君、やる気ありますか? 1.1
そんなことがあった次の日の放課後。
学校から帰ってきた俺は、自分の家に着くなりため息をついた。
「何考えてんだ、俺」
ついさっき、一時間くらい前の自分の行動が信じられない。
そう思いながら、鍵が開いていると分かっている玄関のドアを開ける。
「お、三千喜! お帰りー」
…………。
玄関を開けた後、忠犬よろしく玄関に出迎えに来た太知が「お帰り」と言ってくる。
そんな太知に、俺は何とも言えず沈黙を返した。
「……? 意外と遅かったな、帰ってくるの」
「せっかくウチもめっちゃ急いでこっちに来たのに。姉御がいなかったら、だいぶ長い時間待たされてたんですけどー?」
「…………」
続いて柊木も、洋室から玄関に向けて顔を出す。
その手に、大きなポテチの袋を抱えて。
なんならそのポテチを食べながら、待たされたことへの文句を言ってくる。
「…………はぁ」
そんな二人のことを交互に見て、俺はため息をつきながら洋室へと入った。
「え、なんでため息つかれんの⁉ ウチら待たされた側なのに!」
——柊木の言い分はごもっともだ。
事実、俺は二人を待たせている訳だし、世の男子であれば「待たせてごめん」と普通に言うのだろう。
遅れた理由だって半分は俺が原因だし。
数学の授業のノート提出が出来てなくて、先生に呼び出された。そんな俺のことを太知は待ってくれようとしたけど、ニ十分近くも待たせるわけにはいかず、家の鍵を渡した。
そんなことがあって今の状況になっているのだから、謝るべきなのだろうけども、
「——ここ、俺の家なんだけど?」
どうしても、そう思わずにはいられない。
君らまだ、俺の家に来るの二回目だよな? と。
何回も来ている間柄なら別に構わないけども、こいつらちょっとくつろぎ過ぎじゃないだろうか。
ちゃぶ台を勝手に出して、その上に持ってきたお菓子をぶちまけるように広げ、なんなら二人のバックは俺のベットの上に置かれている。
別に堅苦しく過ごせとは言わないけど、これはさすがに悠々自適過ぎる。もうすこし、他人の家だということを考えて、慎ましく過ごして欲しいのだが——、
「それは知ってるけど?」
「……? 三千喜ん家じゃなかったら誰の家になるんだよ」
どうやら二人にとって、今この状況は当たり前の光景らしい。舐めとんのか。
「お前らなぁ! 好き勝手くつろぎ過ぎだろ‼ 今すぐに部屋をかたせ!」
そんな俺の怒号に二人は体を跳ねさせ、おずおずと部屋を片付けだした。
◇
「さて、それで……今日は何をやるんだっけ?」
気を取り直して、昨日と同じようにちゃぶ台を三人で囲んだ。
だが、さっきのことを未だに引きずっているのか、二人からの反応はない。
「おーい、聞こえてんだろー? 何するんだよ?」
「はぁぁぁ……三千喜君さー、細かすぎない?」
——と、やっと柊木が口を開いたかと思えば、なぜか非難された。
「別に細かくないわ。てか、あの部屋の状況で何かするのは無理だろ」
ちゃぶ台の上にお菓子を広げ、乗りきらず床に落ちてるやつも何個かあった。その上、そのちゃぶ台の上でパソコンを立ち上げていたのだ。
当然、パソコンのキーボードにはお菓子が乗って、まともに操作できる状況じゃなかった。
無理やりパソコンを使おうものなら、キーボードに乗っているお菓子をどけて……ちゃぶ台の上も既に溢れていたから、床にバラバラと落とすしかないだろう。
これから何をやるのかは知らないが、片づけておくことに越したことはないはずだ。
「分かってないなー。いい? 三千喜君。女子っていうのは、めんどくさがりな生き物なの。なにかやる度に後片付けとか、めんどくさくてしたくないわけ!」
