第4話

あの後、私は先輩を観察してみることにした。

本来は声をかけて仲良くなるべきなのだろうが、

私はそれが出来なかったのだ。

そもそも、声のかけ方がわからない。

極力人と話す事を避けてきた。

目立たないようにするためにはこうするべきだと思っていたからだ。

朝顔たちとも、朝顔が話しかけてこなかったらこんなには仲良くなっていなかっただろう。


何度も話すタイミングを伺っていた結果、私はひたすら先輩を観察していた。

決して、変な事は考えていない。

ただ、先輩を知るために見ていただけ。


毎日先輩を見ていてわかった事はたくさんあった。

まず一つは、猫が好きなこと。

先輩は定期的に迷い込んできた野良猫と遊んでいる。

もう一つは読書が趣味な所。

先輩は見た目も言動も相まってお転婆で、

物静かに読書などしないと感じていた。

実際は毎週金曜日に決まって、図書室に行っている。

何を読んでいるのかは見えなかったが、毎週真剣に読んでいた。

仲良くなった時に聞いてみようと私は考えた。

他にも気がついことは言い尽くせないくらいたくさんあったが、

一番に思ったことはよく寝ているということだ。

絶対に猫と少し遊んだ後は寝ている。

そして必ず学園で一番大きな木の下で寝ている。

猫が必ずいることと、あの木の下が一番寝心地がいいからなのか、

見ているだけの私には分からない。


先輩について理解が深まったと同時に、

謎も深まってしまった。

少し喉につっかえたような気持になりながら、

合同練習を迎えた。

合同練習は一年生から三年生までの魔法少女たちを集め、

実践に向けた実習をするのだ。

これは交流会も兼ねている。

戦場で何か合った時に百合以外の人間とも呼吸を合わせられるようにするためだ。

まず、私達一年生は先輩たちが変身するところを見習い変身から覚える、

そこから五人組を作り模擬戦闘をするのだ。


私はただでさえ先輩とも仲良くなれていない。

一方的に知っているだけの状態、しかも未だに魔法は下手なままなのだ。

こんな人間、誰が貰ってくれるのだろうか。

下手したら、変身すらできないかもしれない。

あの時、決意したにもかかわらず、

現状何も進んでいないことに気が付いた私は絶望した。

もうあれから一か月半は過ぎだというのにこのままでは不味い。

私は入学式以来の大量の汗が出てきている。

そろそろ涙も出てきそうだ。


私は目から出てきそうなしずくを抑えるために下を向いた。

右手に優しい温もりを感じた。

後ろを振り返ると、先輩が私の手を優しい握っていた。

私はなんだか救われた気分になった。

目の前にいる先輩が女神なのではないかと錯覚してしまうほど、

先輩が輝いて見えた。

同時に押さえ込んでいた気持ちがじわじわと目から溢れ出してきた。


「え!?ど、どうしたの!?!?」


先輩はぽたぽたと涙を流す私を見て慌てふためいた。

どうしたと聞かれても、私にもわからないのだ。

この涙が嬉しい涙なのか、辛い涙なのか、

ただ、今の先輩を見ていると酷く安心することはわかった。


「だ、大丈夫です。」


私は鼻声になりながらも何とか答えた。

先輩はそんな私の背中をさすりながら、酷く優しい声色で話しかけてくる。


「泣きたいときは泣けばいいと思うよ。」


私は先輩のその言葉を合図に咽び泣きした。

六年一か月近くの涙が流れ出して止まらない。

先輩はそんな私を困ったように見ていた。


「ごめんね。」


先輩が小さく呟いた。

私は首を傾げた。

私にとって先輩は感謝すべき人間のはずで、

何故謝られているのか分からなかったのだ。

先輩は目を一度瞑り、


「大丈夫!何でもないよ!」


そう言って笑った。

それならあの言葉は何だったのだ。

そんなはずはないと言いたいが、今の私では言い返せなかった。

私と先輩は百合になってまだ間もない、元々仲がいいわけでもない、

そうやって考えると気軽に言い返してはいけないような気がした。

先輩は無理矢理作った笑顔のまま走り出した。


「この授業が辛いなら少し抜け出しちゃおうか。」


そういう先輩。

辛いと思っているのは先輩なのではないだろうか、

私はその言葉を飲み込んで先輩について行った。

走りながら周りを見てみると、

上級生達は呆れ、同級生達は驚いた顔をした人や、睨んでくる人たち、

様々な種類の視線が向けられていた。

私は朝顔と苺の事を思い出した。

二人を見てみると、苺は何やら笑顔で手を振っており、

朝顔は睨んでいた。

私は少し体を震わせた。

あんな風に睨んでいる朝顔を私は初めて見たからだ。

朝顔が睨む視線の先は私ではなく先輩に向けられていた。

朝顔があんな顔をするなんて、

この授業から抜け出そうとしている先輩が許せないのだろう。

私はここ最近よくしているため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る