元イラストレーターと不良少女 1.2


「お、おーい、屋上は立ち入り禁止だぞー……?」

 そんな俺の制止にも太知は聞く耳を持たず、躊躇いも無しに屋上のドアを開けた。手つきからしてやり慣れている。きっと、屋上侵入の常習犯だ。

「いつまでそこに居んだよ。早くこっちにこい」

「い、いや……えー……と、ですねぇ……?」

「早くしろっつってんだろ。そんなにアタシが怖いか?」

「それは——別に。それよりは、俺に一体何の用なのか知りたい」

 ——いや、めっちゃ怖いけどな。

 用件も告げずに屋上まで連れてこられたんだ。しかもヤンキーに。

 そんな状況、普通はカツアゲとかそんなものをイメージするだろう。でも、それを言ってしまったら、マジで殺されそうな気がして言えなかった。


 ——まぁそれともう一つ、太知は一応階段の前で引きずるのを止めてくれた。

 どうやら、それくらいの良心は太知の中にもまだ残っているらしい。


「それは……誰にも聞かれたくねぇんだ。だから、屋上で話す」

 太知はそう言うと、見上げる俺から顔を逸らして表情を隠した。まるで照れ隠しのように。

 ヤンキーらしからぬ太知の素振り。——いや、ヤンキーでも照れ隠し程度、するのかもしれないが。

 少なくとも、俺の「ヤンキーイメージ」では、ヤンキーは照れ隠しをしない。

「そっすか——」

 そんな太知の仕草に、俺は完全に毒気を抜かれて階段を上る。「誰にも聞かれたくない」ということは、少なくとも俺に危害を加えようってんじゃない。——何の根拠もないが、そう感じて。

 

 ちなみに、俺は今まで校則を破ったことはない。つまり、今回が初めての校則違反という訳で、かなり背徳感がある。

 が、意外にも一度立ち入ってしまえば、屋上の見晴らしのよさに背徳感は空の彼方へと消えていった。


「——それで、授業を途中で抜け出すほどの用って何なんだよ」


 屋上の中ほどまで進み、校舎へと続くドアが閉まるのを確認してから太知に聞く。


「わ、分かった。今から言うけど、絶対笑うんじゃねぇぞ……!」

「お、おう……笑わない。約束する」

 そう返したものの、何故か顔を赤らめる太知に俺は、疑問を感じずにはいられなかった。

 ヤンキーだろうと何だろうと人なのだから、誰にも聞かれたくない話の一つや二つはあるだろう。だがしかし、俺と太知は席が隣というだけの関係。

 そんな俺に話せることを他の誰にも聞かれたくないというのは、少々無理があるんじゃなかろうか。

 というか、今の俺が立たされている状況をどこかで見たことがある気がする。


 学校の屋上、気持ちのいいくらいに晴れ渡った空、誰もいない場所で、顔を赤くして何やら照れている美少女——。


 ……はっ! まさか⁉ 俺は今、告白をされようとしているのでは⁉


 そう考えて、その考えを即座に否定する。なにしろ相手はあの太知だ。

 今まで告白された相手を全て雑に振るくらいに、色恋沙汰にまるで関心が無さそうな、あの太知だ。

 そんな太知が実は、俺のことが好きで他の人を振っていた? 

 ……いやいや、そんなラブコメ展開がリアルで起こるわけじゃあるまいし。ありえないって。


 ——そうは思っても、この状況は完全にラブコメの「それ」だ。何もかもが一致している。

 どうやら俺は、自分でも気づかぬうちに太知の心を鷲摑みにしていたらしい。……あぁ、俺はなんて罪深い男なのだろうかっ!


 と、ついさっき教室で、太知に告白して無惨にも散っていった奴らを馬鹿にしていたことも忘れて、俺はこれから太知に告白される気満々だった。

 そんな俺の頭の中身を知りようもない太知は、意を決したように大きく息を吐いて、吸う。

 そして——、


「アタシをVチューバーにして欲しいんだ——‼」

「————は?」


 完全に予想外。いきなり後ろから頭を殴られたような衝撃に見舞われた。いわゆるノーマーク、ノーガード。そんな感じだ。

「いや——え……は?」

 

 あまりに突拍子のない用件に虚を突かれ、頭が混乱する。太知が言ったことが理解できず、頭に疑問符しか出てこない。


 ——ぶいちゅーばー……? 何を言ってんだ、こいつは。


 そんな感じに。

 いや、もちろん「Vチューバー」という存在自体は知っているけど。

 Vチューバーってアレだろ? ゲーム実況の配信とか、リスナーとの会話を配信でしてる、可愛いイラストが動くやつだろ? 

 中の人が動くとイラストも動くっていうアレだよな? それは知ってるけど、なんでお前はいきなりそれになりたいと思ったんだ? 

 そして、なんでそれを俺に言う? 自分一人で勝手にやればよくないか? 俺の許可要らないよね?

