第2話 まだ蕾の杏
麗らかな天気の日、私は爽やかな風に押されながら、重い足取りをゆっくりと動かした。
桜が鬱陶しいほどひらひらとまう春。
きっとこんな日でなければ、私はこの桜も大いに歓迎し、綺麗だと褒めちぎっただろう。
しかし、今日はそんな気分になれなかった。
今日は入学式だ。
私は今日で中学生になる。
私はこの中学生になる事が憂鬱で仕方がなかった。
ここは小中高一貫の魔法女学院。
魔力を持つ少女たちが集まる場所。
魔力を持つ少女が魔法の使い方を学ぶ場所。
人々の為に生きることを学ぶ、
それがこの学校。
そして、私はこの学校の落ちこぼれであった。
三月まで小学生だった私は最後まで教師達に心配された。
何たって上手く魔法が操作できないのだ。
小学では魔法の基礎を学び、その魔法で人々の手伝いをするのだが、
私はいつも失敗をして怒られてばかりだった。
こんな状態で私は中学生になってしまったのだ。
中学では内容も一気に変わってくる。
今まで可愛らしい魔法を学んでいたが、
今度は戦闘に重心を置いた魔法を学ぶ。
そして、私達は魔法少女となり、戦場に赴くことになる。
私達は兵隊さんの力になるべく、戦場で舞うのだ。
何故中学生が戦場で出向かなければならないかというと、
魔力や質が上がるらしい。
中学生に上がって、高校で落ちていくらしい。
これは教師たちが授業中、口が酸っぱくなるぐらい言っていたから覚えている。
最近は戦争が激化していると聞いた。
如何やら、大国が恐ろしい兵器を作り上げたとも誰かが言っていた。
その為、国は私達魔法少女を多く欲しているだろうということは安易に分かった。
私だって出来るなら、お国の為にしっかりと働いてみたかった。
しかし、私にはそんな力がない。
頑張ろうと一歩を踏み出しても、直ぐに躓いてしまう。
躓いて、それでも頑張ろうと前を向いてみたら、周りには誰も居なくなっていた。
頑張っても、頑張っても、追いつかない距離に私は疲れてしまった。
他の生徒たちはあんなにも優秀なのにと、卑下するばかりだ。
何もできない私が惨めで、なんだか肩身が狭く感じてしまった。
そんな後退的な考えしていたら、自分の主張が出来なくなってしまった。
怖いのだ。
誰かに嫌われるのも、誰かに期待されるのも。
嫌われてばかりだったから、もう嫌われるのは嫌だ。
期待されたことがないから、期待された時の圧力がすさまじく嫌になる。
こんな天邪鬼のまま成長してしまった。
私は一つ大きなため息をついて、教室の扉を開けた。
教室の中はもういくつか二人組になっており、
私が入る隙はなかった。
それでも、この学校の規則だ。
相手を探さなければならない。
この学院では中学生のみ設けられた規則がある。
それが、二人一組で行動することだ。
これは、作業を円滑に進めるためと、
魔術の質を上げる為に競われる意味があるらしい。
だから、中学生である間は、同級生又は上級生に
相棒になってもらわないといけない。
この制度は百合制度と呼ばれている。
じっくりと教室を見渡した。
やはり、もう一人でいる子はおらず、
私だけがポツンと一人浮いているような気がした。
そうなると、やはり上級生に頼むしかないのだろうか。
いや、そもそも上級生は最初のうちに百合になっている人がほとんどのはずだ。
奪うこともできるらしいが、そんな事私にはできない。
やる勇気すらない。
又、私は怒られるのではないか。
そう考えてしまうと、自然と拳を握ってしまう。
頭の中は(どうしよう)という言葉でいっぱいになった。
思考が停止しそうになっていると、教室の外から元気な足音が聞こえてきた。
「ここかな??」
扉を勢い開けると同時に華やかな声が聞こえた。
その声は私の脳天を直撃するように響いており、
なんだか視界が晴れやかになったような気がした。
入ってきた人物は何やら探し物があるようで、
きょろきょろと教室を見渡している。
この国では珍しく栗色の髪をしており、
ふわふわとした癖のある毛をひとまとめにして揺らしている。
猫のようなアーモンド型の目をしている。
殆どが黒髪に黒目のこの国では、彼女一人だけが輝いているような気がした。
色素が薄いのだろうか。
図書館でそういった本を読んだことがある。
たしか、紫外線から守るための色素が足りていないと、
髪や目が茶色になるとか、そんな話だったはずだ。
彼女はその類の人間なのだろうと。
感心しながらその彼女を見ていたら、
目が合った。
正面から見た彼女はとても華やかで、
周りに花が舞っているような気がした。
「いた!!!」
彼女は私を視界に入れると指をさして、
ずんずんと大股で近づいてきた。
私は戸惑った。
彼女に何かをしてしまったのかと。
因縁をつけられているのか。
彼女は私の両腕を、逃げられないようにするかの如く掴んできた。
にこにこと可愛らしい笑顔で口を開いた。
何を言われるのか私は処刑を待つ罪人のような気持ちで待っていた。
「私と百合になって!!」
彼女はふふっと愛らしい笑いも付け加えて、言ってきた。
私は一瞬思考が停止した。
今、私は何と言われた?
私と百合になってと言わなかったか?
この、愛らしい花のような彼女が、私の百合に??
駄目だ。全く思考が纏まらない。
私がでろでろと溶け始めている間も、彼女は話続けている。
自分と百合になっていた子が居なくなってしまったとか、
このお下げ固いねもっと遊ばせようよとか、聞こえるが、
脳が溶けてしまった私には何一つ分からない。
唯一理解したのは、彼女の名前が藍と言うらしいということだった。
そして、私の記憶もここまでしかない。
気がつくと私は彼女、藍の百合になっていた。
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