第3話 変態道中膝栗毛
ビュフェスはバートルモの都を出発し、ゆっくりとフットウントへの旅路を進んでいた。
風景は既に山と海と平原の故郷を遠ざかり、森林や山岳の様相を呈している。
地球でいうカルパティア山脈の近くである。
「フットウントというのは毎度のことながら難儀なところにあるものだな。」
ここでビュフェスが言っているのはフットウントの都の事だ。
地球と同じくウィーンという名前のこの都市はドナウ川を流れる大量の水が削り取った場所で、三方を山地に囲まれた典型的要害の地である。
辺り一帯の森林地帯には数多くの魔獣が生息しており、開墾もあまり進んでいない。
これほど魔獣が多い地域も珍しいと言われる程で、領民達は魔獣を狩って食料にするほか、そこから素材や魔力石と呼ばれる魔力が凝縮された物質を採取して販売することで生活している。
重要産業だ。
しかし、魔獣の存在が国の発展を阻害している。
これこそが国土の広いフットウントが精々中堅国止まりである理由だった。
その反面、その軍事力は強大で一度有事となれば領民達が各々自慢の弓を持って領主の元に集まり、敵に矢を射掛けまくって撃退している。
「その優秀な弓兵と峻険な山地ゆえ、我が国は彼の国へ迂闊に侵攻できませぬからな。」
馬上のエーゲルは鬱蒼と茂る森を見ながら唸るように言った。
ビュフェスは悠々と馬を操りながら、ふむ、と納得したように言った。
「あの
(バートルモの王国軍の主力は騎兵だ、山の中の戦は避けたかろうな。)
戦さ馬鹿には戦さ馬鹿なりの理屈があるものかとビュフェスが苦笑いしていると、伝令が馬を寄せこちらに向かって叫ぶ。
「伝令!魔狼の群れが偵察を行っていた部隊に向かって攻撃を仕掛けて来ております!」
ビュフェスはすぐさま戦闘時の緊張を飲み込み、距離と頭数を聞くと隊列から飛び出した。
「第一中隊、我に続け!」
蹄の音が大地を鳴らし、近衛兵が弓に矢をつがえてビュフェスを追った。
そうたいした時間もかからぬうちに地鳴りは止み、そのときには数百の魔狼の群れを一匹残らず包囲殲滅完了。
負傷者ゼロ。
不慣れな土地にも関わらず、これほどまでに鮮やかな戦いぶりを見せる近衛兵団に流石の実力だと褒めながらビュフェスは内心、
(ふむ、我が近衛兵団がおればフットウントも落とせるのではないか?)
と物騒なことを考えていた。
*
同日、ハンゲル視点
俺は緊急事態だと言われ、国王(つまり、俺の育ての親)に呼ばれた。
嫌な予感しかしない。
国王の執務室に入ると、文字通りフットウントの大臣級が勢揃いして何やら険しい目をしている。
「ハンゲル、お前には今すぐお姫様を迎えに行ってもらう!」
「はぁ!?」
思わず驚く俺を気にかけることもなく、親父殿は説明を始めた。
「あの馬鹿の
事情が掴めない。
ただただ、、、嫌な予感ばかりがする。
「それはそのビュフェスというお姫様が既にこちらに向かって来ているってことか、親父殿。」
「ああ、その通りだ。随行には高級役人を含んだペルン人文官が20名程、後は、、、あの国随一の精鋭たる近衛兵団が、、、丸ごと。コイツラが来るというだけで胃痛ものだが婚姻の暁には全員姫様に引っ付いてこの国に居着く気だと。」
つまり、この交渉団は全てビュフェス姫の子飼いで、結婚すればただで手に入るってことぉ?
「お得ですね。バーゲンセール並の大安売りですよ!」
「バーゲンセール?いや、確かにお得なのだが、それどころではない。今まさに来ているのが問題なのだ。」
なるほど、それで迎えに行くという話になるのか。
親父殿も大変そうだ。
まあ、俺以外に行くやつはいないだろう。
「それで今俺が率いてる第四師団から数百位引き抜いていきゃいいのか?」
「いや、兵士は別に用意した。なんなら迎える使節の長はお前ではない。」
俺以外にそんな役ができるやつがいるか?
