三の時、たまたま三千喜の描いた絵を見て、その日以来夢中になった。ただの絵なハズなのに、とても輝いて見えて自分もそうなりたいと憧れた。

 もちろんその頃に三千喜と会ったことなんてなかったし、「そーやー」って名前のイラストレーターがどんな人間なのかも想像できなかったけど。


「——アタシがVチューバーになるなら、この人の描いた絵がいいなって思ったんだよ」

 そう、アタシの気に入った絵を描いたのが、たまたま三千喜だっただけ。

 そこに恋愛感情があるわけじゃ……無いと思う。

「だ、だから、別に好きとかそんなんじゃないって! はいこの話終わり!」

 自分にも言い聞かせるようにそう言って、スマホから耳を話して電話を切ろうとした。

 だけどその直前、茜の不機嫌そうな声が聞こえてきて、またスマホを耳に近づける。

『——姉御ぉ……。一途なのはいいですけど、あんまり重いと嫌われますよぉ?』

「そうなの——⁉ っていや、違うっての‼」

『違くないですよー。さっきの話ってつまり、「この人が好きだから、この人以外じゃ嫌なの‼」って言ってるのと同じですからね? そんなのもう、恋じゃなくて愛じゃないですか‼』

「違うって! 本当にそんなんじゃないから! アタシの話を聞け!」

『いえ、もーいいです。姉御が素直になれない照れ屋さんだってことは重々承知しましたから。……そっかぁ。姉御は三千喜君が好きなのかー』

「だから——っ‼ 違うって‼」

『はいはい、分かってますよ。もっと仲良くなりたいんですよね? ウチに任せてください! 明日の特訓で二人の距離を縮めて見せますとも!』

「——ッ‼ ちっがーーーーうっ‼」

 

 勘違いしたまま話を進めて、何やら不穏なことを言った茜に思わず叫んだ。

 だけど、その少し前に通話が切れて——たぶんアタシの叫びは茜に届いてない。

 

 そんな現状にアタシは頭が混乱して、自分が半裸なのも忘れて洗面台の前で頭を抱えたのだった。

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