「乙女ヤンキー」はVTuberになりたい 1.3



「えーと……三千喜、紹介するよ。こいつ、アタシの友達の茜」

 そんな、友達を紹介すると言った割に暗めのテンションで話す、太知の指す人物に目を向ける。


 そこには、太知に負けず劣らず見た目の煩い女子が居た。


 地毛ではなく、おそらく染めたのだろう茶髪。

 そして、太知と同様だらしなく着崩した制服。それだけじゃなく、ピアスを両耳に二つずつ付けている。

 ピアスに関しては、太知ですらしていないのに。


 なんとなく太知と同じ雰囲気のする女子。その事から、初対面の時の俺は、彼女も太知と同じ「ヤンキー」なのだと思ったのだが。


「初めましてー! 茜って言いまーす! 柊木茜!」

「……初めまして」

「ぶ——! くっら! ウケるんですけど! ていうかあれだね。君、三千喜っていうんだ? 珍しいね、そんな変な名前」

「いや……変な名前じゃないだろ……。珍しくはあるけどさ——」

「あーそう? ま、ぶっちゃけどーでもいいんだけど! あ、てかさっきはごめんねー? 姉御がウチ以外と一緒に居るとこ、見たことなかったからさー」

 

 この柊木とかいう女、やたらとうるさい。


 こっちが一をしゃべる間に、余裕で百くらい話してくるバケモノだ。おまけに、その話の全てが自己完結している。

 間違いなく、柊木は「ヤンキー」ではなく「ギャル」の方なのだろう。なんというかもう、存在自体がやかましくてしょうがない。

「——おい……太知。お前、自分の舎弟の手綱くらいちゃんと握っとけよ……」

「いや、うん……悪い」

 そんな柊木に、俺と太知の二人はお通夜並のテンションで頭を抱える。

「えー? ちょっとちょっと、姉御とウチは友達なんですけどー? 勝手に舎弟にしないでくれますかー?」

 そんな中ただ一人、柊木だけが、場の空気を無視した明るいテンションで、自分の扱いに愚痴をこぼした。

 

 それを聞きながら、俺は心の中で盛大に叫ぶ。「どうしてこうなったんだ!」と。


   ◇


 時は遡ること三十分前くらい。俺と太知は、Kの小さな家で頭を抱えていた。


「ていうかそもそも、Vチューバーって何をもってVチューバーって言えるんだ?」

「……分からない」

 そんな感じで。

 お互い「Vチューバー」に対する知識が皆無で、どうすればその世間一般の言う「Vチューバー」になれるのか見当もつかなかったのだ。

「いや、俺はともかく……なんで太知まで分からないんだよ。Vチューバーになりたいなら少しは調べたりとか——」

「だって……動画見てても、なり方なんて分かんねーし」

 ちゃぶ台を挟んで反対側に座る太知は、頬杖をついて退屈そうにしている。とはいえ俺も、この時間がしんどくなっていた。

 

 太知が「ぬいぐるみの話をしたい」と言ってから、既に三十分は経っている。


「もうさ、詳しい人間に聞くしかないだろ。太知の知り合いでVチューバーに詳しいヤツ、誰かいないの?」

 と、たいして期待してないけど、一刻も早くこの退屈な時間を終わらせたい俺は太知にそう言った。

 そんな言葉に、太知は一瞬体を震わせて反応する。

「——え、居んの? マジで?」

 

 そんな太知の反応に、俺は希望を感じた。……のだけど、太知はなぜか嫌そうな、渋い顔をした。

「居るには、居る。けど――」

「けど?」

 

 やけに勿体ぶって話す太知に、俺はその「Vチューバーに詳しい知り合い」が変わった人間なのかと察した。

 太知が会いたくても、会うことが出来ないような人間なのかと。

 例えば——何らかの病気で病院生活を送っているとか。

 そんな人の所に押しかけて、「Vチューバーのなり方を教えてください」とは、気が引けてとても言えない。


「いやその……アタシがVチューバーになりたいって思ってること、知られたくない」

「……んなこと言ってる場合かよ⁉」


 ふざけんな。なんだその「超」自分勝手な理由は。

「お、お前は知らないからそんなことが言えるんだよ‼ 茜がどれだけめんどくさいやつか知ってんのか⁉」

「いや、知らんけど! そいつがどんなにめんどくさくたって呼ぶしかないだろ⁉ 俺ら二人じゃ行き詰まってんだから!」

「嫌だ! 絶対に嫌だ! 揶揄われるに決まってる!」

「Vチューバーになりたいんだったらそれくらい覚悟しとけよ! てか、もういっその事そいつをここに呼べ!」


 俺がそう言ったことで、太知は嫌がりながらもその知り合いを俺の家に呼んだんだ。


 ——そして、それからさらに二十分くらいが経った後。

 やることがなくなって、二人でVチューバーの動画を見ている所に、俺の家のチャイムが鳴った。

「……あ、着いたんじゃね?」

 それに太知が反応し、俺は玄関へと向かってドアを開けた。

「はーい」

「……うわ、モサ男だ!」

「——は?」

「あてか、姉御はどこに?」

「姉御……?」

 玄関を開けて、自分の家を訪れた人物が、事前に太知から聞いていた人物像と概ね一致することを確認したのと同時。

 突然発せられた、どう考えても侮辱だろう「モサ男」という言葉と、その直後の「姉御」という聞き慣れない単語で俺の頭はショートした。

 そんな俺の後ろから、太知が気まずそうに玄関へと顔を出す。

「アタシはここだよ——茜」

「あ、姉御―! どうしたんですか? ウチをいきなり呼び出すなんて。しかも姉御の家以外の場所なんて!」

「あー、その……ちょっと茜に聞きたいことがあって」

「聞きたいこと、ですか?」

 そうして、太知に茜と呼ばれてる女子高生は俺と太知を見比べて——、

「……なるほど! 任せてください姉御! ウチも男女の営みについて経験は無いですけど、ネットで得た知識ならいくらでも!」

「ち……ちちち違ぇよ!」

 

 何をどう理解したのか、さっぱり分からない程の曲解をした茜に、顔を真っ赤にしながら太知が怒鳴った。

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