大臣連中はここで今後のことを決議せねばならない。
だからといって、下っ端役人を送るわけにもいくまい。
最低でも伯爵以上の貴族の家長で、、、ってあいつかよ、、、。
「一応聞いとくけど誰?」
「多分お前の予想通りの人物だ。レン・シュタント侯爵に行ってもらう。」
うわぁ、予想が当たってしまった。
「というわけで、入ってこい。」
「はっ!」
で、もういるんかい。
「シュタント侯爵家家長、命令を遂行致します。」
「うむ、酒の入ってい"ない"お主はあまり安心できないが、見事成し遂げてくれ。」
「ははっ!」
珍しいな、アルコールの回っていないレンを見るのは。
まあ、それは良い。
「親父殿よ、シュタント家がやるってなら、俺は何を、、、」
「そこよ。」
と親父殿がニヤリと笑いながら言う。
いや、どこだよ。
「お前には潜入調査をしてもらいたい。」
ぐげぇ。
嫌な予感が臭って、、、
「今回の交渉、正直に言ってこちらから打てる手はそれほどない。全ては奴、ビュフェス姫の考え次第だ。究極、この段階から手のひら返しというのもあり得る。これに関してはなんともわからん。故に、、、」
親父殿は一呼吸おいて、グッっと息を吸うと吐き出すように言った。
「故にお前には交渉までにあのお姫様を惚れさせろ。」
「はぁ?正気かよ、親父。」
「正気も正気だ。」
つい親父と言ってしまうくらいの衝撃を受けたが親父殿は真剣な面持ちだ。
笑い飛ばすこともできない。
「堕とせ。お前ならできるだろう。信じているさ。なぁ、ハグレモノで『紳士』な息子よ。」
「、、、」
俺が黙っていると親父殿はさらに続けた。
「『紳士』ならば女性の一人や二人くらい堕として来たのだろう。なあ、レン。」
「、、、はて、"私の身"に覚えはありませんが。」
「レン。誰もお前の"身"についての話などしておらんよ。真面目だったお前を酒場にハンゲルが連れ込んだ後、"お前の身"に何があったかは知らないが。」
親父殿が言い終わるやいなや、レンはすっと青くなった後、顔を真っ赤に染め上げた。
恥ずかしそうに目を閉じながら。
「っそ、そうですね。私は何も、、、知りません。」
「そうじゃな、その後のお前は妙に酒飲みになり、妙に有能になって、ついでに妙なことも言うようになったな。そのこと以外、私も何も知らん。」
親父はクックックと意地悪そうに笑っている。
この親父、まじで全部知ってんじゃねーか。
いや、ある程度把握しているとは思っていたが。
レンをからかって満足したのか、親父殿はまた真剣な顔に戻って、話し始める。
「とにかく、ハンゲル。お前にはできる。なんとなくだが、父親としての勘がそう囁いておるのだ。」
「わかりました、親父殿。必ずや。」
「よし、それでこそ我が息子。すぐに出立しろ。二人共、下がってよし。」
「「ははっ。」」
*
「はぁ〜、やってらんない。ねえ、ハンゲル?」
どうも宮殿を出た瞬間に酒を飲んでしまったらしいレンはさっきの親父殿の発言が気に入らないらしい。
「あたしとあなたの秘密の逢瀬がなんであいつにバレてるのよぉ〜。」
もうすでに出来上がってしまっているレンの愚痴を聞き流しながら、俺はその時のことを思い出していた。
(別に逢瀬ってほどのことでもないけどな。いや、そうでもないわ。)
事は数年前。
シュタント家の前当主だったレンの祖父は不治の病で瀕死の状態であった。
レンの両親はそのときよりも前にいずれもこの世を去っていた。
彼女には兄弟姉妹もいない。
なので、彼女はシュタント家直系で唯一の相続者で跡継ぎだった。
それもあってか、当時の彼女には逼迫感が常に漂っていた。
そして、レンは祖父の代理として、14の年で参加した戦争でとあるミスを犯してしまった。
といっても、彼女のせいではない。
年若い彼女を信用しなかった一部の寄子達が勝手に暴走し、結果的に戦いを敗北寸前に陥れてしまった。
最後には勝ったため何か不利益があったわけではなかったが、本人にとっては辛い出来事になってしまっていた。
そんなとき、"たまたま"見かけた俺が酒場に誘ったらノコノコ付いてきたという話だ。
