第5話 変態姫と露出狂

トットットッ、と馬の歩みを進めるビュフェス。


この日はあいにくの雨模様であった。


サラサラと雨粒が降り、しっとりとビュフェスの衣装が濡れていく。


いつもは毛皮の帽子に包まれる真っ白な髪も雨の日ばかりは隠されず、滴る水と相まってその透明感はいっそ幻想的だ。


「思ったより降るな。」


ビュフェスの正直な感想だった。


「気候が違うのでしょう。」


隣でポンチョに身を包んだ女が言った。


「来る前に商人から聞いてきたのですよ。」


女は自慢げに答えた。

本当に、エヘン、私賢いとでも思っているらしい様子だ


「なるほど、な。ところで、、、」


ビュフェスは水を指す。


お前はそのポンチョの下に何も着ていないだろ、とビュフェスが指摘すると、その女はニタニタ笑みを浮かべながら


「その通りです。よくお気づきになられました。まさか主君に知られるとは臣下として栄誉の極み!」


と言って、クネクネと身をよじる。


「そのキモチワルイ動きをやめろ。そして、栄誉でもなんでもないだろうが。」


ビュフェスは露骨に嫌そうな顔をする。


この女、シュエルという女はいつもそうなのであった。


『露出狂』。


彼女はそういうタイプの変態であった。


一応仕事をしている時は頼れる、らしい。

こんなのでもビュフェスが幼少期から手塩にかけて育てている。


褐色というほどでは無いが、とても健康的な肌をしている彼女は同じくビュフェスに付いてきた文官同様にペルン人であった。

ただ、彼女は文官ではない。


ビュフェスの専属給仕。

要はメイドである。


彼女いわく、一家に一人欲しい護衛毒見変装潜入撹乱暗殺色仕掛けなどなど、なんでもござれなスーパーメイド、らしい。


実際にその手腕はビュフェスも認めるところで、数多くの暗殺者を葬って主君を守ってきた実績もある。


忠誠心も本物で一部で『狂犬』と呼ばれている。

ビュフェスは、噛みつくわけでもあるまいし、と噂を軽く受け流していたが、ビュフェスの知らない間に裏ではバートルモ内の反対勢力をコテンパンにしていた。

シュエルとはそういう女である。


「シュエル。ダン将軍はどこへ?」


「一足先に野営地を探しにゆくとおっしゃっていましたが、それにしても遅いですね。」


「なにかトラブルでも会ったのかな?」


「あっ、話していたらダン将軍が戻ってきたようです。」


ダン将軍は整備された街道を馬の蹄で、バシャバシャさせながらこちらに向かってきた。

一人の、ビュフェスとは旧知の仲である女性を連れて。


「おお、ビュフェス殿。久しいな。」


「ウルスラ。うむ、久しぶりということになるのかな。手紙のやりとりは続けておったからどうも感覚がな。」


「ははは、相変わらずだな。うん、私もそう感じるよ。」


ウルスラはこの辺りの平原一帯を支配しているグルール辺境伯であり、前回のフットウントとバートルモの停戦交渉を取りまとめた人物でもあった。


実はウルスラがハンゲル皇太子とビュフェス姫の婚姻を強引に推し進めてもいるので、今回の件の黒幕とも言える。


「ふむ。でウルスラ、君は何をしに来たのかな?まさか、道案内というわけでもあるまい。」


シュタント侯爵がそのためにこちらを目指しているそうだしな、とビュフェスは付け加えた。


「まさか、そんなことはしないさ。私はただ、あなたが結婚するであろうハンゲル君のことを教えるために来ただけだ。」


、、、ビュフェスに電流走る。


ここに来るまでの道中で行き交う人々や補給のために寄る村々を通じて、ある程度ハンゲルの情報を仕入れていたビュフェスだが、その情報は整合性は取れるもののお世辞にも確度が高いとは言い難いものばかりだった。

その点、目の前のウルスラは義理とはいえ、ハンゲルの伯母にあたる。

外戚という立場なのだから、ハンゲルの内面に関しても踏み込んだ情報を持っている。


ビュフェスとしては喉から手が出るほど"欲しい"情報だった。


今までの情報からして、ハンゲルが『変態』か、それに準ずる"レベル"であることは確証が取れていた。

ハンゲルの奇怪な性癖はフットウントの商人の間でも随分話題になっていた。

ハンゲルが転生者であるということも、彼が『変態』であることを後押ししていた。


しかし、慎重なビュフェスは一抹の懸念があった。


(万が一、、、万が一にでも彼が『変態』でなかった場合、今までの噂が嘘八百のデマゴーゴスもびっくりするほど扇動的なデマだった場合、、、つまり彼が"常識人"であったなら、、、)


、、、


(下手にツッコんだ話をしてしまえば、私は今後永遠に避けられてしまう!!!そして、私は不老の身体で一生笑い者にされてしまう。後世の歴史家に何を言われようが構わないが、私が生きているとなれば話は別だ。このままいけば教科書に載る事ができる知名度が既にある上で、「ビュフェス姫のあまりの変態ぶりに夫は距離を置いた。」などと同時代の人間に同時代の教科書に書かれてしまえば、、、オシマイダー。)


いつものビュフェスらしからぬ思考が高速で展開され、ますますハンゲルの情報をウルスラから仕入れる重要性を理解したビュフェスは話を聞こうとして、ふと気付いた。


(この女はただでは情報は渡さん。)


これがバートルモの貴族ならば訊けば一発で答えるのは間違いない。


しかし、目の前の手合いはバートルモによくいる戦場を駆けるアホとは残念ながらアタマの出来が異なっていて、戦さだけでなく、人間関係の駆け引きもできる女である。


前の停戦のときには戦況がバートルモの有利であった状態にも関わらず、なんだかんだと理由を連ね、一寸の領地も賠償金のびた一文すら払わずに停戦させた女でもある。

ガメツイ。


ビュフェスはそんな面に共鳴して、停戦後に文通する仲になったわけだが。


「情報をくれ。条件はなんだ?」


「うん、話が早くて助かる、、、が、外で話せる話ではない。この先に君たちの宿泊の用意をした村がある。そこで話そう。」


ウルスラは周囲のダン将軍やシュエルといった人物を過剰に気にしながら言う。


ビュフェスは違和感を感じた。


戦となれば先陣を切ってサーベルを振るうような豪傑としてバートルモにも名が轟くウルスラが、今日は虫でも食っているのか、というくらいの苦い顔をしているからだ。


(込み入った言いづらい話題があるのだろうがな。)


言われるがままに雨降る道を急ぎ、一行はとある小さな村落に到着した、、、

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