第7話 変態皇太子と師

ビンッ、ビンッ、ビンッ、と弦の音が鳴ると三羽の鳥がフッ、と落ちる。


ハンゲルの、その弓の技量は決して並ではない。


「お見事です。」


と言いながら一矢で三羽を射抜く隣の男には到底及ばないが。

3次元空間で矢の軌道を操る高等な魔術を馬に乗りながら用いるこの男はカミズミという。


ハンゲルの武芸の師であり、王国軍第四師団指南役でもある。


その衣服はどう見ても異国の物で前世の記憶を持つハンゲルはそれが着物であると知っている。


カミズミの小笠原礼法らしい武士の所作からみるにまごうことなき日の本生まれである。


我が身には武神が宿っていると公言して憚らないカミズミは諸々の武芸に秀でており、その中でも剣術はまさに神業に等しい。


大陸西方人のハンゲルよりも随分小さい160cmの体躯から繰り出される技の数々は変幻自在で、生来の体の柔らかさも相まって捉えどころの無い流麗さを持つ。


ハンゲルはその技をも知っていた。

そして、前世でカミズミに値する人物の名さえわかっている。


年頃の男の子、しかもオタクでもあったハンゲルが剣術に興味を持たないはずがなかった。


ハンゲルは前世の記憶から、輪や円といった曲線の軌道を重視する流派に思い至った。


『新陰流』。


前世でそう呼ばれていたその流派の開祖こそがカミズミなのだ。

ハンゲルは初めカミズミの名を聞いたとき、漢字では「神住」と書くに違いないと思い込んでいたが、違った。

彼の本当の名前は、


「上泉伊勢守秀綱」


又の名をかの武田信玄から「信」の一文字を貰い、


『上泉武蔵守信綱』


という。


いや、『剣聖』やないかい!!!、とツッコみかけたハンゲルの反応は大げさではない。


何しろ日本の剣術に多大なる影響力を持つあの『新陰流』の開祖なのだから。

そして、何より凄まじいのは彼が同時代の他の剣豪には珍しいマジモンの武将であったからだ。

名将武田信玄ともやりあったと聞く。

そして、主君筋である上州長野家が滅亡した際に武田信玄の勧誘を断って諸国放浪の旅に出たと伝わっている。


、、、のに何故かフットウント王国に居る。

ハンゲルが国に居るという噂を聞いてぜひ弟子にと言ったからでもあるが。


いつもはハンゲルの武術の稽古を見ているのだが、今回はハンゲルの護衛として付いてきた。


「ハンゲル、お主の弓の力量はとても良い、が我と比べればまだまだ未熟。」


「ぬかせ、自称300才の化け物め。」


「我は仙人故、老化なぞ十二の時の最初の山籠りで断ち切ったわい。」


カラカラカラ、と笑ってカミズミは常人には出来ぬことを口にする。


「まあ、そのおかげで身長が小さくてありがたいな。」


ハンゲルが挑発すると


「おやおや、その小さい我に一度も勝てておらんのはどこの誰じゃったか。」


と軽くあしらわれる。


「人間と化け物を同列に扱うのは良くないな。」


と悔し紛れにハンゲルは言ったがそれもそうだろう。


カミズミが扱う3m超えの直刀、曰く『韴霊剣』は拵えからしてまず常人が用いるものではない。

金属でできた太い六角棒の中に仕込まれた韴霊剣は鯉口がいくつもあり、抜き方によって槍にも長巻きにも大太刀にもなるという変わりもの。

さらに刀のなかごの先には更に脇差の刃が柄側についており、薙刀にもなる。

あまりに多機能な武器だが納刀すればただの金棒である。

あまりにもでかいが。


さて、この長さ3mの武器で神速の斬撃を放つカミズミに対抗する手段はあるのだろうか。


ハンゲルはそれは無い、と断言できた。

それは神に人が挑むようなものである、と。


そんな人外じみたカミズミをハンゲルは武の師匠としては慕っていた。


(後はこいつがあんな趣味を持っていなければ多少自慢の多い年上のクソガキと思えば気が済むのだが。)


話を戻す。


何故ハンゲルとカミズミが鳥を狩っていたのかというと、今晩の夕飯のためだ。


レン・シュタントは野営地を探して今はここにいない。


「明日あたりにはビュフェス姫と合流できる、か。」


近づく運命の会合に向けて、ハンゲルは緊張と期待に身を膨らましていた。


その裏で不穏な企みが働いていることも知らず。

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