「不良少女《VTuber》計画」始動! 1.1
「——という訳でまとめると。企業Vチューバーっていうのは、プロデューサーみたいな人がついてるVチューバーってこと!」
「……なるほどな。つまり、ゲーマーとプロゲーマーの違いと似たようなものって感じか」
「そうそうそう! プロゲーマーとめっちゃ似てる!」
企業Vチューバーがどんなものか説明し終えた柊木に、俺は素直に感心した。
説明に無駄がなくて、結構わかりやすかったのだ。
どうやら柊木は、ただの喧しいやつではないらしい。企業Vチューバーのオーディションを受けただけのことはある。
「――ダメだ。アタシにはさっぱり分かんねぇ……」
「えー⁉ 姉御、今の説明でも分かんないんですか⁉ それは流石にウチも困ります!」
だけどまぁ、分かりやすかった柊木の説明を受けてもなお、理解できないのが一人いるわけだが。
「んー、どこが分からなかったんですか? 姉御。そこを重点的に教えてあげます!」
「いや……どこがっていうか——全部?」
「全、部……」
その太知の言葉がよほどショックだったのか、柊木は魂が抜けたように意気消沈した。
というか、薄々ながら、太知にはVチューバーなんて無理なんじゃないかと思えてならない。圧倒的にバカすぎる。
「……いいか太知。企業Vチューバーってのは要するに、お前がVチューバーになる為のサポートをしてくれるところみたいなものってことだ」
「なるほど?」
「お前もVチューバーの動画見てたら聞いたことくらいあるだろ。「ピクシィ所属、三期生の——」っていうやつ。その「ピクシィ」がつくのが企業Vチューバーってことだよ」
「あー! それか! 分かったわ!」
分かったことが嬉しいのか、手をポンと叩き納得する太知。
多分、太知の中では「企業Vチューバーは、自分の名前に企業の名前がつく」程度の認識だろう。
残念ながらそれは、分かっているようで何も分かっていないというやつだ。
——それを柊木も察したのだろう。
「姉御……。企業Vチューバーになると、Vチューバーに必須のモデルとかにかかるお金を出してくれたりするんです」
頭を抱えて、さっきまでやたらとテンションが高かったのが、だいぶ落ち着いた声でそう言っている。
「え! めっちゃいい所じゃん! 企業Vチューバーになろう!」
「——ただ、誰に描いてもらうかはあんまり選べないですけどね……」
「あ、そうなのか? じゃあやっぱやめだな」
誰に描いてもらうかを選べない——それを聞いた瞬間、企業Vチューバーになることを選択肢から除外した太知に、柊木同様、俺もため息をついた。
「大人しく企業Vチューバーになっとけよ……太知」
「なんでだよ。企業Vチューバーになったら、三千喜に絵を描いてもらえないかもしれないんだろ?」
柊木に教えて貰った今、俺が現役の頃は依頼のほとんどが「企業Vチューバー」によるものだったと分かったが——。おそらく、企業が選ぶイラストレーターの中に、今はもう活動してない俺が入るとは思えない。
「……まぁ、そうなるな」
「じゃあ嫌だ。誰に描いてもらうか自由に選べるんなら、そっちにするけど」
太知が俺に拘る理由を聞いた以上、「俺じゃなくて他のイラストレーターでもいいだろ?」とは言えない。
しかし、太知は「Vチューバーになるということ」を、かなり甘く考えすぎている。
「お前さ……モデルを一体描いてもらうのにいくら必要か——分かってんの?」
モデル、要するにVチューバーの側でありイラストのことなのだが、これが馬鹿にならないほど高い。
正直に言って、学生が払えるレベルのものじゃないのだ。
「あー、金の話なら問題ないぞ! アタシだってバカじゃないからな! バイト掛け持ちして貯金してある!」
「へぇ——幾らぐらい?」
太知の雰囲気からして、先のことを考えて行動できるタイプじゃないと思っていただけに、貯金しているのは少し予想外だった。
「ふふふ……! 聞いて驚け! 二十万だ‼」
「え、凄いじゃないですか姉御‼ ていうか、姉御がバイトできることじたい驚きです!」
「……茜ってさ、アタシのことをバカにしてるよな?」
「いえ? そんなことありませんよー」
太知の言った金額に柊木が凄いと口にするが、俺も内心ではそう思っている。
時間も仕事内容も限られている高校生でありながら、二十万も貯めたのは普通にすごい。
——のだが。
「二十万か……」
Vチューバーになるのだとしたら、多分圧倒的に足りないだろう。
「——どうした? 三千喜。もしかして足りないとか?」
「あぁ……まぁ。足りてない」
「まー、アタシもそんな気はしてたから気にすんな! で、どれくらい?」
笑顔でそう言う太知に、俺は金額を告げたくなくなった。だけど、言うしかない。
「……二十万」
「————へ?」
「最低でもあと……二十五万は必要だと思う」
「「えぇぇぇぇぇぇっ⁉」」
俺が躊躇いながらそう告げると、太知と柊木は全く同じ驚きの声を上げた。そしてすぐに、太知は金額の大きさからか青ざめてしまう。
そんな太知に代わって、柊木が俺に質問した。
「え、二十五万て……内訳どーなってんの⁉」
「いや……全部、モデルだけにかかる金額だ。モデル一体描いてもらうのに、最低で五十万、高ければ百万なんて余裕で越える……」
「嘘でしょ⁉ Vチューバーになるならパソコンとかも必要なのに⁉ モデルだけで五十万⁉」
「……そうなんだよ」
「五十……万……」
そんな俺の発言がトドメとなってしまったのか、太知は消え入りそうな声でそう言い、消えるように後ろへと倒れた。
「あ、ああ姉御! しっかりしてください! あ、そうだ! パソコンとかマイクはウチが買ったやつあげますから! ね⁉ だから起きてください!」
「だって……五十万とか……無理じゃん——」
「姉御ー! ちょ、三千喜君! なんかもっと安くなんないの⁉」
「——ごめん。こればっかりは……無理だ」
「そんな——! いや……ちょっと待って⁉ ウチ前に、通販サイトでVチューバーのモデルが四万円くらいで売られてるの見たけど⁉」
「本当か⁉」
柊木の「四万円」という言葉に反応した太知が、弾かれたように飛び起きる。
「あぁ、それなら俺も知ってるよ。だけど……やめておいた方が良いと思う」
「なんでよ‼ まさか三千喜君、姉御からぼったくろーとしてんじゃないでしょうね⁉」
Vチューバーのモデルを作るには、華麗なイラストを描けるだけじゃ作れない。
「Vチューバーのモデルを作るのに五十万かかるのは、それ相応の理由があるんだ」
「理由って……どんな理由なんだよ」
はしゃぐ柊木に向けて「ぼったくりじゃない」と言ったつもりが、なぜか太知が反応する。
そんな二人に説明するために、俺は勉強机から紙とペンを引っ張り出した。
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