 

 そんな疑問——もとい、ツッコミどころで俺の頭は満たされた。


「アタシはどうしてもVチューバーになりたいんだ! どうしても!」

「そ、それは分かったよ。でも、それなら一人で目指せばいいだろ? 俺に言う必要なんてないぞ」

 ぶっちゃけ、Vチューバーなんて他の人の協力云々よりは、自分一人で達成を目指すものだろう。

 まぁ、イラストレーターと似たようなもんだ。

 結局のところ一人で頑張るしかない。面白い喋り方とか、そういうのを。

 自分で研究して、自分のモノにする、それの繰り返し。いわば個人競技だ。


「違う、どうしてもお前じゃなきゃダメなんだ——! 頼む! お前の力を貸してくれ!」


 ……はて? 俺に力なんてあったか? 

 そうやってとぼけたかったが、残念ながら気付いてしまった。太知は、おそらく俺に「Vチューバーのイラストを描いてくれ」と言っているのだろう。

 たしかに、Vチューバーになるのであればイラストは必須。生命線だ。だから「アタシをVチューバーにしてくれ」なんて、他力本願のような言い方になったのだろう。


 ——個人競技なのに。


「そういうことなら俺は力になれない。悪いけど。……ってことで、俺は教室に戻らせてもらう——」

「——おい! 待てよ! まだ話は終わってねぇぞ!」

「痛……痛い痛い痛い! シャツの襟をつかむな! 首が絞まるだろ! あと、話はもうお終いだ! どうせ「Vチューバーのイラストを描いてくれ」とか言う気だろ!」

「なんで分かったんだ……⁉ いや、分かってんならいい。アタシの為に描いてくれ!」

「だから、それをさっき断ってんだよ! イラストは描きません! お前が何を言っても絶対描きません‼」

「ふざけんな! お前、イラスト書けるんだろ⁉ なんで描いてくれねぇんだよ! 頼んだだろうが!」

「頼まれたからって何でも出来るわけないだろ! 俺は「青い猫型ロボット」かっての‼」

「……は? 青い猫型ロボット……? なに言ってんだ? お前」

「え——知らんの? お前」

 俺がそう返すと、太知はポカンと口を開けたまま「知らねぇ」と言った。

 このジョークが通用しないとか嘘だろ? お前は今まで何を見てきたんだよ。

「と、とにかく! 三千喜にはアタシがVチューバーになる為にイラストを描いてほしいんだ! 拒否権はない!」

「それこそふざけんな。拒否らせろよ。——お前がどこで、「俺がイラストレーターをやってた」ことを知ったのかは知らないけど、今はもうイラストを描いてないんだ」

 太知が何を言おうと、これだけは譲れない。というか、本当にイラストが描けないんだ。だから、いくら頼まれても引き受けられない。引き受けようがない。


「——どうしても、描いてくれねぇんだな?」

「あぁ……悪いとは思ってるよ。本当に。その代わり、お前の夢は応援するからさ。なんでVチューバーになりたいかは知らんけど」

「そうか…………」

 

 そう言って、太知は肩を落として俯いた。長く綺麗な銀髪が太知の顔を隠して、何を考えているか表情からは読み取れない。

 だけど、落胆しているのは間違いないだろう。そりゃそうだ。

 太知からしてみれば、俺の一言で自分の計画が狂ってしまったんだから。俯いて、ため息の一つくらい吐きたくもなる。

 

 ——ただ、俺の前でそれを態度に出すのは止めて欲しい。罪悪感で居た堪れなくなってくるから。

「——よし」

「ん……?」

 そう思っていたのに、太知はまた、俺の予想に反して吹っ切れたように一息ついた。

「放課後、もう一度頼みに来るから。絶対先に帰んなよ」

「は、いや——さっきの話聞いてたか? 放課後だろうが何だろうが、俺は引き受けないから……」

「いいな? 絶対、先に、帰んなよ————?」

 一言ずつ、釘を刺すように言う太知の迫力に、俺は頷くことしか出来なかった。こういう所を見ると、本当に太知はヤンキーなのだと、改めて思い知らされる。

「あ、あぁ……分かったよ。放課後、太知のことを待ってればいいんだろ?」

 これ以上何を言っても聞いてくれなさそうな太知に、俺は渋々そう返した。

 すると太知はまた、俺の想像を優に超えた反応をする。

「——うん! 約束だかんな!」

 心底嬉しそうに、年相応の少女らしい柔和な微笑みを浮かべて太知は言った。その笑顔に、俺の心臓はどきりと跳ねる。

 

 たかが口約束、しかも、俺はテキトーな言い訳をつけて帰ろうとしていたのに。


 そんな笑顔で、とても嬉しそうにそう言われたら帰れないじゃないか。

「——約束……な」

 気持ちのいい快晴の下。爽やかな天気にも負けないくらい、嬉しそうな表情をする太知の顔がまともに見れない。俺の顔は今きっと、茹でだこにも負けないくらい、真っ赤に染まっていることだろう。

 

 だって、顔を背けないと「約束」の一言すらまともに言えないのだから。


「……じゃあ、アタシは先に授業戻ってるわ!」

 顔を背けて固まる俺に、太知は何も感じなかったのか、満足げに屋上を後にした。

 そうして一人取り残された屋上で、俺はポツリと呟いた。

「——ズルいだろ。今のは……」

 今まで太知のことは、「美少女」だと思っても可愛いとは思わなかった。なにしろ、見た目は良くても可愛さが皆無な性格をしているんだ。可愛さなんて欠片もない、美少女ヤンキーとしか思っていなかったのに。


 たった一瞬、たった一言で、不覚にも俺は太知のことを「可愛い」と思ってしまった。


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