第9話 変態姫の片鱗

「これすごいな、うちの家でも集めようと思ったらそれなりの準備が必要な数だよ。」


ウルスラは感心した様子で敵軍を眺めている。


敵軍の切れ目が360度どこにも見当たらない。

驚異的な規模の弓騎兵だ。

敵はゆっくりと近衛兵団を囲むように距離を縮めてくる。



「そろそろか。」


ビュフェスがそういうと、矢が空を切る音が次々と聞こえてきた。

敵は弓の射程より近づこうとはせず、遠巻きに矢を射掛けてくる。


「ふむ、なかなか敵の統率が取れている。隊を分けて一当てさせようかとも思ったが、、、分散しては包みこまれて殲滅させられてしまいそうだ。」


「2時間もしないうちに私の愚息が辺境伯軍を引き連れてやってくる。だが、それを待つ必要もないか。」


「取り敢えずは射撃戦で敵の戦力を削ぐ。ダン将軍に伝令、車懸りの陣。」


「ハッ!」


伝令が届くとすぐに近衛兵団は陣形を組み替える。

6つの部隊に分かれ、そのうち5部隊がビュフェスのいる本陣を取り囲む。

残りの1部隊は本陣でビュフェスに付いた。

本陣にはペルン人の文官が居るので、下手に全軍突破などは出来ない。


既に後方からも敵が矢を放ってくる状況だが、場所によってどうしても被害の差が生まれてしまう。

車懸りの陣は本陣を中心に部隊が時計回りに回る事でその損耗を分散する陣形だ。

そして、兵士同士の間隔をあける事でまとまった的にならずにすむという効果もある。


近衛兵団の馬蹄の音が本陣の周りを回る様子は圧巻だ。

弓矢での戦いはこちらが優勢。

なにせ、精鋭だ。

国の威信を賭けて集めて鍛えた彼らが烏合の衆如きに負けるはずがない。

ランチェスターの法則なんぞクソ喰らえである。

戦いは数だよ、が成立するのは戦力として計算できる時だけ。

はっきりわかんだね。

結局のところ、練度と武装の差は全てを解決する。


両軍の矢筒が軽くなってきた頃、敵軍が弱ってくる機を見計らい、ビュフェスが残りの1部隊を率いて突撃を開始した。


「突撃!」


部隊が颯爽と両軍の間に飛び出る。

先頭はビュフェス、その後ろにはウルスラもいる。


「総員、『騎馬突撃』。敵陣の弱点を食い破り、その後敵の背面から兵団全体の突破を補助する。」


「ハハッ!」


『騎馬突撃』を発動した近衛兵達は矢を逸らすほど強力な衝撃波を正面に展開する。


ビュフェス達の駆る馬は弓の射程を即座に越え、格闘戦に移行する。


ビュフェスも2本の龍双剣を用いて、すれ違う敵の首を斬撃でつきつぎに飛ばしていた。

あまりにもビュフェスの実力が高すぎるため、剣を繰り出せば敵が死ぬという作業ゲーと化していた。


っ、、、

ぐぅぅ、、、


っ、、、

グハァッ


無言で剣を振り回し、得意の『飛燕剣』で斬撃を飛ばすビュフェスは『双燕』とあだ名されるにふさわしい戦果をここでも上げている。


ビュフェスは身長が小さめだ。

彼女が密かにそのことを気にしていることはどうでもいいとして、戦闘において身長はリーチ差に直結する。

ビュフェスは不利なはずである。


しかし、彼女はその短所を補って余りあるだけの身軽さがある。


恐ろしいことに疾走する戦馬の鞍の上で立ち、舞でも踊っているかの如く軽やかに跳ねては心臓に一刺し、頭を両断している。


龍の鱗でできた白い鎧が鮮血に染まっていく姿はルビーのような緋眼をさらに映えさせていた。


先頭で鬼神の活躍を見せるビュフェスが道を切り開くので、隊はどんどん進み、難なく敵陣を突破した。

そこまでは良かったのだが、、、


「多いな。」


長老がかき集めた一族の中でも第一陣に遅れた者たちだった。


さらにその後ろにも敵の援軍と思しき部隊がいくつも見える。


第二陣とも呼べるその軍への攻撃は弱点を狙った第一陣への攻撃とは違い、難しいものになることが想像された。


「ビュフェス殿、これはまずいぞ。突破は可能かもしれんが部隊の後ろに被害が出る。」


ウルスラもサーベルを振って敵を袈裟斬りし、勢い余って鞍と馬までブッた切る剛剣を披露していたが、流石に敵軍の陣容は分厚い。


その上、突破してきた道は徐々に塞がれつつある。

追ってくるのも時間の問題だった。


(とはいえ、そのまま本陣に戻るだけでは状況は変わらない。ビュフェス殿はどうするのかな?)


しかし、ウルスラの疑問とは裏腹にビュフェスは言葉通り本陣に戻った。


ビュフェスが言うには


「包囲の外に出た時、援軍が見えた。それも2つ。」




「走れ走れ。バートルモの姫様が待ってるぞ。」


平原をシュタント家の戦士達が駆ける。

声を張り上げて叫んでいるのはハンゲルだ。


「バートルモは交易でたんまり稼いでるから姫様助けたら報奨金貰えるかも。」


「おお!!!」


「ハンゲル、嘘つくのはイケないよぉ?」


行軍中にだいぶ飲んだのか、顔が真っ赤なレン・シュタントは顔をしかめて言った。

嘘は言ってない、とハンゲルは答える。


(実際のところ、嫁ぎに来る最中に領土内で襲われるって弁償もんな気がするがな。)


ハンゲルは、そんな不都合な事実を腹の奥に飲み込む。


「それより弓兵と戦列破壊歩兵しか連れてきてないんだけど、どうやって戦うつもりなのぉ。」


「、、、まじでそれだけ?」


「それだけよぉ。」


何故そこを連れてきた、と今更ながらハンゲルはツッコんだ。

レン曰く、


「弓兵はその辺に腐る程居るから安く済むし、数合わせには良いかなって。戦列破壊歩兵はうちの主力だから装備が田舎っぺ丸出しの狩人あがりの弓兵よりまだまし。お姫様迎えるのには最低限でも体裁整えないと。」


経済的で現実的な理由である。

確かに絢爛華麗の真逆を行くフットウント王国には儀仗兵など居るはずもない。


(まあ、儀仗兵連れて戦争するよりマシだと思うしかないな。)


中世貴族は世辞辛いものだ。

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