君、やる気ありますか? 1.5


 いい匂いがする。

 花の香りなのか石鹸の香りなのか、詳しくは分からないけどいい香りが鼻をくすぐる。

 そんないい匂いを香らせる存在は、なぜか胡座をかいた俺の脚の上に座っていた。

 

 ——つまり、俺の胸と太知の背中がくっついている状況。


 ラノベにしか存在しない「お兄ちゃん大好き妹」のような座り方を、今まさに俺と太知はしている。

 いい香りがするのも、太知の綺麗な銀髪から漂うものだ。

 そんな状況に、改めて俺は「太知は女の子なんだな」と実感する。

 自他ともに認めるヤンキーである太知だが、とても華奢な体つきだ。


 多少身を縮めてはいるのだろうけど、それでも俺の座高に収まってしまうくらいの体格。今、抱きしめようと思えば、太知をバックハグをすることも簡単に出来る状況で——、


 俺は自分でも不思議なほど冷静に、太知の手の上に重ねて持ったコントローラーを操作していた。


「な、なぁ……今鬼いないよな? 大丈夫だよな……?」

「居ないぞ。ってか、ちゃんと見てプレイしろよ。目を閉じんな」

「む、無理だ! 怖くて見れない!」

「——言うほど怖いか? この鬼」

「怖い‼」

 

 ちっとも怖くないのだが。


 やたら顔がデカく、白目がほとんどない顔の半分ほどを占める目を除けば、割とどっかにいそうなオッサンの顔をした鬼。角やら金棒やらは持ってない。


 それがこのゲームの言う「鬼」らしい。


 最初こそ、その特徴的な見た目に驚きはしたが、三回目も見れば慣れたものだ。

 まぁ、俺の目には鬼がどんな「色」をしているかは見えてないのだけど。

 というかゲーム画面が白黒でしか見えていない。だから、ひょっとしたら——もの凄いおぞましい色をしているという可能性は否定できないけども。


 正直、それを加味しても怖くはない。せいぜいキモい程度だ。

「はぁっ……はぁっ……もうヤダ! 今すぐやめないか⁉」

「それじゃあ特訓にならないだろ」

「そうですよー、姉御。せめてストーリークリアくらいはしてくれないと」

「うぅ……」

 

 ホラゲーが無理な太知に対して容赦のない俺達の言葉に、俺の懐に座る太知は恨めしそうに小さく呻く。


「ていうか、二人は何で平気なんだよ! おかしいだろ⁉」

「だってウチはもう既にプレイしてますもん。二回目なら流石に慣れますって」

「じゃ、じゃあ三千喜は⁉」

 何を思ったのか、太知は真後ろにいる俺の方へと振り向き、上目遣いで聞いてくる。

「まぁ、俺も別に……」

 あいまいな答えで濁したものの、俺はホラーが得意という訳じゃない。

 特に「びっくり系」に関しては叫ぶ自身すらあるほど。むしろ苦手な部類であるかもしれない。

 今やってるゲームも、本音を言えばちょっとキツイ。ランダムエンカウントする鬼には毎度驚かされて、俺の心は穏やかじゃない。


 ——だが、そんな俺だが今日は妙に落ち着いている。


 理由はまぁ、俺にゲーミングチェアへ座るがごとく、体を密着させて座っている太知のせいなのだが。

 今の俺は、自分でも何がなんだか分からない程、脳みそが混乱しているのだ。

 正直言って、俺も太知と同じでホラゲーは怖い。急に出てくる鬼にビビっているのも事実だ。

 だがしかし、それにビビるよりも早く太知が俺の腕を掴んで悲鳴を上げるものだから、その途端に「怖い」という感情が冷めてしまうのだ。

 逆に、太知と密着することでドキドキしていたりもするのだが、ホラゲーをやっているせいかその気持ちも昂ぶりはしない。


 なんというか変な感覚だ。どっちの感情も半殺し状態で、宙に浮いている。


「——とにかく、もうだいぶ進んでんだから。このストーリくらいはクリアしちゃおうぜ」

「くぅ……わ、分かった」

 渋々頷く太知だったが、その手がコントローラーを操作することは無く。


 結局、太知の体に手をまわしてコントローラーを持っていた俺が、続きをプレイすることになった。

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