「乙女ヤンキー」はVTuberになりたい 1.2

 なんというか、太知の中で譲れない何かがあるのだろうと思わせてくるというか。


「――そこまで言うなら理由を言ってみろよ。なんでこの人たちじゃなくて、俺がいいのか」


 無論、俺だって、このサイトの人たちに引けを取らないぐらいの技術を持ってる。だけど、それはあくまで俺が現役だった頃の話。

 絵を描かなくなって……描けなくなって一年が経った今、この人たちに敵うとは思えない。それを「俺の方が良い」というなら、それだけの理由があるのだろう。

 

 と、俺にそう聞かれた太知は逡巡した後、嬉しそうにスマホを見せてきた。


「これ! この絵、三千喜が描いた絵だろ?」

 そう言われて、突き出すように向けられたスマホの画面に目をやる。

 そして目に入ってくる、どこか既視感のある美少女が描かれたイラスト——の線画。

 

 正直言って、この線画だけで「お前が描いた絵だろ」と言われても納得しがたい。なんとなく見覚えはあるけど、だからと言って他の人の絵という可能性もある。いや、むしろ他の人のイラストである可能性の方が高い。

 自分の絵をじっくりと見ることはそんなにないけど、他の人の絵は研究するために細かく見る。だからきっと、この絵は俺が過去に研究していた絵なのだろう。

 

 そう思って、「これは俺の絵じゃない」と太知に言おうとした時——。太知がスマホの画面を拡大して、そこに書かれた小さな文字を指しながら言った。


「これ、ここに小さく「そーやー」って書かれてんだけど……三千喜だよな?」


 その言葉に俺は、太知のスマホを食い入るように見た。そして、細く色白な太知の指に差された先に、「そーやー」と書かれているのを見つける。

「——そうだな。太知の言う通り、この絵は俺が描いたやつだよ」

 決定的な証拠を突きつけられて、俺は自分が描いたと認めるしかなかった。

 たしかに俺は、「そーやー」という名前で、イラストレーターとして活動をしていたことがある。

 そして、俺の知る限りじゃ「そーやー」なんて名前のイラストレーターは俺しかいない。

「だろ——⁉ いやぁ、実はアタシこの絵がメチャクチャ好きでさ! だから三千喜にお願いしたかったんだよー!」

 嬉しそうに顔を綻ばせる太知とは違い、俺は気分が沈んだ。

 

 太知が「好き」と言い、俺に向けて押し付けるように見せてくるこのイラストは、俺にとって嫌いなイラストなのだ。

 俺が今まで書いてきた中で、一番と言っていいくらい嫌いなイラスト。出来れば二度と見たくなかった。

 当時、人気真っただ中にあったアイドルの、ライブ2Dイベント用に描いたもの。それをその後、イラストとして描き直したやつだ。奇しくも、俺がイラストレーターとして描いた最後の作品となった。

「——だから、な? 描いてくれって!」

 満面の笑みでそう言う太知の顔を見て、俺は心が痛んだ。

 

 俺にとっては嫌いでも、太知にとってはとても好きな絵なのだろう。少なくとも、俺に絵を描かせるための方便には思えない。

 もし俺に描かせるためだけの方便なら、こんな「呪われた絵」なんか見せたら逆効果だ。なにより、太知の屈託ない笑顔が「本気で好きなんだ」と言っている。

 

 そんな太知に、俺は絵を描いてあげたいと思った。だけど――。

「ごめん、太知……。やっぱり描けないわ」

「え……な、どうしてだよ——」

 太知は俺の言い方で何かを悟ったのか、さっきまでのような聞き方はしてこなかった。そんな態度に更に申し訳なく感じる。

「俺さ……実は「色」が見えてないんだよ」

「色が見えてない……?」

 俺の言葉を反芻させた太知は、首を可愛らしく傾げた。どうやら意味が理解できていないらしい。

「——え、じゃあアタシの髪の色は?」

「銀髪だろ。おまけに水色のメッシュカラー入れてる……って違う、そうじゃない」

 

 想定とは違うことを口にした太知に、俺は太知が誤解していることを確信した。まぁ、俺が言ったのは「色が見えてない」だけだから当然なのだけど。


「俺が見えてないのは、イラストの色なんだよ」

 

 俺がそう言うと、太知はショックからか黙り込んだ。


 俺が色を見れないのは、正確に言うとイラストだけじゃない。

 簡単に言うと、「描かれたもの」は全て白黒の線画でしか見えないんだ。漫画、ゲームの画面、図鑑……などなど、デジタルだろうがアナログだろうが関係なく。


「——どうして……」

「さぁ……なんで見えなくなったのかは俺にも分からない。でも、そういうわけだから、描いてあげることは出来ないんだ」

 続けて「ごめん」と、俺は太知に謝った。それを受けた太知は、「何を言えばいいのか分からない」というような顔で固まった。

 ——そうして、部屋に重苦しい沈黙が流れる。

 

 その重苦しい沈黙の中で、俺の頭の中は「申し訳ない」でいっぱいだった。


 好きなイラストレーターに、絵をかいて欲しいという期待に応えられないことも。太知の好きな絵を、俺にとっての「嫌いな絵」と、まともに見ようとすらしなかったことも。

 

 色が見えないのだから仕方ないとはいえ、「何とかしてあげたい」と思わずにはいられない。

 だけど、俺が太知にできることなんて、イラストを描く以外で何があるのだろうか。落ち込む太知になんて声を掛けたらいいかもわからず、俺は黙り込んでいた。


 そのせいで沈黙が続き、その沈黙が首を絞めてきているかのように、息苦しい。


「——あのさ、また見えるようになんのかな。色って」


「……え?」

 そんな沈黙を破ったのは、不覚にも太知の言葉だった。

「いや、色が見えるようになったら、また描けるようになるのかなーって思ったんだけど……そんなに簡単な話じゃないかぁ」

「どうだろう……考えたことも無かったけど」

 色がまた見えるようになるなんて、考えたことも無かった。このまま一生、見えないままで終わるもんだと思ってた。——だけど。

「もし、見えるようになるんだとしたら……時間はかかるけど描けると思う」

 気付けば俺は、太知にそう言っていた。それを聞いた途端、太知の顔に明るさが戻る。

「そっか! じゃあアタシ、色が見えるようになるの待つよ! んで、また描けるようになったら、メチャクチャ可愛いやつを描いてくれ!」

「お、おう……まだ分からんけどな——って、可愛いやつ? カッコいいのじゃなくて?」

 可愛いやつ——と指定する太知の希望が少し意外で、思わず聞き返してしまう。


 てっきり、太知のようなヤンキーなら、「可愛いキャラ」より「カッコいいキャラ」の方が好きそうだと思っていたのだが。


「いや……実はさ、アタシぬいぐるみがめっちゃ好きで」

「……おう」

 少し恥ずかしがりながらそう言う太知に、俺は真顔で返した。

 ヤンキーにしてはなかなか、可愛らしい趣味をお持ちでいらっしゃるな、と。

「Vチューバーになって、ぬいぐるみの雑談配信したいなって思ってんだよ」

「……なるほど?」

「ぬいぐるみの話するのに、Vチューバーがカッコいいとさ……なんか変じゃん?」

「あぁ……」

 別に変ではないと思うけどな。見てる視聴者側は特に気にしないと思うぞ。

 というか、そんな事より問題は——、

「……なら、モデルを可愛くするんじゃなくて、その喋り方をどうにかした方が良いんじゃね?」


 それを指摘すると、太知は「言われたくなかった」と言わんばかりに、顔を真っ赤にして俯いた。

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