第6話 変な辺境伯の告白



ウルスラは悩む。


ハンゲルという少年がいかなる人物なのか。

それを説明するには彼女はあまりにこの世界の大人としての思慮分別に染まりすぎていた。


(ハンゲル君は傍から見る分にはあまりその異常性を感じさせない。

年頃の青年によくある、俺って『変態』なんだぜ?というアピールをすることはあるが、それは普通の範疇にある。

しかしだ。

彼は異常だ。

まああいつの魅力とはつまるところその意外さにあるのだが、果たしてそれをビュフェス殿は理解するのか?)


「ふむ、で話とはなにかな?」


ビュフェスはソファーに深く腰掛けながら口元に手をやり、ウルスラの話を聴く姿勢をとっている。


「うん。まずはおめでとう、ということを伝えたい。そして、その上で私はビュフェス殿に言わなければならない事がある。」


深刻そうな顔でウルスラが呟く。


「私は彼が、、、欲しい。」


「んん?」


どういうことだ、とビュフェスが言う前にウルスラは答えた。


「ビュフェス殿。貴女は私が未亡人であることは知っている。」


ああ、と答えるビュフェス。

貴族の嗜みとして、ウルスラがどんな人物であるのかはよくよく調べていた。


今から十年ほども前。

ウルスラは妹が王家に嫁ぐ代わりに王家からグルール辺境伯家に婿を貰って結婚していた。

夫婦仲は特別良かった訳では無かったが、それでも家庭では妻として夫をかけがえのない存在として大切に思っていたらしい。


だが、その夫婦団らんは長く続かず、夫は辺境伯と敵対する有力な馬賊集団の罠にかかり、呆気なく亡くなった。


夫の最後の言葉は「ウルスラはまだか」だったらしい。


ちょうどそのタイミングで領内の別の馬賊に対応していたウルスラは夫の元に急行したが間に合わず、生き残った従士が伝えたその言葉だけを聞き、既に冷たくなっていた夫の姿に言葉を失った。



その後の彼女は何をするにも無気力な状態が続いた。

ただ、3年前にビュフェスが彼女と初めて会った時にはその影は無かったのだ。


「私は夫を亡くした後、自暴自棄になっていた。その時だった。ハンゲル君が私を口説こうと必死に話しかけてきてくれたのは。」


「う、うむ、なるほどな。」


自分でも何がなるほどなのかわかっていないビュフェスは困惑した。


これから結婚するというのにその相手が口説いた話を聞くというのもおかしな話だ。


ビュフェスの戸惑いには気付こうともせず、ウルスラは話を続けた。


「最初は冗談だ、と思った。私は当時既に30を過ぎようという頃だった。ハンゲル君は13,4才。私は倍以上生きている。あいつからしてみれば私はおばさんだ。」


年齢的にも血縁的にもな、と言ってウルスラはさらに続ける。


「でも、ハンゲル君は本当に真剣だったんだな。それで、私もだんだんあいつのことが気になり始めた。チョロい女だと思うかもしれないが、あのときの私の傷心っぷりと言ったらなかなか見れないほどのものだったから、、、」


「今では考えられんな。」


目の前の女の印象がボロボロと剥げ落ちながら変わっていくのを感じながら、ビュフェスはそれでもなお根気よく話を聞いていた。


「うん、そうなのさ。私はあいつに救われたんだよ。それにあいつは急激に成長している頃だった。あいつの気合の入った面構えを見るにつれて私はあいつのことが好ましく思えてきた。ハンゲル君に大好きですって言われたとき、私も好きだよ、と年甲斐もなく言ってしまったくらいには。でも、そんなときも常に亡夫を思い出して、このままじゃハンゲル君に申し訳ないと思ってあいつに正直に話した事があるんだが、あいつがなんて言ったと思う?」


知るかよ、と思いながらもビュフェスは真顔で、わからん、と答えた。


「ハンゲル君はね、だからこそ良いんだよ、って言った。」


ハンゲルにしてみればその申し訳無さが良いらしい。


「その時は理解できない感性だったけど、だんだんその背徳感っていうのに興奮するようになってきた。」


ウルスラは考えをまとめようと間を置いた。

なにかを言わんとしていることに気が付いたビュフェスは神経を張り詰める。


「要はフットウント王国皇太子であり、貴女が結婚するかもしれない男ハンゲルは『ド変態』なのさ。」


ビュフェスはそれを聞き、複雑な心境であった。

結婚相手が変態と知って安堵する思いと目の前の女が言いたいことが分かったから。


「私はビュフェス殿、貴女がそんなハンゲル君を嫌だと思うなら、私は貴女に結婚して欲しくない。」


(なるほどな、理解はした。だが、私は私でその『変態』というのに興味がある。)


ビュフェスは頭を振って否定した。


「そのようなことはない。むしろ前向き捉えているくらいだ。」


「うん、貴女はそう言うと思ってた。」


(んんん???私が『変態』好きであることは知られていないと思っていたのだが。)


不審げな顔をするビュフェスにウルスラが笑いかけながら言った。


「その趣味隠してるつもりなの???貴女の周りの人間、貴女は普通人だと言うがね。私からしてみれば『変態』も同然のヤバいヤツらしか集まっていない。」


自覚は、、、無いわけではなかった。

理想が高すぎて省みることも無かった。

痛いところを突かれたビュフェスは話題を転換した。


「まあ、それはいい。で、君は具体的になにを要求したいのか。もう大体予測はつくがな。」


ビュフェスは呆れた様子でため息を吐く。

この女がこれから要求するものを聞けばこうもなろう。


「うん、私の要求はハンゲル君の側室の座だな。」


「お前は辺境伯家の当主だろう!!?そちらはどうする。」


ウルスラは少し考えた後、思い切って言った。


「息子に譲るさ。」


「正気か!?」


思い付きで引退を決意したウルスラに開いた口が塞がらないビュフェスはその後なんだかんだ要求を飲んでしまうのであった。


(この女は本当にがめつくて、なんともなぁ。)

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