元イラストレーターと不良少女 1.3


「なー創哉。一緒に帰ろうぜ?」

「……あー、わり。今日は先に帰ってて」

 かったるい月曜日の授業が終わった放課後、帰り道が同じクラスメイト——安西あんざい直人なおとに、いつものように「一緒に帰ろう」と声を掛けられた。だけど、俺には太知という先客がいる。


 ということで、いつもの日課を断った。


 途端、直人は血相を変えて俺に詰め寄ってくる。

「なんで断んだよ⁉ もしかしてあれか⁉ 朝の「授業中呼び出し事件」が関係してんのか⁉」

「あー、まぁ。そんなとこだな」


 なんだそのネーミングセンスの欠片もない名前は。


 そんな冷静なツッコミが口から出そうになるくらい、やけにテンション高めな直人と違って、俺の気分は平常運転だった。

「お前いったい、何をしでかしたんよ! この学校で太知に関わっちゃいけないのは、もはや常識だぞ⁉ お前、一年の時も太知とクラス一緒だったのに何やってんだよ!」

 学校が終ると、教室は一気に賑やかになる。部活に行くやつ、友達とカラオケに行こうとするやつ、雑談するやつ、青春を始め出すやつ——。

 そんな感じで、普段であればいろんな会話が聞こえてくる放課後の教室も、今日は少しだけ違った。

「三千喜君、大丈夫? カツアゲとかされてない?」

 一年の時はおろか、二年で同じクラスになっても、まともに話したことのない女子からも心配される。

 それほど、朝の出来事はクラスメイトにとって危険だったのだろう。 


 ——俺にとっても、異常事態であることに変わりはないけど。

「大丈夫だって。ほんとに、何もなかったから」


 いつの間にか、俺の周囲には人だまりが出来ていた。そのほとんどが、太知についての噂話をあーだこーだと俺に言って聞かせてくる。

 曰く、夜の街でホストらしき男と歩いていたとか。他校の生徒にちょっかいをかけては、財布の中身をまきあげているとか。


 俺が「何もなかった」と言ったにも関わらず、噂話の勢いは衰えることが無い。

 例の如く、太知が先生に呼び出されて教室に居ないからいいものの、本人が聞いたら間違いなく皆殺しにされそうな勢いだ。

 とはいえ、クラスメイト達は太知が居ないから、「チャンス」とばかりに話しているのだろうけど。


「まぁ、とにかくだ。太知には近づかない方が良いぞ、創哉。アイツは獅子……いや、オオカミか? とにかく超攻撃的生物なんだ。人間じゃない。命を失ってから後悔しても遅いんだぞ」

「いや、人間ではあるだろ……一応。攻撃的なのは分かるけどさ。てか、お前確か太知に告ってなかったっけ?」

「その通りだよ、そしてそこで学んだんだ! アイツは美少女でも人間じゃないってな! お前も、彼女が居ないからって太知に近づくのは止めといた方が良いぜ!」

 やたらと清々しい表情でそう言う直人に、俺は心底呆れた。


 人間じゃないとか言っておきながら告白したのかよ、と思わずにはいられない。


 だが、そんな俺を余所に直人は、いかに太知が人間じゃないかを熱弁している。と、流石に言い過ぎだと思ったのか、俺らを囲んでいたクラスメイト達が離れた。

「――てなわけで、やっぱり太知は人間じゃねぇんだ! 殺戮兵器の方がしっくりくる!」


「誰が、人間じゃないって?」


 熱弁していた直人の背後から突然、ドスの聞いた低い声が聞こえてくる。

「す、すみませんでした——ッ‼ 謝りますんで、どうか命だけは——ッ‼」

 姿を見なくても太知のだと分かる声に、直人はすぐさま振り向いて土下座した。その間、僅か一秒の十分の一。

 恐ろしいくらいに速く完璧な土下座に、俺は少し感嘆した。

「——チッ、早くどけ。邪魔だ」

 

 だが、そんな直人の土下座にも太知は動じることなく、一言「邪魔だ」と告げる。それを聞いた直人はすぐさま反応して、その場から動こうとした。

「よ、よかった……俺、このまま殺されるのかと……」

「——! バカお前! そこで頭上げたら——ッ‼」

 そんな事を言いながら、直人は土下座の体勢から頭を上げようとする。それを見た瞬間、俺は咄嗟に直人を止めようとした。


 さっきまで俺は、自分の席の椅子に座って直人と話していた。直人はそんな俺の隣——ちょうど太知の席の位置に立っていた。

 そんな直人のすぐ後ろに太知は立っていて、直人は後ろに振り返ってその場で土下座した。


 そんな直人が、頭を上げるとどうなるか。


「……あ、白————」

 

 直人の頭に持ち上げられて、太知のスカートの前側が一瞬捲れ上がった。

 

 だけど幸い、直人の頭がいい感じに障壁となって、俺の目に「それ」が映ることはなかった。


 だというのに、直人の放った一言で俺の脳裏には想像されてしまう。白の「それ」を身につけた、太知の生足が——。かなりはっきりと、鮮明にイメージできるその妄想に、俺が生唾を呑み込んだ時。


 再び命の危機を察した直人が、床にめり込みそうな勢いで土下座をした。

「ご、ごめんなさい! 悪気はないんです! ただ、言われた通りに移動しようとしただけで——ぐふっ⁉」

 直人の渾身の言い訳も空しく、太知は直人の脇腹あたりを蹴り、退けた。

 自業自得だとは思うが、憐れだ。あまりにも。


「お前も見たのか? 三千喜……」

 と、友人の無残な姿に同情していた俺の胸座が太知に掴まれた。

 直人を脅した時以上にドスの聞いた、もはや殺意すら感じられる太知の声に、俺は即座に首を横に振るしかない。

 そんな俺の反応を見た太知は、ほっと一息つく。

「——ならいい。行くぞ」

 さっきより少し柔らかくなった言い方でそう言われる。その後太知は、俺を引っ張って教室のドアへと歩き出すべく、髪をなびかせ振り返った。

 

 ——その、太知が教室のドアへと振り返る瞬間。俺は、太知の銀髪から覗く耳が、真っ赤に染まっていることを見逃さなかった。

 耳が赤く染まっている……ということは、「恥ずかしかった」ということだろうか。いや、考えてみれば、太知はよく知らんヤツに下着を見られたわけで。

 恥ずかしいと思うことは何もおかしなことじゃない。当然のことだ。


 だけど、どうしても引っかかる。

 男子による、「言えばヤらせてくれそうな子」ランキングの堂々たる一位の太知が、羞恥心を見せたことに。

 だいたい、さっきクラスメイト達が言っていた太知の噂話が本当なら、クラスの男子に下着を見られたくらい、なんとも思わないと思っていたのだけど。


「——太知って、意外と純情なんだな」


 どうやらそれは誤解だったらしい。そう思って、やや急ぎ気味に俺を引っ張りながら、教室のドアへと向かう太知に言った。


 その後、俺が太知に背負い投げられたのは言うまでもないだろう。

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