君、やる気ありますか? 1.2
「さて、それじゃ本題に行きますかー」
しばらく柊木が太知のことを苛め倒し、それに飽きたらしい柊木が、自分の鞄からマイクを取り出した。
そして、そのマイクをおもむろに太知の前に置き、柊木は俺の近くに腰を下ろした。
どことなく、二対一の面接のような座り方の構図になっている。
「——ん、え?」
と、いきなりマイクを自分の前に置かれ、これから面接でも始めるのかという空気に太知が困惑した。
そんな太知に、組んだ手に顎を乗せた柊木が応える。
「姉御には今から、Vチューバーになってもらいます!」
「……はい?」
「あー、えっと。今からウチと三千喜君が視聴者として姉御に質問するんで、その質問にVチューバーとして答えてください! ってことです」
「なんだ、そういうことか。いきなり「Vチューバーになれ」って言われてびっくりした」
自分の説明を補足した柊木の言葉に、太知が胸を撫で下ろして安堵する。そんな太知と同様、俺もやっと話の流れが理解できた。
要するに、今から「太知がVチューバーとしてやっていけるかどうか」、その適正を見るという訳か。
「……いや、待てよ。なんで俺まで質問する側なんだよ」
「んー? あ、もしかして三千喜君もVチューバーになりたい感じ?」
「違うわ! ——そうじゃなくて、俺はVチューバーに必要な心構えとかさっぱり知らないって話」
「うん? でしょうね?」
「……だから、俺は何を質問したらいいのか分からないってこと」
「別に、好きな質問してもらえればいいんだけど……?」
俺が危惧していることを理解できていないのか、柊木は小首をかしげる。
「いや、いやいやいや! え、これから太知のVチューバー適性を見るんだよな? それなのに関係ない質問したって意味無いだろ」
てっきり、企業Vチューバーのオーディションを受けたことがある柊木が、その経験を生かしてこれから面接みたいなものを始めるとばかり思っていたのだが。
どうやらそれは違ったようで、イマイチ柊木のやろうとしていることが理解できない。
「Vチューバーの適正って、そんな大げさな! これからやるのは、姉御が視聴者と楽しくお喋りできるかどうかやってみるだけだよ!」
そう言いながらゲラゲラと声を上げて笑う柊木に、俺と太知は呆気にとられた。
「ちょ、待って! お腹捩れる! Vチューバーの適正って……! 二人とも、Vチューバーをなんだと思ってんの⁉」
「それは……動画配信者としか……」
「右に同じく」
柊木の問いかけに答えた太知に同意して、俺も自分の考えを伝えた。
というか、Vチューバーをなんだと思ってるか? と聞かれても、「動画配信者」としか答えられないと思うのだが。
しかし、そんな俺たちの回答は柊木の満足いくものではなかったらしく、柊木は立ち上がってVチューバーについて力説を始めた。
「いいですか姉御! そして三千喜君! Vチューバーっていうのはね、ただの動画配信者じゃないの!」
「お、おう……」
「Vチューバーにおいて最も必要なのは、「キャラ付け」と「トーク力」! この二つがないVチューバーなんて、Vチューバーって言わないから!」
「そういうものなのか……?」
「そういうものなんです姉御! どうせ姉御のことだから、Vチューバーの動画を見ても「可愛い人だなー」程度にしか思ってないんでしょうけど! あれは全部キャラ付けですから! 現実の人間で「~~ね」っていう語尾が「にぇ!」になっちゃう人とかいて堪るかってんです!」
「い、いや……もしかしたらいるかもしれないじゃんか」
「居ませんから! ねぇ三千喜君⁉」
「あ、あぁ……。まぁ、多分。——居ないと思う」
鼻息荒く力説する柊木に途端に話を振られ、俺は戸惑いながら頷いた。
ここまで強く「いるわけない」と言われてしまったら、本当はいると思ってたなんて、口が裂けても言えない。
いや、待てよ? ということはつまり、俺が「可愛いなー」と思ってたVチューバーも、実際はキャラ付けされていただけに過ぎないということか?
