第3話 規格外の魔力

 転生してから五年の歳月が過ぎた。

 最近分かったことがいくつかある。


 まず、ここは前世と違う世界のようだ。しかも、ランドリア王国という大陸国家のアーテル侯爵家に俺は三男として転生したらしい。

 仮に長男だったら、次期当主として面倒な貴族教育を一から受けなければならなかっただろう。


 俺の目的はとりあえず、剣の技量を磨くこと。

 前の世界で人斬りだった頃に比べたら、今の俺は身体能力が劣っている。


 力なき者に、誰かを守ることはできない。

 だからこそ、今まで以上に努力する。


 次に会話と読み書きについてだ。

 言葉は相変わらず聞き取りづらいが、多少は理解できるようになった。

 屋敷の書斎に侵入して、様々な本を読み漁ったおかげだ。

 ただ、まだ知らない単語が多いので、そこは勉強中である。


 そして、一番重要なのが……魔法の存在を知ったのだ。

 この世界には魔力という不思議な力が存在するらしい。


 魔力をエネルギーに変換し、様々な現象を引き起こすことができる。魔力量は生まれつき決まっていて、成長と共に上がるのはごく稀だそうだ。

 俺にどれだけの魔力があるかは、まだ分からない。

 あとで両親に聞いてみよう。


 本格的な魔法書もあったが、難しい文字が羅列されているのでまだ読めていない。

 まあ、いい。今は剣の道を極めるのみ。

 だが、いつかは習得してみたいものだな。


「どうした、レイ。何か苦手な物でも入っていたか?」

「いいえ、父様。今日の朝食も美味でございます。好き嫌いは、作ってくれた方にも失礼ですから」

「はっはっはっ!レイは偉いな。まだ、5歳だというのにしっかりしている。ただ、子供らしさを忘れてはいかんぞ」

「はい、父様」


 俺が三男だからか、少々甘すぎる。

 だが、俺を育ててくれているのは事実だ。

 感謝こそすれ、軽蔑などもってのほか。


 父の名は、レパード・アーテル。

 人柄は温厚で優しい人だ。金髪に蒼い瞳を持ち、容姿も整っているので女性によくモテるらしい。

 王国騎士団長として、数々の戦場を潜り抜けてきた強者である。


「ふふ、あなた。あまりレイを褒めていると、他の子達に嫉妬されますよ」


 父の隣に座っている母の名は、シャリー・アーテル。銀髪に赤い瞳をした美人だ。

 おっとりとして、いつも笑顔を絶やさない。

 だが、怒ると怖いらしい……父が前に教えてくれた。


「レイが良い子なのは、お前に似てくれたからだな」

「もう、あなたったら……」


 この夫婦はバカップルである。

 人前でもイチャつくので、正直言って恥ずかしい。


 まあ、気持ちはわかるかな。

 雪と付き合っていた時も、体を寄せたり手を繋いでいた。周りの視線なんて気にしたことない。

 どこかこの二人に似ているな。


 けど、俺は幸せだったよ。

 雪もそうだったらいいな……。


 おっと、今はそれよりも聞きたいことがあったんだ。


「父様、母様。お二人にお聞きしたいことがございます」

「お、どうした急に。もしかして、俺とシャリーの馴れ初めを聞きたいのか?いいだろう。あれは今から十三年前、俺達が十八の頃だ――」

「いえ、その話はまた今度に……僕の魔力について、お聞かせくださいませんか?」

「ん?レイの魔力量か……」


 父はいきなり深刻な顔つきになった。

 何かまずったか?

 母もどこか不安そうな顔をしている。


 もしかして、魔力がないとか。まあ、別にいいけど。

 前の世界、俺は刀だけで数々の戦を経験してきた。

 今回も同様に、刀……この世界だと剣か。

 剣だけで、己の役割を果たそう。


「お前の魔力は……およそ、10万。この国で例えるなら、王級魔術師並みだ」

 だが、父から発せられた言葉は予想外のものだった。


 王級がどれくらい凄いのかは知らないが、10万という数字がかなりのものだというのは俺でも理解できる。

 そうか、俺にそんな力が……。


「魔力は、測定できるものですか?」

「ああ、できるぞ。実はレイが産まれた後、魔力鑑定士に計測してもらったんだ。五歳になってから知らせようと思っていたんだがな」

「そうだったのですね……ありがとうございます、父様」

「いやいいさ。それよりも……」


 父は冷や汗をかいていた。

 まだ、何かあるのか。正直に言って欲しい。

 実は俺だけ人間じゃないとか、国から手配されているとか……って、後者はおかしいだろ。


 いくら前世で大罪人だったとはいえ、今の俺は純粋無垢な5歳の男の子。

 あ、純真無垢は言い過ぎか。


 けど、人としての道徳や倫理は持ち合わせている。

 まあ、同時に人を斬ることにも躊躇は無いけどね。

 今考えても仕方がないか。


 すると、母が静かに呟いた。


「レイ、あなたはアーテル家の三男でしょ?あなたのお兄ちゃんは次期当主。弟よりも魔力が劣っていると知られて、他の貴族に弱みを掴まれたら終わりよ」


 ああ、そういうことか。


 俺の兄、エリファス・アーテルは今年で12歳。

 今は王立魔法学園に通っており、魔力量も新入生の中では上位。

 だが、その魔力量はおよそ1万……中級魔術師程度らしい。


 もし、俺がエリファスより魔力量が劣っていると他に知られたら……兄は恥をかいて追放されるかもな。たとえ、追放じゃなくとも、あの学園は貴族の子供が大半だ。

 そいつらが自分達の親に言い、学園だけじゃなく貴族界まで広まっていく。


 すなわち、アーテル家の名に泥を塗ることになる。

 やがて、名誉が失墜して没落するかもしれない。

 俺が貴族社会について詳しくないとはいえ、そのくらい予想できるぞ。


 だが、安心してほしい。

 わざわざ、そんなことを言いふらすほど、俺は愚かではない。

 というか、メリットがないのだ。


 前の世界でも、俺は武勲を掲げることはなかった。

 人斬りは光に照らされながらも、本質的には闇に生きる者。

 わざわざこちらの素性を公にするほど馬鹿じゃない。


 それは己の命だけじゃなく、自分にとって大切な人も巻き込むというもの。

 兄に対してそこまでの感情は無いが、この家を貴族たちの標的にされては色々と困る。

 今後、俺が一人で動く際に色々と支障をきたす。


「わかりました。今後、僕は他人に魔力量を言いふらしません。仮に聞かれたら、そうですね……ほとんどない、と嘘をつくというのはどうでしょう」

「ありがとう、レイ。すまないな。貴族社会というのはかなり複雑で、歪なものだ。力と武勲だけで地位を確立できるわけじゃない。時には虚言、策略も必要になる。まあ、お前は気にしなくていい。三男として、自由に生きてくれ」

「お心遣い、感謝いたします」


 父は安心したようだ。

 わかりやすい奴。


 けど、母はさっきからニコっと笑っている。

 そう答えることを最初から、わかっていたかのように。


 赤子の頃から、この人が俺に見せる笑みはどこか違和感がある。

 純粋な気持ちか、あるいは何か別のものが含まれているのか。

 まだ俺は、色々と知らないようだ。

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