第4話 変態がゆく
※歴史の語り部A
お姫様を迎えに行くことになったハンゲルは唐突に修羅場に遭遇していた。
「ねえ、ハンゲルぅ~」
レン・シュタントは馬上で酔っ払いながら、蕩けきった声でハンゲルを呼ぶ。
「なんだよ、レン、、、」
「ねえ、ハンゲルぅ~。」
レンの顔は段々と泣き顔になってきた。
ハンゲルが危機を察知した頃にはもう遅かった。
「ハンゲル、あたし、捨てられちゃうのぉ?」
いかにも、"かわいそうな女"感を出しながら涙目で、上目遣いで言ってくる。
「結婚するから、あたしのことなんてもう良いんでしょ。」
グスッ、グスッ、と涙と鼻水をダラダラ流して言うのだ。
「おい、お前、そういうタイプじゃないだろ。酒飲んだら全部忘れちゃう割り切りの良すぎるタイプだったろ?そんな粘着質なタイプじゃないのに。」
レンは、今日はそういう気分なの、と言うとまた悲しげな顔をしだす。
「あなたの『変態』性なら、きっと女の子を捨てて興奮する癖もあるのよ。そうに違いないの。」
「いや、誰だよ、そのヤバいヤツ。」
レンの言うシチュエーションに少しグッときていることを隠しながらハンゲルはツッコんだ。
「、、、ビュフェス姫、きっと美人さんだよね、あたしより、、、」
明らかにネガティブモードなレンにしびれを切らしたハンゲルはついつい言ってしまう。
「大丈夫、大丈夫。捨てないから。」
ハンゲルがそう言うと、レンの機嫌はみるみるうちに回復して、
「側室でも良いんだからね?」
と嬉しそうに言った。
(しまったな。)
ハンゲルはあることに気付いた。
この芝居全てがハンゲルの優しさに縋ろうとするレンの巧妙な罠であることに。
その証拠に彼女は婚約記念だとかぬかして楽しそうに祝杯を挙げている。
後で適当に誤魔化せばよかろう、とハンゲルはそのことにツッコまなかったのだが。
(別に結婚するなんて一言も言ってないしな。)
*
唐突だが、ハンゲルのいるこの世界には魔力というのがある。
東洋から来た者などはチャクラや気などと言うこともある。
この世界の住人たちは多くの者が"魔力"を使い身体を強化したり、"魔術"と呼ばれるスキルのようなもので生活を豊かにしていた。
文字通り『神の恩恵』として人為的、いや神意的に作られた魔力は極めて厳格な法則があり、魔力の性質を研究する学問も盛んだ。
これを"魔法"という。
魔力の体内循環や体外放出などの"魔導"、また脳内イメージを具現化する"魔術"とは異なり、再現性が極めて高い魔導法則を研究する他、古代の魔法や神話時代の奇跡を解明し、全ての人々が魔法を使えるよう魔法陣や神聖文字の形で保存している。
魔法を扱うには普通かなりの訓練を必要とする。
神聖文字を理解し、呪文を覚え、魔法陣をイメージして魔法の発動に十分な魔力を注ぎ込む事が一通り出来るようになるには才能ある者でも5年はかかる。
それでもクオリアの精度によって魔力効率が大幅に変わる"魔術"に比べ、再現性の高い魔法は戦争において特に有力な手段となる。
だが、魔法使いを育て上げるには時間がかかる。
そのため、古代から研究されてきたのが魔力を効率的に伝えられる魔導陣と繊細で不安定なクオリアを代替する神聖文字であった。
魔法陣や神聖文字は魔法そのものを理解しなくとも、魔力を注ぎ込むだけで大魔法使いの魔法をも使えるようになる画期的な発明だ。
ズブの素人でもそれらを組み合わせれば魔法を発動すること自体は簡単にできるようになる。
とはいえ、魔力だけ大量にある素人が戦争に出て活躍できるほど、戦場は甘くない。
この世界の『騎士』階級は防具に対魔法防護のエンチャントを付与しているため、魔法の存在はそれほど重要ではない。
無論、エンチャントされた鎧兜は安いものではない。
だが、それこそがこの世界で長々と封建制度が続いている理由でもある。
それ故に戦場は魔導と魔術に長けている魔法使いの他は余り魔法を見る機会がない。
攻城戦で多少お目にかかることがあるかないか、といった世界だ。
自然、この世界でもハンゲルの前世の歴史同様に質量と筋肉でぶっ叩くのが戦場では一番効く。
さらに戦士は魔導を用いて魔力を身体に纏わせ、筋力や俊敏も高い。
そして稀に魔術を駆使して世の理から外れた技を使う者さえいる。
前世の記憶を持つハンゲルにとって、この世界の戦争は酷く凄惨である。
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