そんな話は聞きたくなかった。
いやまぁ、Vチューバーのモデルはモノクロにしか見えてないんだけども。
「——って待てよ。それなら尚のこと、俺が質問する意味無いだろ?」
「いや、むしろ質問してくんないと。ぶっちゃけ、キャラ付けなんて後からどーにでもなるもんだし?」
「おい……」
「正直な話、ウチみたいに知識を持った人以外の、一般人に質問して欲しかっただけだからー。許してちょ!」
「おま、そういうことは先に言えよ」
「ごめんごめん。ま、という訳だからさっそくどーぞ!」
「——いきなりだな⁉」
「まーまー。こういうのは勢いが大事だから! ね?」
柊木に催促されて、俺は慌てて質問を考える。Vチューバーにする質問……か。
今の今まで、Vチューバーどころか動画にコメントすらしたことがない俺には荷が重い。どんなことを質問したらいいのか、見当すらつかないというのが本音だ。
「ねぇまだー? 姉御に聞いてみたいこと言うだけだよ? そんな考えるようなことないでしょー?」
「……いま、質問考えてんだから静かにしてくれって」
「あ、ちなみにつまんない質問は無しね?」
「は————⁉」
「ほらほら、早くー。姉御が待ちくたびれちゃうでしょー」
柊木にそう言われて太知の方を見ると、期待で胸を膨らませてソワソワしている姿が目に入った。マイクを興味深げにつついては俺を見て、またマイクを弄り——ということを繰り返している。
その様子はまさに、猫じゃらしで無邪気にはしゃぐ猫そのものだ。
「ねこ…………」
隣にいる柊木にすら聞こえない程の小声で呟き、俺ははたと気付いた。
そういえば昨日、猫耳をつけたVチューバーの動画を見ていたじゃないか、と。
動画の内容は、コメント返しの見どころを切り抜いた、十五分くらいのものだった。
その中でパッと思い出せる、印象的だったコメントは……、
「スリーサイズ……」
「え、なになに? 聞こえなかったからもう一回言って?」
口に出すつもりはなかったのに、思わず口に出ていたようで恐る恐る二人に目をやる。
てっきり、スリーサイズなんていうふざけた質問に、聞こえなかったフリをされているだけかと思ったが、どうやら本当に聞こえなかったらしい。
キョトンとした顔で太知が俺のことを見ている。
「あー……えっと——」
無遠慮に女子にスリーサイズを聞くほど、俺の性格は終わってるわけじゃない。というか、怒られるに決まってる。
そう思って、代わりの質問を考えていた時、
「どうした三千喜? 遠慮なく、何でも聞いてくれていいぞ?」
「何でもって……」
流石にこれはアカンでしょ。そう言おうとして太知の方を見て……主張の強いたわわな胸が目に入る。さっきのことがあって、太知はシャツの第一ボタンまでしっかりと閉めているが、そのせいで逆に大きさが強調されている気がする。
——ついさっきまで自分の目と鼻の先にあった、二つの艶やかな禁断の果実はったいどれくらいの大きさなのだろう。
知りたい。とても知りたい。
自分は持ってないものだからか、余計に気になって仕方がない。
とはいえ、流石にそんな質問をするのは……いや待てよ。
昨日見ていたVチューバーは、スリーサイズを教えてくださいっていう質問に普通に答えてたじゃないか!
ということは、Vチューバーにおいてスリーサイズを聞かれるのは当たり前……? ならば、Vチューバーを目指してる太知に質問しても問題はない……⁉
そうだ、当たり前なのだ。よって何も問題ではない。勝った。
そんな風に、脳内裁判で無事に無罪を勝ち取った俺は、太知に堂々と質問した。
「……じゃあ、スリーサイズを教えてください」
「ぶ——ッ‼」
「は⁉⁉⁉⁉⁉⁉‼」
俺の質問に思い思いの反応を見せる二人。柊木は口に含んだ俺の用意したお茶を吹き出し、太知は一瞬で顔を真っ赤に染め上げた。
そう思ったのも束の間、太知は立ち上がり、「ダンッ!」とちゃぶ台の上に足を勢いよく乗せ、怒りを露わにした。
「ちょ! おい! 怒んなよ‼ 何でも質問していいって言ったのはお前だろ⁉」
「それとこれとは話が別だろうが! 実際にそんな質問すんのかよ!」
いがみ合う俺と太知の横で、相当面白かったのか床を叩きながら笑い声を上げる柊木。
いったい何がおかしいというのだろうか。
「……す、するわ! てか、昨日見てたVチューバーは答えてたぞ! Vチューバーになりたいなら、それくらい腹を立てずに答えろよ!」
「嘘つくなよ! スリーサイズを聞かれて素直に答える奴とか……いるわけないだろ! なぁ茜!」
「あ、姉御……。残念ながら、います」
「————へ?」
笑いを堪えながらもしっかりと「居る」と返した柊木に、太知は素っ頓狂な声を上げた。
「ぶふッ‼ す、スリーサイズを答える人は普通にいますよ、姉御。ていうか、むしろそっちの方が多いくらいです」
「う、うそ……だよな?」
「いえ、マジです」
そう言われた太知が、困惑しているのか泣きそうなのか、なんとも言えない表情で俺の方を見た。
「ほ、ほら! 俺の言ってることは正しかっただろ? いるんだって! そういうVチューバー」
「……そう、なんだな」
「てわけで、答えは?」
「答えるわけないだろ⁉」
納得した太知に再度、答えを催促してみたが食い気味に拒否された。
流石にダメか。ワンチャン、答えてくれることを期待したのだけども。
「今の流れ的に、そこは答えるのが普通だろ……」
「ふん、誰が何を言っても答えないからな! ——ていうか、なんでそれしか聞いてこないんだよ!」
おっと、それは確かに盲点だった。視聴者のような質問をすることに頭がいっぱいで、そのことをすっかり忘れていた。
たしかに、「質問は一回まで」なんて一言も言われてないじゃないか。
そう思いつつ、太知の顔を意味も無く眺める。その端正な顔は、さっきの質問に恥ずかしくなったのか赤く染まっている。
——とんでもない破壊力だ。
太知の照れ顔に、俺の理性はことごとく崩壊して次の質問を考え始める。できれば、太知がもっと恥ずかしがるような質問がいい……なんてことを思いながら。
スリーサイズと同じくらい照れそうな質問となると、下着の色とかだろうか?