無粋な話だが未成年飲酒という概念はこの世界にないので悪しからず。
そもそも、レンとは同い年の幼馴染である。
中央の武官の役を担っているシュタント家は王家との結びつきも強かったので小さい頃からよく会っていた。
だから、決して「どしたん、話聞こか?」みたいな卑猥な話ではないのだ。
今回は変態を増やす予定は無かった。
いや、そのつもりだった。
酒場で飲んでいた最初は部下についての不満を聞かされた。
次に私はあのときなにか出来たんじゃないかという話を聞いた。
あのときというのは寄子が暴走したときのことだ。
俺はそれを聞いた時、すぐに否定した。
お前のせいじゃないぞ、と。
しかしだ、酔っていて自暴自棄になっていた彼女はもうネガティブな考えしかでてこなかったらしい。
しきりに
「自分はだめな子だ、、、本当にだめな子だ」
と呟いていた。
それでも俺は大丈夫だ、と言っていた。
しかし、残念なことだがその頃の俺の頭の中は恥ずかしながら、レンの、歳の割に大きな、その2つのπのことしか考えていなかったがな。
なにせ、彼女が14なら俺も肉体年齢は14だった。
男性ホルモンが人生の中で過去一ドバドバ出ている男が無防備な幼馴染を見ればそうなるのも当然だと信じたい。
それまでのレンは真面目で朴訥な雰囲気だったから、こんなに弱って元気のない様子は見たことがなかった。
無防備にはだけた胸元も、
酒でさらに赤く染まった唇も、
愛らしい伏せ目がちな
初めて見るものだった。
それにその時に気付いたことだが、彼女はとても可愛らしい顔に育っているということだ。
幼い頃、ただひたすら剣を振って、俺と試し合いをしていた昔の彼女と比べれば想像もつかない。
俺はそのギャップに萌えた。
心の臓が掴まれるような感覚に陥り、息が止まりそうになるほどに俺はレンの可愛さに撃ち抜かれた。
その時、レンが言った。
「ハンゲルはどんな人がいいと思う?」と。
たぶん、レンの奴は今の自分が目指すべき人物像を聞いただけだと思う。
けれど、俺は前述のような状態だった。
酒に呑まれた勢いも相まってついこんなことを口走った。
「ん〜。素面だとめっちゃ真面目でかっこいいのに飲むと可愛くてめちゃくちゃエッチになっちゃう職場のOL。」
、、、ただの性癖暴露であった。
その後も俺は酒を飲んでは適当なことをほざいていたが、レンは俺の言葉の意味を理解するとどんどん目の色が変わっていった。
そして。
「お客さん、閉店の時間ですから、、、」
まさかの閉店時間。
追い出された二人は当然安い宿を取り、、、一緒に一晩を過ごすことにした。
それでも、このときの俺はまだ、レンをただの幼馴染としての関係のままいようとしていた。
部屋に入るなり、レンは言った。
「初めてだからぁ、、、もう、、、寝よ?」
といつになく艶めかしく言うと、ベッドに横になり、
(おいおい、これまじかよ。)
と、緊張していたら、
「ガァー、ゴォ゙ー、ガァー、ゴォ゙ー、、、」
酔っ払い特有のいびきが聞こえる。
、、、文字通り寝ていた。
俺も寝た。
不覚にもとても快適な睡眠だった。
起きた後、レンの奴に、初めてってなんだと聞くと、顔を赤くして、
「初めて、、、って、お酒よ、お酒。そんな、、、ハレンチな、、、ゴニョゴニョ、、、なわけないじゃない、、、」
その点は未だにわかっていない。
しかし、この後のレンは酔っている時だけとてつもなく有能になり、ついでにとてつもなくエッッッロい女になるように成長(?)した。
このときこそ、俺がこの世界に来て、2人目に普通の人間を『変態』に『覚醒』させたときであった。
ちなみにレンの祖父は変態になった彼女を見て満足し、もう思い残すことはないと言わんばかりの大往生を遂げた。
*
「ねえ、聞いてる?お~い、ハンゲル〜。」
「レン。お前はすぐ顔赤くするよな。酒飲んでも、恥ずかしくっても、、、嘘ついても、な。今もまさにだけど。」
「お酒よ、お酒。全部アルコールが悪いのよ。」
お前は全部酒のせいにするつもりか!
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