「乙女ヤンキー」はVTuberになりたい 1.4
そんなやり取りをした後に自己紹介をしたわけだが、柊木に対する俺の「何かとやかましいヤツ」という印象が変わることはなかった。
現に今も、太知がVチューバーになりたいということを知ってケタケタと笑っているし。
「ちょ——可愛すぎですって、姉御! 「Vチューバーになりたいって言ったら笑われるから隠してる」とか!」
「……うるさい、茜」
「しかも、Vチューバーになってぬいぐるみの話がしたい——なんて!」
「……おい。いい加減だまれ」
隣に座った柊木にちょくちょく「待った」をかける太知だが、柊木は気にもせず喋り続ける。
そんな柊木の隣で俯き、プルプルと体を小刻みに震わせる太知は、小動物にしか見えない。
「前々から「可愛いとこあるなー」って思ってましたけど今回はとびきりですね!」
「——うっせぇ! 可愛いとか言うな‼」
「えー? 無理ですよー。だって可愛いですもん」
「こんの——ッ‼」
もはや煽ってるとしか思えない柊木に、太知がキレて掴みかかろうとする。
俺はそんな太知を制止し、話を本題に戻すべく柊木に話しかけた。
「えー……っと、太知の話によれば、実際にVチューバーになった経験があるってことでいいんだよな? その、柊木さんは」
当たり障りないようにそう言った。太知と柊木は友人だけれども、俺と柊木は赤の他人。
だから一応、言葉遣いを選んだのだが、なぜか柊木は不満そうな顔をする。
「——茜」
「……はい?」
「ウチの名前は「茜」だから」
「——だから?」
「名前で呼んで?」
「あー…………」
出たよ。陽キャ特有の「名前呼び」風習が。
たかが呼び方に、なぜそこまでこだわるのかさっぱり分からん。名前で呼べば、距離が縮まるとでも思っているんだろうか。むしろ逆だというのに。
名前呼びを許可されたところで、むしろ心の距離が離れるというのが普通というものだ。いきなりそんなことを言われても「なんだこいつは」と、警戒態勢にしかならない。
「その、茜さんは」
——のだが。今ここでそれを言ったら、また話があらぬ方向へと進みそうな気がして、俺は仕方なく名前呼びをした。
「いいですか? 姉御。男の子と距離を詰める時はこんな風にするといいですよ!」
「な、なるほど……」
「——あのさ、俺の質問に答えてくんねぇかな」
そんな太知と柊木のやり取りに俺は、名前呼びをしたことを激しく後悔した。
「あー、はいはい。Vチューバーの話ね? ゆーて、ウチもVチューバーになった事はないんだよねー」
柊木は一息でそこまで喋りきると、俺らに質問をさせる間もなく続ける。
「ウチがやったのは、企業Vチューバーのオーディションを受けただけ。ま、一次で落ちたんだけど! やー、思い出すとウケるわー」
一人で勝手に喋り、一人で勝手に思い出し、一人で勝手に笑っている。
光の速さで話が流れていく感じだ。
はなからついて行く気など全く無いけど、まるでついていける気がしない。
「——企業……Vチューバー?」
そんな中、聞き慣れない単語に反応した太知が首を傾げた。
「そう、企業Vチューバー」
太知の疑問を受けて、柊木がそう返す。おかげで、さっきの柊木の話をたいして聞いてなかった俺も、流し聞きながら変に思ったことを思い出した。
企業Vチューバー——とは、なんぞや?
正直言って、Vチューバーという言葉に「企業」という枕詞が付くこと自体、意味が分からない。
言っちゃ悪いが、そういう「企業」や「社会」と対極の位置に存在しているのがVチューバーだとすら思う。それがなぜ、ドッキングしているのか。
「——もしかして、企業Vをご存じでない⁉」
「その通り、ご存じでない。という訳で説明してくれよ」
俺と太知のピンと来てない反応を見て柊木も悟ったのか、大げさな言い方で驚いた。そんな柊木に説明してくれるよう頼む。
「嘘でしょ……? このご時世に企業Vを知らないなんて……普段何して生きてんの⁉ え、てゆーか、三千喜君はVのモデル描いたことあるんだよね⁉ 何で知らないの⁉」
「いや、VチューバーはVチューバーだろ。企業とか言われても知らん」
イラストレーターだった頃、確かにVチューバーのモデルは何個か描いてきた。
だけどそれが「企業」なのかどうかなんて知らない。というかぶっちゃけ、気にしてすらいなかった。
Vチューバーのモデルを描いてくれと依頼が入る度に、「またか……」と、少々うんざりしていた気がする。
少なくとも俺は、「依頼が来たからその仕事をこなしていた」という認識しかない。その依頼がどんな相手から来たものかを考えたって、仕事が片付くわけでもないし。
「はあぁぁぁぁぁ……」
ただ、そんな俺の考え方は柊木にとって「ありえない」ことらしく。ちゃぶ台の上に肘をつき、頭を抱えていた。
「——仕方ないかー。企業Vと個人Vの違いについて教えてあげるよ、もぉー。姉御も、ちゃんと聞いといてくださいよ?」
「お、おう! 分かった!」
めんどくせーと思っている俺とは対照的に、太知はやる気満々だと分かる返事をした。
「……じゃ、よろしくー」
渋々承諾した柊木にそう言って、俺は太知のことを任せるべく席を立つ。
「え――? ちょちょちょ! どこ行こうとしてんの⁉」
「……三千喜? 怒ったのか?」
そんな俺に、太知は首を傾げ柊木は呼び止めた。
「——いやー、太知が聞けば俺は聞かなくてもいいかなって」
そして……俺のその発言に、二人は鳩が豆鉄砲を喰らったように目を丸くした。
「君も聞くんだよッ‼ 姉御が理解できなかったらどうすんのさ!」
「だって、俺がVチューバーになりたいわけじゃないし」
「いいから! そういう屁理屈いいから! 戻って来いやー!」
と、柊木は立ち上がった俺を再び座らせるべく、俺の腕を引っ張りぶら下がる。
そんな状況にありながら、俺は全く別のことを考えていた。
——そう、柊木は喧しいが普通の女子だったのだ。
俺が少し力を入れれば、簡単に持ち上げられそうなくらい軽い。何なら、「本気で力入れてる?」と聞きたいくらい、腕を引っ張る力も弱い。
やっぱり、太知が頭おかしいだけなのだ。
そんな分かりきった事実を噛みしめ、俺は少し自信を取り戻した。普通な女の子が相手なら、ひ弱な俺でも力で負けることはない、と。
「……しょーがないな。俺も聞けばいいんだろ?」
そんな、なんてことない風を装って再びちゃぶ台の前に座る。——が。
「……三千喜。茜の胸が手に当たって嬉しいのは分かるけど、その気持ち悪い顔はやめろ」
「へ? いやいや、そんなわけないだろ? ラッキースケベでめんどくさいのがどうでもよくなったとか、そんなわけ……」
「…………」
流石「姉御」と言うべきか。腕っぷし以外、頼りがいの無さそうな姉御だが、部下である舎弟のことはちゃんと見ているらしい。
太知は俺に、殺気大さじ一、呆れ小さじ半分、侮蔑少々のジト目を向けてくる。
「————はい。すみません……」
そんな太知に続き、柊木までもが俺を見下したような目つきになり、そんな視線に耐えられなくなった俺は頭を下げた。
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