「不良少女《VTuber》計画、始動!」 1.2
「普通のイラストとVチューバーのモデルとじゃ、かかる手間の多さが全く違うんだ。その理由が分かるか?」
「いや、さっぱり分からねーわ」
「んー、三面図が必要とか?」
「なかなかいい線ついてるな、柊木。——だけど、違う」
たしかにモデルを作るときは、立体的に見えるように「三面図」を必ず描く。
だけど、これは普通のイラストでも場合によっては描くし、Vチューバーのモデルを作る時だけではない。
モデルを作る時とイラストを描く時の大きな違いは他にある。
「——正解は「パーツ分け」することだ」
「「パーツ分け……?」」
俺が答えを言うと、案の定、太知と柊木の二人は素っ頓狂な声を上げた。
「あー、簡単に説明すると……言葉じゃ無理だ」
言葉で説明するのを早々に諦め、俺は机の引き出しから引っ張り出した紙に、線を描いていく。
「例えば、Vチューバーのモデルにリボンがあったとする。頭の装飾品として」
二人に見えるよう、ちゃぶ台の真ん中に広げた紙に、蝶結びをされたリボンを簡単に描く。たったそれだけで太知は感嘆の声を上げた。
「それで……このリボンを描こうと思った場合、大体五つのパーツに分けられるんだ。両端のわっかの部分と、真ん中の部分と——こんな感じで」
紙に書いたリボンを、今度はパーツごとに描いていく。右の輪、左の輪、中央の部分、右の足、左の足——と。
ただ、それを描いて見せても二人はピンとこないらしい。俺の描いたリボンを見ては唸っている。
「あ、あのさ? なんでこんな細かくパーツ分けする必要があるんだ……?」
「そりゃ当然、動かさないといけないからだよ」
太知の率直な疑問にそう答えて、紙の余白に今度は人の頭部を描いていく。
「当たり前だけど、普通に描かれたイラストは動かない。それを無理矢理動かすとなると、イラストが途切れるんだよ。——こんな風に」
そうやって口で説明しながら、絵を動かして実際に見せる。何も知らない太知でも分かるように。
「頭を動かすたびに、頭と首が分かれてしまいます、なんて嫌だろ? そうならないように、「見えない部分」も描かないといけないわけで。その為にパーツ分けしないといけないんだよ」
そしてさらに、雑な人間の全身の絵を描いて、「もちろん、それを全てのパーツでやらなきゃいけない」と付け加えた。
「おまけに、このパーツ一つ一つに「動き」を設定しなきゃいけないんだ。それはイラストレーターの仕事じゃないから、詳しくは知らないけど。メチャクチャめんどくさいって話はよく聞く」
「Vチューバーの絵って、こんなに複雑なのか……」
俺が書き終えた紙を見て、太知がそう呟いた。
「——そう、複雑でめんどくさい。体を描くだけでそこまで手間がかかるんだ。なのに、派手な衣装やアクセサリーなんかをつけようとしたら、さらに手間がかかる」
「え、じゃあ……海賊帽子をかぶってるVチューバーとか、巫女服を着てるVチューバーがいるけど、その人たちって……」
「まぁ、百万以上かかってるのは確定だろうな……」
柊木の呟きにそう返しながら、俺はスマホで通販サイトを開いた。
「Vチューバーのモデルを作る上で、「パーツ分け」と「動き」は手を抜けないんだ。それを「安くしたいから」って、手を抜くと……こういうことになる」
そう言いながら、通販サイトで売られている「四万円のVチューバーモデル」で検索をかけた。
そして出てきた検索結果の一番上をタップし、動きのサンプル動画を二人に見せる。
「——これは、なんというか……」
「バケモノだな」
俺のスマホに流れる動画を見た二人は、苦虫をかみつぶしたような顔と共にそう言う。
誰か分からない人の名誉の為に言っておくが、決してイラストとしての出来が悪いわけじゃない。——ただ、動きとパーツ分けをサボると、Vチューバーのモデルとして使うにはお粗末すぎるものになってしまう、というだけだ。
「イラストで二十五万、モーションデザインで二十五万。それを合わせて、最低でも五十万は絶対に必要なんだよ」
「……だな」
そう言った太知の声は、ひどく沈んでいた。
「ま、まぁ——これを全部払ってくれるってんだから、企業Vチューバーになった方がいいって! 俺だっていつ描けるようになるか分かんねーし、さ?」