いやでも、既に太知の下着の色を俺は知っているんだよな。いやいや、下着の色なんてその日によって変わるだろ。……いや、もしかしたら何の恥じらいもなく「白」だと言われるかもしれない。前回見られたからって。
それこそ一番無いか、太知はバカっぽいし。そんな機転が利くとは思えない。
ならば次の質問は下着の色にしよう! と、壊れてしまった俺の脳みそが決めた質問を口に出そうとした時、柊木に制止された。
「——あとはウチが質問するからいいよ」
「え……どういうおつもりで?」
柊木も馬鹿みたいに笑っていたし、そういう話が嫌いな人間ではないだろう。なのに俺の質問を止めるとはどういうつもりなのだろう。
少し考えた後、俺は思い当たった理由を口にした。
「あー……、自分の姉御がバカにされるのは嫌だ的な?」
きっとそうなのだろう。
多分、ヤンキー漫画にありがちな、「あいつを笑っていいのは俺だけだ」という感じの思考を柊木は持っているのだ。
と思ったのだが、柊木はまた笑い声を上げて俺の考えを訂正した。
「違う違う! ただ単純に、これ以上三千喜君が質問してたら先に進まなそうだったからってだけ。それに、ウチは姉御の子分とかじゃないし。三千喜君が姉御を笑ってもなんとも思わないよ」
そんな風に、さりげなく言われた最後の言葉を俺は聞き返した。
「——子分じゃない? え、じゃあ太知とお前の関係って何だよ?」
「んー……仲のいい友達、かな?」
若干自信が無さそうにそう言った柊木に、確認の意を込めた視線を太知に送る。その視線に気づいた太知は、特に否定をすることなく黙って頷いた。
「……なら、なんで太知を「姉御」って呼んでんだよ?」
「それはもちろん、カッコいいからに決まってんじゃん!」
まぁ確かに、太知の容姿は「カッコいい系」か「可愛い系」かと聞かれれば、間違いなくカッコいい系になるだろう。
攻撃的な性格のせいでヤンキーと思われることに、特に何の違和感も抱かない程クールビューティーな出で立ちだ。「姉御」という呼び名は正直、太知には似合っている気がしなくもない。
だからと言って、人前で実際に「姉御」と呼ぶのは如何なものかと思うが。
「——てゆーか、三千喜君って命知らずなんだね?」
「……はい?」
不意に柊木からそう聞かれて、俺は素っ頓狂な返事をしてしまった。
「さっきもそうだけど、姉御にあんなことしたら普通は「殺されるー!」って思いそうじゃん?」
「あ、茜⁉ お前アタシのことをなんだと思ってんだよ⁉」
「……確かに。実際、俺の友達は思いっきり蹴られてたしな」
「みみみ、三千喜まで⁉ というかあれは仕方ないだろ⁉」
俺と柊木に何やら喚いている太知を無視してそう返すと、柊木は満足そうに頷いた。
「でしょでしょ? なのに三千喜君はそんなのお構いなしでいるからさー? なんか理由があるのかなって思ってね?」
……………………。
つまり、柊木が俺に聞いているのは、「どうしてあなたはウチの姉御にセクハラまがいのことをしているんですか? 怖くないんですか?」ということか。
え、なんだろう。なんでいきなりそんなこと聞かれるんだろう。
もしかしてこの後、「責任取れや」とか言われて小指を落とされるんだろうか。そんなの嫌なんだが。
「——ひょっとして、姉御のことが好きだったりする?」
「あかねッ⁉」
俺が黙考していると、何を感じ取ったのか柊木がそんなことを言ってきた。
別に、「好き」ということを伝えるのが恥ずかしくて黙り込んでいたわけではないのだが。とりあえず、いきなり小指を詰める展開になることは無さそうだ。
しっかし……俺が太知にセクハラまがいのことをする理由、か。
特に理由なんてものは無いんだけども。単純に「気になったから」くらいしかない。
強いて言えば、「そういう話をすると、小学生みたいに照れて真っ赤になる太知が面白いから」だけど、それを言ったら殺されそうな気がする。
「特に理由なんてないけどな? 別に」
結局、なんて答えるべきかは分からず素直にそう答えた。
「ふーん? てっきり好きなのかと思ってたんだけど」
「いや、特には。というか、好きな子相手にそんなことしねーよ普通」
「ま、そうだよねー。てことで姉御、今度はウチから質問しますよー?」
「……あぁ。——うん」
さっきまでテンション高く喚いていたのに、急に落ち着いた様子で柊木の呼びかけに答える太知が、俺はなぜか気になった。
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