「乙女ヤンキー」はVTuberになりたい 1.1


 ――硬い床に叩きつけられた背中に、じんわりと痛みを感じながら、俺は太知と共に駅の構内から出た。

「おー、意外と田舎だな……」

「うっせーよ。田舎で悪かったな!」

 いつもは一人の、駅から自宅までの道のり。だけど今日は隣に太知がいる。

 するとなぜか、見慣れたハズの光景なのに、新鮮味を感じるのはどうしてなのだろうと、ふと思う。

「てか、三千喜って一人暮らししてんだな! スゲーじゃん!」

「いやまぁ、爺ちゃんの手助けあってだし……。すごくはないだろ、多分」

「……へー? じゃあ、アタシにもできそうか?」

「それは無理だな。絶対」

「なんでだよ!」

 

 そんな会話をしながら、最寄りの駅から歩き続けてニ十分程度。

 俺の家である古びたアパートと、住宅街が見えてきた。

 築四十年くらいのおんぼろアパートの二階、一番隅の角部屋が俺の家。全部で六部屋あるのだが、今現在使われているのは二つだけだ。

 三年前、俺が家出をして一人暮らしを始めた時に入居したけど、その時から管理人のおばーさんと俺くらいしか住んでいない。

 住宅街の端の方でひっそりと佇むアパートの、そのさらに端が俺の家なのだが……。

「——ここが俺の家だけど……本当にいいんだな?」

 鍵を開け、ドアノブに手をかけ回す前に、太知に最後の確認を取る。

 

 言わずもがな、俺も健全な男子高校生。それも二年目だ。

 一年間、女子と全くそういうイベントがなかったのに、二年になっていきなり「家に招く」イベントが発生したのだ。「何も起こらない」と言い切ることは出来ない。


「ん? いいぞ? 元はアタシが頼んだんだし」

「いや、そうじゃなくて。「男の」俺の家だぞ?」

「あー、もしかして家の中が散らかってるとか? ならアタシも片づけ手伝うよ」


 ――ダーメだ。俺の意図を全く理解していない。そればかりか、「片づけ手伝うよ」なんて言ってきた。ここでどれだけ確認をとっても、俺の言わんとしていることを太知は多分、全く理解しないのだろう。

 というか、よく考えなおせよ、俺。相手はあの「太知」だぞ? 今日の放課後、直人がどんな目に遭ったかを思い出せ。

 理不尽な事故で蹴り飛ばされていたじゃないか。


 運動部に所属している直人であれだったんだ。帰宅部をやってる俺が受けたら……きっとモザイクが必要になるだろうな。

 というか、クソ雑魚の俺が太知に手を出したって返り討ちにされるだけだ。残機があったとしても、開始三分で三乙。クエスト失敗。

 むしろ逆に、俺の身の方が心配になってくる。

「——ま、そうだよな。……どうぞ」

 どうせ何も起こりはしない。自分の欲望にそう結論づけて、俺は太知を部屋に招き入れた。

「お邪魔しまーす!」

「中に誰もいないけどな」

 そう言いながら、俺の家に初めて「女子」が入ったのだった。


   ◇


「……全然汚れてねーじゃん」

「いや、何を期待してんだよお前は」

「てっきり、もっと汚れてゴミ屋敷みたいになってんのかと思ってた」

「いやキミ、そんな家に入りたいと思うのか? キミは」

 1Kの俺の家、その洋室に入るなり、太知は不満そうに口を尖らせた。まさかとは思うが、本気で片づけを手伝おうとしていたのだろうか。

 だとしたら勿体ないことをした気が……いや、そもそもそんな家に他人を上げたくなんかない。

「まぁいいや。さっそく作戦会議始めよーぜ」

 しかし、俺の問いに太知は答えることなく、部屋の中央に敷かれたカーペットの上に胡座をかく。

 そんな太知に俺は、「へいへい」と返事をしながらちゃぶ台を出した。


 なぜ、こんなことのなったのだろう——と思いながら。



 

 ——あの後、太知はなぜか「俺の家に行きたい」と言い出した。

 というのも、太知が俺を説得するために「じっくり話がしたい」と言い出したのが原因だ。

 太知は俺に、Vチューバーのイラストをどうしても描かせたい。だけど、自分がVチューバーを目指していることを他人には知られたくないらしい。それは「親にも」だそうで、太知の家は無理だという話になった。

