第3話 苺の花と朝顔の蔓

今まで見向きもしなかった人たちが、私を見ている。

視線が一気に私に集中したことによって、段々と自分の体が熱を持ち始めた。

恥ずかしいのだ。

なんせ、こんなにも注目されるのは初めてだ。

私はなんだかいたたまれなくなり教室を出ることにした。


廊下は人っ子一人おらず静かだった。

とても落ち着く場所。

最近はいつもそうだ。

あの先輩と百合になってから色んな人に注目される。

それはあの先輩が異端児として有名だからだった。

元々注目されている先輩が追いかけてくるのだ。

必然的に私も注目されてしまうのだ。

そして、先程のように監視されているような目が嫌で、

教室を出てきてしまうのだ。

こんなはずじゃなかった。

私の中ではひっそりと教室で生きて、ひっそりと戦場で生き残る、

そんなつもりだった。

それなのに現在の私は目立ってばかりだ。

先輩によって目立った分、私の魔術の下手さもより際立って目立った。

もしかしたら、私だけでも目立っていたかもしれないが、

こんなに目立つことはなかったかもしれない。

人を恨むのはお門違いなのはわかっているが、

私は先輩のことが少しだけ憎らしく思えた。

先輩は魔術の才能にとても恵まれているらしい。

何をやっても優秀で、奇行に走らなければとても好ましいのにっと、

先輩自身の同学年達には言われているらしい。


「まぁ、本人は気にしていないらしいけど。」


つまらなそうに朝顔は話してくれた。

朝顔は小学校から仲だ。

言ってしまえば腐れ縁みたいなものである。

なにが良いのか分からないが、

朝顔は出会った時からずっと私の世話を焼いてくれるのだ。

私なんかに世話を焼いてくれる何故だろうとは思うが、

なんだかんだ心地が良くそのままでいる。

朝顔はじとりと私をみて、口を尖らせた。


「杏は本当だったら私と百合になる予定だったのに。」


また、言っている。

朝顔は会うたびに言ってくる。

確かに私は頼りないし、先輩以外誰も選ばないだろうが、

そんなにも心配になるのだろうか。

私は少しだけ寂しい気持ちになった。

そんな私のことなどつゆ知らず、

朝顔は聞いてきた。


「ちなみに・・・杏は教室内でいじめられてたりしてない?」


そう聞かれ私は初めて朝顔の顔を見た。

朝顔は眉を八の字にして、私を潤んだ瞳で見つめていた。

私はそんな朝顔から目を反らした。

いじめほどではないが、あの教室の居心地が悪いのは事実だ。

ずっと感じる視線、ひそひそ声で定期的に聞こえる私の名前、

偶にわざと転ばされる事もあった。

そんな空間、心臓に毛でも生えていない限りは生きていけないだろう。

だが、さっきの想いもあって私は素直に言えなかった。

結果、目を反らすという形をとってしまった。


「やっぱり・・・いじめられてるんだ。」


私が目を反らしてしまった事で朝顔は気が付いてしまったらしい。

朝顔は口をへの字にし、眉間にしわを寄せて、何やらぶつぶつとつぶやいている。

暫くぶつぶつと呟いた後、叫び始めた。


「やっぱりあの先輩に文句を言うか、教室の奴らを静かにさせなきゃ!」


そう叫び、思い立ったが吉のように動こうとする朝顔を苺が宥めた。

苺は現時点で朝顔と百合をしている。

面倒見がよく気が強い朝顔とは反対で、苺はおっとりとしており、夢見がちな性格だ。

朝顔が私含めこういった少し抜けている人間が好きなのか、

はたまた苺が私同様に朝顔の面倒見に甘んじているのか、

私には分からない。

分かるのはこの二人は少しだけちぐはぐだということだ。


「それより聞いて二人とも!!」


苺は興奮気味に話し始めた。

よっぱど話したかったのか腕を上下に動かし、

鼻をふがふがと鳴らしている。

私は呆れのため息をつつ聞くことにした。

なにより、あの場で話題を変えてくれただけでもありがたかった。

朝顔は不服といわんばかりの顔をしつつ黙って聞くことにしたようだ。


「九条様がね!九条様がね!!」


九条様、その名前を聞いて私達は深い深いため息をついた。

きっと朝顔も思ったのだろう、またかと。

苺が話したがる話題は基本的に九条様のことであったからわかってはいたが、

それでも毎回これとは。

聞き飽きてきたのである。


九条様、この人物はこの学園から出た外の世界で会った人間だ。

偶々、外での手伝いで出ていた時に丁度居合わせていたのだ。

そこでその九条様の事を苺は好きになってしまったらしい。

確かに私達にとって男というものは本の絵でしか見たことがない。

その為、偶に外で男を見たりすると、ときめいたりする子たちがいたりする。

その一人が苺だったらしい。

苺は今日も嬉しそうに九条様の事をこれでもかと話している。

本当に恋する乙女だ。

そして、盲目だ。

本来なら兵隊さんのお偉いさんからの指示以外で外出するのは禁止されている。

苺はそれを破り、教師たちの目をかいくぐって外出をしている。

私はそんな苺を見て少しだけ羨ましいと思っていた。

あんなにも夢中になれる人がいるのが羨ましい。

私にはそんな人間も物もない。

あの先輩の事は変人として気になるが、今はよくわからない。

私はなんだかむずがゆくなりスカートの裾を握った。

一方、朝顔はまるで汚物を見るかのような顔をしていた。

苺が九条様の事を話している時、いつも朝顔はこんな顔をしている。

朝顔は九条様に惚れている苺のことが嫌いなんだと私は感じている。


「汚らわしい。」


朝顔が聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。

やはり、朝顔にとって恋する乙女は汚らわしく、嫌な存在らしい。

私はもう一度苺を見た。

苺は幸せの絶頂期という顔をしている。

その顔を見て、更に羨ましく思った。

同時に私も先輩を好きになれば幸せになれるのではと考えた。

親友とまで行かなくても、それなりに話せる関係になれば生きやすいかもしれない。

私は勢い良く立ち上がった。


「杏どうしたの?」


いきなり立ち上がった私に苺たちが驚いた顔をして私を見た。

朝顔が戸惑いながらも聞いてくる。

私は一度深く深呼吸してから朝顔に向かって言った。


「わ、私、あの先輩と、な、仲良くなってみ、みようと思うの・・。」


想いが喉につっかえながらもぽろぽろと出てくる。

こんなにも自分の想いを言ったのは初めてだった為、声が震えてしまった。

今まで嫌われないように、目立たないように、長い物には巻かれて生きてきた。

あまりにも言ってこなかったからか、未だに鼓動が激しく動いている。

手にはじわりと汗が滲み出てくる。

それでも、それでも、私の心は少しだけ霧が晴れた気がした。

苺はゆったりとした口調で


「おお!」


と、嬉しそうに言っている。

苺はなんだかんだと私の事を少し気にしていたのか、

安堵した顔をしている。

朝顔はどうだろうか、ちらりと朝顔の顔を見た。

朝顔は大きく目を見開いて、口を開けていた。

私があまりこういった事を言わなかったから驚いているのだろう。


中学に上がったときはあんなにも満開だった桜が散りかけて、

新しい葉が出てきている。

今の私はあの葉のように新しく生まれ変われているだろうか。

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