「——だから?」
「だから、あの時の模範解答は「全部終わってから片づける」ってこと!」
「……アホか? それはただ、片づけを先延ばしにしてるだけだろ」
ぶっちゃけ、そっちの方が遥かにめんどくさいと思うのだが。
「ていうか、「女子はめんどくさがりな生き物」って何だよ。めんどくさがりなのはお前だけだろうが」
普通にめんどくさがりじゃない女子だって、世の中にはいるだろう。むしろ、柊木のような「めんどくさがり」の方が珍しいはずだ。
「えー? もしかして三千喜君、女子に幻想抱いちゃってるタイプ? やめた方がいいよ? そういうのモテないから」
「残念、俺は女子に幻想を抱いてるわけじゃない。むしろ「どうせそんなもん」って諦観してるタイプだ」
モテないから、という言葉に多少ダメージを受けたが、それを悟られないよう即答すると、柊木は意味深に俺を見つめた。
その視線に耐えかねて顔を逸らすと、何か期待しているような太知の顔が目に入る。
「……ちなみに、ヤンキーは女子って言わないからな?」
「——は?」
会話の流れから察して、自分はめんどくさがりじゃないと太知は言いたかったのだろう。だから、俺はそう言ったのだが。
まぁ当然というか、なんというか。太知はキレた。
「ヤンキーは女子じゃない、って?」
「そりゃそうだろー? キレたらすぐ暴力に訴えるし、男子より普通に力強かったりするし。あとなにより、ガサツすぎる。そんなの女子じゃな……」
そこまでベラベラと一気に喋った俺だが、自分に黒い影が差して我に返った。
そして、恐る恐る顔を上げると——、
殺意で目を赤く光らせた太知が、不敵な笑みを浮かべながら俺を見下していた。
「ヤンキーは女子じゃないのか。へぇ?」
「あ、あのー、太知さん? 目が……目がめっちゃ怖いんですが」
「てことはアタシも女子じゃないってことだよな? ん?」
ヤンキーだって自覚あったんかい。そんな言葉が口から出ようとした。
しかしその前に、太知はそう言いながら、俺の胸座を掴んで押し倒してくる。
当然、俺は逃げようとしたのだが、太知は「逃がさない」と言わんばかりに俺の腹へ馬乗りした。
そしてそのまま、今度は胸座を引っ張り、鼻先が触れそうなほど顔を近づけてくる。
やっぱ美少女は、間近で見ても美少女なんだな——ではなくて。
「ちょ、おい! 顔近いって! シャレにならんから離れろよ!」
なんかもう、色々とマズい状況に俺は悲鳴を上げた。
太知が座っている場所も、座られている俺の体勢も。時と場所を間違えれば、完全にアウトになりかねない。……とはいえ、今でも十分アウトなのだが。
「なんだよ、アタシは女子じゃないんだろ? だったら何も問題ないはずだよなぁ?」
どうやら「ヤンキーは女子じゃない」と言ったのを相当根に持っているらしい。
太知は俺に馬乗りしている体勢から動く気は無さそうで、俺のことをジッと睨ん……見つめている。
「だから! そういう所だって! 軽々しく密着してくんな! 少しは恥じらいを持て!」
「はぁ⁉ ふざけんなよ! 三千喜が「女子じゃない」とか言わなければ、アタシだってこんな事してねーわ‼」
「だったら早くどいてくれ! もう色々と……限界なんだよ!」
「じゃあ謝れよ! 「さっきはごめんなさい」って! 「女子じゃないとか言ってすみませんでした」って! 謝らない限りどかないからな⁉」
「この……ッ!」
なんてめんどくさい女なんだよコイツ! たかが一言で根に持ち過ぎだろ! というか、そろそろ本当にマズい。
俺の俺が頭を起こす前に、どうにか太知をどかさなければ——!