 そうして、消極法で選択肢を消していった結果、「俺の家」が選ばれたということになる。


 しかし、俺だってそれをそのまま承諾したわけじゃない。そもそも、俺は太知が何を言おうとイラストを描くつもりが無いのだ。つまり、話しても無駄だということ。

 その事を太知には言ったが……流石ヤンキーと言うべきか、全く聞く耳を持ってもらえなかった。

 そればかりか、断り続ける俺に「お前は変態だって言いふらしてやる!」と、脅してくる始末。言っておくが、俺は「見た」わけでも「見ようとした」わけでもない。巻き込まれただけだ。太知と同じ、被害者と言っても過言じゃないだろう。


 ——だけど、「見えなくて良かった」と、心の底から思っているかと言われると違う。正直言って、直人の頭に隠れて見えなかったのはもの凄く残念だった。

 なにしろ、普通に高校生として生きている俺達にとって、「美少女の下着姿」というのはお目にかかれるものじゃない。そもそも異性ですら、そうそう拝む機会などないというのに、まさかの「美少女」なのだ。

 これはもう、「大秘宝」と呼ぶに相応しいんじゃなかろうか。そう思えてくる。

 ただまぁ……実際に拝んだ後に直人が蹴られたのを見ると、「見えなくて良かった」と思わざるを得ないけど。

 なかなかいい音で蹴られ、蹲っていた直人を思い返すに、相当な強さで蹴られたんだろう。運動部である直人が痛みで蹲るんだから、相当痛かったはずだ。

 そんな蹴りを食らってまで拝むか、「大秘宝」を拝まないか、どちらかを選べと言われたら――痛みに弱い俺は、拝まなくて良かったと思う。




 と、そんな感じで邪な気持ちがあるから、太知の「変態だと言いふらす」脅しに俺はビビった。

 だから俺は今、太知の言うことを聞くしかないという訳なのだが。

「——だーもうッ! なんで断るんだよ! 絵を描くの好きなんだろ⁉ 描いてくれたっていいじゃんか!」

「太知、そもそもお前は間違ってる。俺は絵を描くのが好き「だった」んだ。今はもう好きじゃないし、何なら描いてすらない」

「そんな細かいことはどーでもいいんだよ! アタシの為に描いてくれって‼」

「嫌でーす! つーかそもそも、描きたくても描けないし?」

「こんの……ッ‼」

 煽り半分で俺が断ると、太知は悔しそうにちゃぶ台を叩く。が、俺に直接殴り掛かってくることはしない。

「アタシがこんなに頼んでんのに……ムカつく!」

「お、殴るか? だったら俺は絶対にお前の頼みを断ってやるぜ!」

「殴らねーよ! アタシはお前に描いて欲しいんだ!」

 ——そう、この太知とかいうヤンキー。変なところで常識的なのである。

 俺があえて、ムカつくような態度で断ってるというのに、キレはするけど拳に訴えることはしない。どうやら、太知のことを少々見くびっていたらしい。

「……あのな、太知。Vチューバーのモデルを描いて欲しいだけなら、別に俺に拘る必要ないんだよ。世の中にはイラストレーターさんが溢れてるから」

 そんな太知の態度に少し申し訳なさを感じた俺は、ほとんど使っていなかったパソコンを押し入れから取り出してきて、とあるサイトを見せる。

「ほら、こんな感じで……な? お前がどんだけ俺に頼んでも俺は描けないけど、この人たちなら描いてくれるぞ?」

 ここまで言えば、流石の太知も諦めるだろう。そう思って、画面を険しい顔で見つめる太知にそう言った。——のだが。

「——嫌だ」

「……はい?」

「この絵じゃ嫌だ! なんか、ここに描いてある絵は全部下手にしか見えない!」

 おいおいおいおいおい⁉ 何を言ってんだこいつは⁉

「いやいや、ここに名前が載ってる人たち全員、現役でイラストレーターやってる人たちだからね? 俺よりはるかに上手い人たちに何言っちゃってんの?」

「そもそも、アタシは三千喜の描いた絵がいいんだよ‼」

 駄々をこねる子供のように「嫌だ」と言う太知だが、それがただの「感覚」で言ってるものではないように感じた。


 だけど、それはそれとして俺は困り果てた。

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