君、やる気ありますか? 1.3


「——残念ながら……姉御のトーク力は「絶望的」です」

「余命宣告かって」

 一通り太知に質問をし終えたらしい柊木が、医者の真似をするようにそう言って肩を落とした。

「分かってたけど! 薄々そんな気がしてましたけど――! 流石にひどすぎますよ姉御!」

「そ、そんなに酷いのか? アタシのトーク力って……」

「「酷い!」」

 すっとぼけたような危機感のない太知の発言に、俺と柊木の声が重なった。

「もう酷すぎますって! 目も当てられないです! このままじゃ、Vチューバーになれるわけないってレベルですよ⁉」

「というかもはやトーク力云々じゃなくて、コミュニケーション能力が壊滅的な気がするんだが……」

「えぇ……? ちょっと大げさすぎるんじゃないか?」

 そんな俺たちの物言いに太知は困惑しているが、少しも誇張表現なんかじゃない。 

 太知のコミュニケーション能力は、聞いてるこっちが困惑するぐらい「壊滅的」だ。

 どれくらい終わっているのかというと、トーク力について何も知らない俺が「これはマズい」と思えるレベルで終わっている。

 

 というのも、さっきの柊木の質問に、太知はほとんど一言程度でしか答えていなかったのだ。

 趣味を聞かれても、やりたいことを聞かれても、何を聞かれようとも一言で返す太知に俺は聞きながら「これはダメなやつだな……」と確信した。

 挙句の果てには、柊木の「ぬいぐるみの好きなところはなんですか?」という質問に、首をかしげながら「全部?」と答える始末。

 会話が秒で終わっていくのだ。会話のキャッチボールがまともに出来ていない。


 そんな様子を見せられれば、太知が喋れないやつなのは嫌でも分かってしまう。


「というか、なんで自覚無いんだよ。それが一番ヤバいだろ」

「い、いや! アタシだって「上手く喋れなかったな」って思わなかったわけじゃないからな? ていうかアレだ、茜の質問の仕方が悪いんだよ!」

「えぇ⁉ 姉御、ウチのせいにするんですか⁉」

「だ、だって今普通に会話出来てるんだから! トーク力がない訳ないだろ⁉」

「——! たしかに、今は普通に会話出来てますね……。ということは、ホントにウチのせい?」

 苦し紛れに言った太知の言い訳に、柊木は何故か納得していた。

 いやまぁ、確かに太知は俺達と話す分には普通に会話できる。だから、会話することが出来ないわけではないのだろう。


 ただ、太知が話せるのは「俺達だけ」なのだ。


「じゃあ、お前が学校でいつも喋ってないのは演技だってことか?」

「——ッ! そ、それは……」

 俺が太知にそう聞くと、予想通り太知は言葉を濁した。

「でもそうだよな。俺達とは普通に会話出来るもんな。誰も話しかけてくんなって言わんばかりに人のことを睨むのも、全部演技なんだよな?」

「い、いや……」

 俺が学校での太知の様子を指摘すると、太知は身を屈めてみるみる小さくなっていく。

「——はっきり認めろ。お前は人と話せないんだ」

「ち、ちが! 緊張してるだけだ! 話そうと思えば話せる!」

 もはや「話せません」と態度で認めているような太知だったが、なぜかそこだけはハッキリと否定した。

「なんで緊張するんです? 話せるなら普通に話せばいいのに」

「だってその、知らない奴に何を話したらいいのか分かんなくてさ……」

「嘘つけぇ! お前この間、クラスメイトに挨拶されてたのガン無視してたじゃねーか! 何話していいか分からなくても挨拶ぐらい返せるだろ⁉」

「は⁉ 三千喜こそ嘘つくなよ! アタシ挨拶返し忘れたことなんてないからな⁉」

「じゃあなんて返したのか言ってみろ‼ 当然言えるよな⁉」

「ち、小さい声だったけどちゃんと「ぉ は ょ ぅ」って言ったんだよ! まさかお前、聞いてなかったのか⁉」

「それで聞こえるわけないだろ……」

 

 太知は口をすぼめて、耳を澄まして辛うじて聞こえる声で挨拶を返したらしい。当然、喧騒に包まれている教室でそれが聞こえるわけがない。

「お前な、相手に聞こえてなかったらそれは言ってないのと同じなんだよ。人見知りじゃあるまいし、もっとちゃんと腹から声出せって」

 