奈落の底まで落ちて行ってしまったような重苦しい空気を、何とか明るい雰囲気にまで持っていこうと、空元気に声を出してみる。
——が、太知は俯いて黙り込んだままだった。
そんな太知に、なんて声を掛けたらいいか分からない。
別に、太知がVチューバーになれなかったからと言って、俺に何かあるわけじゃない。そもそも、今日の今日まで、まともに話したことすらなかった相手だ。
放っておけばいいだろ。もともと関わりなんてなかったんだし。
というか俺は、なんで家を貸して話を聞いてるんだよ。
そんなことする必要ないだろ。朝、授業中に呼び出されて「アタシをVチューバーにしてくれ」なんて頼んできただけのやつに。
——それ……だけのやつに。
「……モデルの方は、俺が何とかしてみるよ」
なのに、俺は気付けばそう言っていた。
「……ぇ?」
か細い声と共に顔を上げた太知の表情には、戸惑いの中にほんの少し明るさが見えた。
その表情を見て、俺は自分が下した決断が「間違ってなかった」のだと知る。
「い、いま「なんとかする」って言った⁉ ほんとになんとか出来んの⁉」
「多分な。本当にどうにか出来るかは、やってみないことには何とも言えない。……あ、ちなみに。俺が足りない分を出すとかじゃないから、あんま期待すんなよ?」
太知は俺に「イラストを描いて欲しい」が為だけに、企業Vチューバーになることを選ばなかったんだ。
企業Vチューバーとして活動すれば、個人で活動するより人気は遥かに付くだろう。その上、Vチューバーとして活動していくサポートまでしてくれる。
もちろんそれだけ、企業Vチューバーになるには厳しいオーディションを通過しなければならないけども。
そんな好条件を捨ててまで、太知は「俺の絵がいい」と言ってくれるのなら。
——その期待には少しだけ応えたいと思った。
「……まぁ、俺としては本気で何とかしてみるつもりだから。だから、太知はVチューバーになることに集中しろよ」
「——ありがとう、三千喜……!」
少しだけカッコつけながら、太知にそう言ってグッドサインを送った。
それを見た太知は、ヤンキーとは思えない優しい表情で微笑み返してきたのだった。
◇
そうして、俺が「太知の為にイラストを描く」と固く決意した後で。
「……って、もう七時なりかけてんじゃん⁉ ウチらどんだけ喋ってたの⁉」
スマホの画面で現在時刻を確認した柊木が悲鳴を上げた。
「もうそんな時間になってたのか。体感じゃそんなに時間経ってないと思ってた」
「——そうか? アタシ的には結構長く感じてたけどな……」
「いやいや、姉御! ウチがここに来てからまだ二時間も経ってないですよ! 短いですって!」
そそくさと帰りの支度を始める柊木と太知の会話を、部屋の片づけをしながら聞いていた。
「二時間も話せば十分だろ。三千喜もそう思うよな?」
「まぁ……たしかに。結構疲れたし、二時間近く話すのはむしろ長い気がする」
「嘘でしょ⁉ ウチは全然喋り足りないんですけど⁉」
「最後以外、ほとんど茜しか喋ってなかったけど。それで喋り足りないとか、どうなってんだよ……」
やれやれ——と、呆れ混じりに首を振りながら言う太知に、俺は激しく同意した。二時間も喋って「喋り足りない」なんて、どんだけ自己主張が激しいのか。
呼吸するのと同じレベルで何も考えずに話してたと思えるほど、終始ベラベラ喋っていたというのに。
「別にこれくらい普通ですよ? ていうか、Vチューバーになるならこれくらい余裕で喋れないと……」
そこまで話して、柊木は突然声を出すのを止めた。
そんな柊木に、俺と太知は「何事か」と視線を向ける。
そんな俺たちの視線を向けられた柊木は、立ったまま少し呆然とし——、
「……姉御って、画面に向かって一時間以上喋れますか……?」
まるで「気付きたくなかったことに気付いてしまった」というような、恐る恐る太知に聞く柊木に。
俺も全てを察して、本当の問題はこれから先にあるのだと絶望した。
どうやらVチューバーのモデル問題は、たいして大きな問題じゃなかったらしい、と。
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