さっきから、顔は近いわ甘い匂いはするわで俺の理性は限界状態だ。
視線を逸らそうにも、ちょっと下げれば太知の大きな胸が視界に入ってくる。
しかも、普段から制服を着崩しているせいで、谷間に流れる雫まで見えてしまうオマケつき。
こんな状態においても、辛うじて理性を保っている俺の精神力を褒めて欲しい。
「うっそぉ⁉ 姉御ってば、意外に積極的じゃないですか!」
「んなこと言ってる場合か! くそ!」
体を動かそうとしても、太知の怪力で動きを封じられてまともに身動きできない。
だが、首だけなら一応動かせる。このまま太知の谷間を見ていたら、間違いなく俺の俺がその気になってしまう。それだけは絶対に避けたい。
というわけで、俺は首を動かして顔を横に逸らしたのだが——。
「あ、やべ……ッ⁉」
顔を横に逸らして、淫らな太知の谷間から解放されたはずなのに、すぐさま煩悩が視界に入ってくる。
——そう、柊木の脚だ。
ちゃぶ台の下で、これまた淫らに組まれた脚が俺の視界に入ってくる。テンパり過ぎて、顔を逸らす方向を盛大に間違えた。
それに慌てて、反対方向へと顔を逸らしたのだが……どうやら既に遅かったらしい。
太知の谷間と柊木の脚にダブルアタックをかまされたら、俺の俺がその気になるには十分だった。
とはいえ仕方ない。
だって二人とも美少女だし。むしろよく耐えた方だと思う。
これ以上、理性で耐え続けるのは無理だと体が物申している。
だがしかし、それをこの二人に知られるわけにはいかない。
もう既に紳士を名乗るには手遅れだが……いや、男子高校生なんて紳士の「し」の字もない低俗な生きものだが。
同年代の女の子相手には、表面上だけでも紳士でありたいものなのだ。
というかぶっちゃけ、もうヤンキーは女子じゃないとかどうでもいい。今はとにかく、俺の痴態を二人に知られないようにするのみ。
そう考えて、まだお怒りのご様子の太知に俺はあっさりと謝罪した。
「……ゴメンナサイ。俺が間違ってました。だから早くどいてください」
「それだけか?」
「もう二度とあんなことは言いません。反省してます。だから早くどいてください」
これ以上、太知の谷間を見ないように顔を背けながら謝ったので、許してくれるとは思わなかったのだが。
太知は大きく息を吐くと、胸座を掴んでいた手を離し、目に灯っていた赤い殺意を静めてくれた。
「……全く。これに懲りたら二度と言うなよ」
そう言いながら太知が腰を上げたことで、俺の体から重さが消える。
これで、俺の痴態がバレることはないと、俺も一安心して上体を起こそうとした時。
「——へ?」
「あ…………‼」
大きくなった俺の俺が、あろうことか太知の股に当たってしまった。
そして当然というべきか、太知は自分の体に当たった異物を確認しようと俺の体へ視線を落とす。
——やめろ、見るな。……見るんじゃない。見ないでくれよぉぉ!
「ぁ…………ぅ……」
しかし、俺の心の絶叫も空しく太知は見てしまった。そしてすべてを理解してしまったらしい。
小さな声でわずかに喘ぎ、ギギギ——と音がしそうなくらいぎこちなく顔を上げる。
そうして顔を上げた太知は、茹でだこにも負けないくらい顔を真っ赤にして、碧色の瞳は混沌が渦巻いていた。
多分、今の太知の感情はぐっちゃぐちゃだろう。
「えーと……すみません——?」
そんな太知に居た堪れなくなって、決して俺が悪い訳じゃないけど何となく謝った。
しかし、俺が謝ったことがかえって追い打ちになってしまったのか、水が一気に蒸発するような勢いで「ボシュゥ」と太知から空気が抜ける。
そしてそのまま、生きる屍のように力なく立ち上がり、自分が元座っていた場所へと太知は戻った。
しかし、それでもまだ恥ずかしさが抜けないのか、唇を尖らせ俯いている。
そんな太知に俺は「当分、そっとしておいてあげよう」なんて思たのだが。
「あー、コホン。「そういうこと」をするなら、二人だけの時にしてくれますかー?」
「ば……ッ⁉」
ずっと静観していた柊木が、ここぞというタイミングで太知の傷をモロに抉った。
太知は自分の顔を手で覆い、そのまま力なくちゃぶ台へと項垂れた。
ゴンッ——という、結構痛そうな音を響かせながら。
そんな太知に、俺の中の嗜虐心がくすぐられたのは、言うまでもない。
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