 と、俺がそう言うと太知はなぜか体をビクッと震わせた。


「……お前、もしかして人見知りなん?」

「そ、そうだよ! なんか悪いか⁉」

 何故か照れながら逆上してくる太知に、俺は困惑しかなかった。

「お前、そんなんで視聴者とまともに話せんの?」

 俺がそう言うと、太知は「言われたくない」と言わんばかりに顔を逸らす。

「ま、まぁ……人見知りは十分「キャラ」になりますから! き、気にすることないですよ姉御!」

 そんな太知に柊木がさりげなくフォローを入れるが、俺は絶対に無理だと思った。


 この、人見知りでありながらすぐに手が出る、ヤンキーがVチューバーになることは。


   ◇


「どうすんの? マジで」

「ウチもちょっと想定外……てゆーか、姉御がこんなに話せないとは思ってなかったよ」

「その、ごめん……」

 Vチューバーになりたいという割に、人見知り過ぎて他人とまともに話せないとは。太知自身が「ぬいぐるみの話をしたい!」と言っていただけに、かなり想定外だった。

「もう、ホントに……ちょっとどうしたらいいか分かんないレベル」

「でしょうな」

 そんな現状に悲鳴を上げる柊木に、内心深く同意しながらそう言った。

 ぬいぐるみの話がしたいと言っている人間が、他の会話どころかぬいぐるみの話すらまともに出来ないと誰が予想できるだろう。

「でも、姉御はどうしてもVチューバーになりたいんですよね?」

「うん。どうしてもなりたい」

 そして、Vチューバーになりたいという気持ちだけは人一倍強いのだから困る。「無理ですね」と言っても太知は諦めてくれないのだ。

 その気持ちは汲んであげたいのだが、意気込みだけではどうしようもない。

「もうさ、これは諦めるしかねーよ」

「そこをなんとか! お願いだから!」

 太知は顔の前で手を合わせながらそう言ってくる。しかし、そう言われても無理なものは無理でしかない。

 というか俺はイラストレーター……それも「元」だっただけであって。

 Vチューバーになりたいけど喋れない女の子を、Vチューバーにすることなんて出来ない。

 そして、Vチューバーに詳しい柊木がお手上げなのだから、俺に出来ることなんていよいよ何も無いだろう。

 もう少し太知が喋れたのであれば、少しはやりようもあったかもしれないけど……。

「あー……こうなったらさ、太知が喋れるように特訓するしかないんじゃね?」

「特訓って、どうすれば喋れるようになるんだよ?」

「さぁ? 俺に聞かれても分からんわ」

 単純な思い付きで出てきた解決策は、秒で撃沈した。

 俺は別に、人と話すことが苦手ってわけじゃないから、どうすれば話せるかなんて意識したことも無かった。

 そんな俺が解決策を考えても、ロクなものが出てこないと、そう思っていたのだが。


「それだぁぁぁぁ‼」


「うぉゎ⁉ き、急にどうしたんだよ……?」

 俺と太知の会話を聞いていた柊木が、突然大声を張り上げた。

「姉御が喋れるように特訓する! それだよ! ナイス三千喜君‼」

「お、おう……っていや、喋れるように特訓するって具体的に何をするんだよ?」

 

 結局そこだろう。話せるように特訓して、簡単に話せるようになるのであれば苦労なんてしない。きっと、その道の専門家でもない限り無理だ。


「それはウチの出番でしょ! ウチもちょっと前までは全然喋れなかったし!」

「え、喋れなかった……? 柊木が⁉」

「そだよー? ま、喋れなかったのは半年くらい前の話だけど」

「へ、へぇー……」

 柊木の唐突なカミングアウトに、俺は度肝を抜かれた。

 初めて会った時から喋り倒してきた柊木が、無口だった? 正直、にわかには信じられない。というかイメージすらできない。

 昨日今日と、会話が落ち着いたと思ったらすぐさま喋り出して、また新しく話題を提供しまくっていた柊木が……? むしろ喋り過ぎで、少し鬱陶しいなとすら思った柊木が?

「——マジで?」

「うん、大マジ。だから、ウチがやったことやれば姉御も喋れるようになると思うんだよねー!」

 なにかを探しているのか、自分の鞄を漁りだす柊木。

 そんな柊木ではなく、太知の方に視線を向けてそう聞いた。

 だが、太知が話すより先に柊木から返事が返ってくる。というより、太知に言われたくなくて柊木が先に答えたように感じた。

 おまけに太知も、俺が聞いた瞬間言いにくそうに眉を顰めた気がする。


 そんな二人の態度に悟った。

 柊木の過去について聞こうとすることは、地雷行為なのだと。


 まぁいずれにしろ、相手が隠したいものを無理矢理聞く気にもならないけど。

「……てことは、既に喋れるようになった実績がある訳か」

「んーまぁ、そういうことかな! だから多分、上手くいくと思うよ?」

 別に疑っている訳ではないのだけど、「安心して」と柊木は付け加えた。

 そして柊木は、鞄の中からよく見た形のゲーム機を取り出し、ちゃぶ台の上に置く。

「じゃじゃーん! あ、テレビ借りてもいい?」

「あー、どうぞ」

 なるほど。ゲーム実況という訳か。

「……いや待てよ。お前いつゲームなんて持ってきたんだ?」

「んぇ? ウチはいつも鞄にゲーム入れてるけど?」

「マジかよ」

 ということはつまり、学校にいつもゲームを持ち込んでいると?

 正気の沙汰じゃないだろ。

「コレでよし……! てことで姉御、さっそく特訓始めましょう!」

 俺の呆れた視線など無視して、柊木はゲーム機から青と赤のコントローラを取り外し、「据え置きモード」にしてゲームを起動する。

 そして、コントローラ―を二つ組み合わせて、新たに出来上がったコントローラーを太知に渡した。


 全く関係ないけど、俺は我が家のテレビが無事に付いたことに少し感動する。

 なにしろ、色が見えなくなった一年前くらいから全くつけていなかったもんで。

 主電源すら抜いていたから、問題無く起動するかどうか不安だった。

「特訓するのはいいけど、なんでゲームなんだよ?」

「姉御にこれから、ゲーム実況をしてもらうからですけど?」

「あぁ、そういうこと。ゲーム実況か……って無理だ! やれって言われてもいきなり出来るわけないだろ⁉」

「大丈夫ですよー。ウチらだって、いきなり出来るようになるとは思ってませんし」

「じゃ、じゃあなんで……」

「楽しくゲームしながら、何を話せばいいのか、話し方のコツを掴んでもらうためのゲーム実況ですね!」

 まさかゲーム実況にそんな効果があったとは。

 初耳なんですが。

 普段何気なく見てたゲーム実況だけど、意外と奥深いんだなぁ……。

「な、なるほど。つまりアタシは、ゲームしながらそのゲームについて話せばいいんだな?」

「そういうことです! じゃあまず、何のゲームにしますか?」

「そうだな……これにするわ」

 柊木がソフトの入ったケースを広げ、それを覗き込む太知。

 

 大量に入ったソフトの中から太知が選んだのは、某人気格闘ゲームだった。


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