君、やる気ありますか? 1.4


「……なぁ、柊木」

「なーにー、三千喜君」

 今まさに、相手のストックを一つ奪った太知のプレイングを見ながら、俺は柊木に話しかけた。


「今やってるの、ゲーム実況であってるよな?」

「一応、そのはずだけどね?」

 そう言いながら、俺と柊木はテレビから視線を外し、ゲームに集中する太知へと目を向ける。

「なんか、おかしくね……? ゲーム実況って言っておきながら、実況が全くされてない気がすんだけど?」

「奇遇だねー……ウチもそう思ってたとこ」

 

 遠回しに太知に向かって言っているのだが、太知は俺らの声が耳に入っていないのか、こっちを見向きもしない。

 ……恐るべき集中力だ。

 そんな太知に呆れて、俺と柊木は再びテレビへと視線を戻す。

 

 と、ちょうどそこで「ゲームセット」の文字と共に、太知の操作しているキャラが相手の最後のストックを吹っ飛ばした。


「——よぉしっ! 五連勝!」

「じゃねぇよ‼」

 そして、五連勝というちょっとすごい戦績を喜ぶ太知に、俺は盛大にツッコんだ。

「わ⁉ な、なんだよ三千喜! いきなり肩掴むなって! びっくりするだろ⁉」

「あ、それはごめん……じゃなくて! お前、何普通にゲームを楽しんでんだよ⁉ お前がやんなきゃいけないのはゲーム「実況」だろ⁉ 実況どこ行った!」

 

 俺は太知の華奢な肩を掴み、そのまま太知を前後に揺さぶりながらそう言った。


「し、仕方ないだろ……。わ、忘れてたんだかららら——」

「忘れるなよ‼ ていうか忘れないだろ普通‼ あと、なんで何気にゲーム上手いんだよ!」

「さ、最後のはなんか違くないかあああ?」

 

 ——そう。太知は意外にも、ゲームがかなり上手かった。


 この格闘ゲームにはオンライン対戦があり、一定数以上のレートを獲得すると「VIPマッチ」なるものに参戦できるようになる。

 そのVIPマッチ——通称「VIP」は、このゲームのオンライン対戦上位者の集まりで、普通の対戦とはレベルが違う。要するに猛者の集まりという訳だ。

 太知はそんなバケモノ集団の中で、ギリギリの接戦という訳でもなく普通に五連勝を達成してしまったのだ。

 俺が止めて無ければ軽く十連勝はしてたかもしれない——ではなく。

 

 VIPマッチに入る前も、入ってからも。太知は一言も喋らなかった。

 

 正確には対戦相手に煽られたり、しょうもない凡ミスをかました時に「あぁ⁉」だとか、「フっざけんなよ!」だとか、雄叫びが上がっていたけども。

 それら雄叫び以外はマジで一言も発していない。

 ただただ上手いプレイを、俺たちに見せていただけだ。

「ま、待って——待ってくれ! たしかに実況しなきゃいけないことは忘れてたけどさ! 格ゲーを実況するなんて難しいんだよ! 速すぎて何も喋れないんだ!」

 しかし太知は、俺の腕を掴んで無理矢理引き剥がしながら、実況できなかった言い訳を述べてきた。

 その言い分に俺は少し納得する。

 たしかに太知の言うことは理解できる。展開が目まぐるしく動く格ゲーを、おそらく実況を一度もやったことがない初心者がやるには無理がある。

 正直な話、喋れる喋れない関係なく、ハードルが高いことは間違いない。

 のだが……。

「それを選んだのはお前だろうが」

「ぅ。だって……」

 自分で選んだゲームだろと俺が指摘すれば、太知は気まずそうに目を逸らす。

 そんな、少しいじけたような太知の仕草が可愛くて、「自己責任だ」と責めるにも責めきれない。

 そうしてどうしようもなくなって、俺は深くため息をついた。

「そしたら……他のゲームでやるしかないか」

「そ、そうだな! そうしよう! そしたら次のゲームは……」

「おい待て、誰がお前に選ばせるって言った」

「え、なんでだよ……。アタシが実況するんだから、好きなゲーム選ばせてくれてもいいじゃんか!」

「そうやってお前が選んだのが「格ゲー」だろうが! また同じこと繰り返す気か⁉」

「ぅぐ……」

 

 全く、本当にこのお馬鹿さんは手間がかかる。

 一瞬でも隙を見せようものなら、瞬く間に面倒事を持ってきて事態をややこしくさせる。そんな行動に「諦めろ」と言っても諦めない。

 それどころか、行動力だけはピカ一だ。

 まぁ、そのやる気が全て空回りしている結果が今のこの状況なのだが。


「ったく……。次にやるゲームは俺が決めるからな。それで文句ないだろ?」

「へいへい、分かりましたよーだ」

 まだ若干不服そうな太知にそう言い、次のゲームはなにがいいかと考える。

 だがしかし、俺にはそもそもゲームの知識がそんなにない。

 何なら、どんなゲームが実況に向いているのかも知らない。


 ……マズい。このままじゃ太知の二の舞になってしまうじゃないか。


「どれにするべきなんだ……?」

 結局、いくら考えようと八方塞がりで、立ち往生した俺の思考は助けを求めてしまう。

「んー、実況のしやすさで言うならホラーゲームとかがいいんじゃない?」

 そんな俺に、柊木が神とも思える助言をしてくれる。実にありがたし。

 しかし、ホラゲーか。

 Vチューバーの動画だけじゃなく、配信とかでよく見るジャンルではあるが、実際のところどうなのだろう?

 素人的には、恐怖で実況どころではなくなりそうな気がするが……。とはいえ格ゲーよりは実況向きではあるか。

 

 自分のペースで進められるし、目まぐるしく展開が動くわけでもない。何なら、ストーリーの考察を話題にすることも出来そうだ。

「——たしかにいいな。よし、ホラゲーにしよう」

 そして俺は大量のソフトの中から「赤鬼」という、いかにも赤鬼が出てくるのだろうというゲームを取って、本体に入れた。

「おし。太知ー、準備できたらいつでも始めていいぞ」

「……いやだ」

「——は?」

 

 ……今なんて? 


「ホラゲーは嫌だ! やりたくない!」

「何でだよ⁉ さっきの格ゲーよりはだいぶ実況しやすいはずだから!」

「ち、違う! そうじゃない!」

「はぁ⁉ じゃあいったい何なんだよ⁉」

 まさかこの期に及んで、太知が「やりたくない」と駄々をこねるとは思いもせず、聞く。

 すると太知は、目にうっすらと涙を浮かべて……。

「だって……お化けとか怖いんだもん……」

 

 いやいや……いやいやいや。


 お前ヤンキーだろ。

 なに小動物みたいな、可愛い女の子が言うようなことと同じ事言ってんだよ。

 というか、心なしか口調まで変わってないか……? 

 

 涙を浮かべ、口を尖らせ人差し指の先を合わせる太知に、俺はそう思わずにはいられなかった。


 のだが————。


「……うるせぇ、やれ」

「お、おお鬼かお前⁉」

 


 その数分後、我が家には太知の悲鳴が響き渡った。

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