元イラストレーターと不良少女 1.1

「————という訳で、ここの答えは……」


 新しく一週間が始まる月曜日。多くの人が憂鬱な気分になっている朝から、「数学」なんていう誰も望んでいない授業に俺はあくびをついた。


 ——窓の外を見ながら「退屈だな」なんて思って。


 そのまま教室の中、隣の席に目を向ける。

 存在するだけで退屈しない、隣のヤンキーさんはまだいない。アイツが登校してくるのは大体昼休みが終わるころ。つまり、まだ出勤時間じゃないという訳だ。

「————はぁ……」

 それが少し残念で、俺——三千喜みちき創哉そうやはため息をつく。

 別に、太知と仲がいいとか好きという訳ではない。ただ、太知は美少女なのだ。

 ヤンキーならヤンキーらしく強面でいればいいのに、あろうことか美少女なのだ。そこに居るだけで華になるし、見るだけで目の保養になる。

 見開いている訳でもないのに大きい両目。すっと通っている鼻筋。透き通った肌。触るとプルプルしそうな、艶やかな唇——などなど。太知が美少女である理由を挙げ出したらキリがない。


 そんな、人生の勝ち組が決まったような容姿を持っているからか、太知の男子生徒人気はもの凄く高い。詳しくはしらないけど、週一くらいで告白されている時期もあった。


 ただ残念なことに、それらをすべて無に帰すほど、太知の性格は粗暴だ。


 教室のドアは蹴るわ、机の上に足をのせるわ、口より先に手が出るわ。とにかく太知の行動は荒々しくて、雑で、乱暴でしかない。それがヤンキーと言われる所以でもあるのだが。

 太知に告白した者たちは、わずかな違いはあっても皆一様にボコされていた。

 それ以来、「太知に告白しよう」なんていう考えなしの愚か者は消えていった。


 ————少し考えれば結果は分かるだろうに。


 当然、俺はそんな愚か者じゃない。

 そもそも、ヤンキーと呼ばれている時点で内面に難があるのは確定事項。そんな奴と付き合ったとして、絶対に楽しくなんかないだろう。

 俺は別に「外見より中身が~……」なんて、聞こえのいいお世辞を言うつもりはないが、内面は人間にとって非常に大事な要素なのだ。

 いかに外見が美少女であろうとも、中身がオッサンじゃ幻滅するだろう。

 友達として見る分にはそれで構わないけど、少なくとも恋愛対象にならないことは間違いない。


 そう思っている俺がなぜ、太知がいないことを残念に思ったのか。それは俺が、太知のことを「被写体」として見ているからだろう。

 口調や行動はヤンキーそのものな太知だが、黙ってじっとしていれば美少女だ。おまけに、現実でやるなんて頭が悪いとしか思えない派手な髪色をしている。

 言い換えれば、太知には「華がある」のだ。そんな「花がある人物」を描くと「絵」になる。

 どういうことか分からない、と思うのであれば集合写真を見て欲しい。似たような髪色をした集団の中に、「銀髪に水色のメッシュ」髪をした人が居たらどうなるか。

 間違いなく、その人が主人公になるだろう。つまりそういうこと。

 絵描きからすると、「絵」になる人を描くのは楽しいのだ。「清楚系」なんて呼ばれる黒髪の地味な子を描くよりは、銀髪だろうが金髪だろうが派手な子を描いた方が楽しい。


 ——と、こんなに俺が「絵」に関して口うるさいのは、俺が「絵描き」だったからだ。


 かつて……とは言っても中学生の時だから、そこまで昔じゃないけれど。俺はれっきとした「イラストレーター」だった。

 まぁ……お察しの通り、今は絵なんて描いてないし、描きたくても描けないのだけど。

 それでも、想像する分には楽しい。太知をイラストにして描いたらきっと、メチャクチャ可愛いキャラになるだろう。

「————あ、やべ」

 そんなことを考えていたら、いつの間にか黒板にびっしりと板書されていたものを先生が消し始めた。それに慌てて、既に手遅れかも知れないが書き写そうと、シャーペンを手に持った時。


 スタァァン————————‼


 授業中の教室にデカい音が響き、クラス中が教室後方のドアを一斉に見る。

 そこには、片足を上げたままの太知が立っていた。

 おそらく、というか、毎度のことながら、教室のドアを蹴り開けたのだろう。

 遅刻、しかも授業中。そしてさらにドアを蹴り開ける。そんな派手な登校をかました太知に、クラス中の視線が集まった。

 しかし太知は、そんな無数の視線に怯むことも無く俺の隣の席まで歩いてくる。


 ——いつものことか。

 

 誰しもがそう思ったことだろう。先生は黒板を再び消し始め、クラスメイト達は前に向き直り、俺も書き写しを再開するべく前を向いた。

 

 しかし、太知はなぜか自分の席に座ろうとしない。それどころか、何かを言いたそうに俺のことをジッと見つめている。

 

 太知が今まで、俺をジッと見つめてくることなんてあったか? いや、無い。

 なんか、よく分かんないけど怖い。

「お……おはよう、太知。あれだな、今日は随分と早い出勤だな————!」

 俺は太知に黙って見つめられるのに恐怖を感じて、とりあえず挨拶した。

 ——太知のことを初めて怖いと思ったかも知れない。「黙っていれば美少女」だなんてさっきは思っていたが、とんだ間違いだ。大間違いだ‼ 太知は黙っていてもヤンキーでしかない! お願いだから、なんか喋れよ!

 そんな事を胸中で叫んでいた時、太知がやっと口を開いた。


「おい、三千喜。用があるからついてこい」

「は……っ?」

 用があるからついてこい——? 俺は何をやらかしたんだ⁉

 いや、ちょっと待て。何もやらかした記憶はない。心当たりがなさすぎる。そもそも、コイツが俺に話しかけてくること自体滅多にない。その逆も同じく。


「用がある——ってなんだよ。俺、お前になんかしたか……?」

「いや、そうじゃねー……っていいや、説明すんのもめんどくせー。——行くぞ」

「……は⁉ ちょ、おま——‼」


 俺は太知に突然腕を掴まれ、力任せに引っ張られた。そして、情けないことにそのまま引きずられてしまう。全力で抵抗しているのに、太知はまるで意に介していないらしい。

 抵抗も空しく、ずるずると引っ張られていく。ヤンキーとはいえ、女子に力で負けるのは結構心に来るものがあるな。

「——おい、太知! 今は授業中だ! お前はもう勝手にすればいいが、三千喜を巻き込むんじゃない‼」

「先生……!」

 まさか、先生が太知を叱ってくれるとは思わなかった。

 いつも太知の校則違反を見逃しているのに、今回は授業中だってこともあるだろうが、感動して思わず先生の方を見た。

 

 ——が。


「あぁ……?」

「ひ——ッ‼」

 先生は太知にたった一睨みされただけで鋭い悲鳴を上げ、委縮してしまう。なんとも情けない。太知に引きずられている俺が言えたことじゃないが、情けない。


「んだよ?」

「い、いや……何でも——好きにしなさい。私はもう、知らない……」


 おいアンタ! それでも教師か⁉


 思わずそう言いたくなることを、先生は平然と言ってのけた。いやまぁ、気持ちは分かるけども。太知に睨まれたら俺も怖いけども。

 それでも一応大人なんだし、そこは太知の暴走を止めて欲しかった。というか俺は、これからどこに連れていかれるのだろうか。

 

 ——そんな取り留めもないことを考えながら、俺は太知に引きずられ続けた。

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