第2話 人斬り、転生する

 視界がぼんやりしている。

 体は動かない。


 あれ、俺は何をしていたんだっけ? 確か……そう、雪を殺した奴らを全員殺したはず。その後、果てしない道を歩いていて朧げな意識が徐々に消えたんだ。


 もう呼吸もしてない気がするし、痛みを感じないのがその証拠だろう。生きている実感がないくらいだしな。


 きっと今頃、俺の死体は雪と同じ場所に眠っているのだろう。

 わからないけど。


 生まれ変わって、雪とまた会えるのか。

 贅沢かな。


 だからと言って、彼女のことを頭の隅から追いやるつもりはない。

 記憶と心に刻み、いつか別の誰かを好きになっても、君を思い浮かべるだけだ。


 さて、今はどんな状態だ。五感の全てが麻痺している、といったところか。


 ……違うな。

 声だけははっきり聞こえる。

 俺自身が赤子の様に、ただ呻いている声が。


 死んだはずの俺はなぜ、意識がある? 

 もしかして、本当は生きていたとか。

 俺と殺した大名達以外、あそこには誰もいなかった。


 舞い落ちる雪と冷たい空気の中、倒れてから数時間は経過したはずだ。


 全ての内臓機能を失い、命を終えた者が生き返るなど……ありえない。


「――――、――――」


 何者かの声が聞こえる。内容は分からない。

 耳をす澄ましていると、体が宙に浮いた。


 宙に浮いたというのは、いささか語弊があるな。正しくは、持ち上げられただ。


 一人の美しい女性に。


 銀色の髪をなびかせ、透き通るような白い肌と長いまつ毛で縁どられた赤い瞳が特徴的だ。


 江戸にこんな女性はいたか?

 黒髪か茶髪だらけで、金髪など黒船が来航してから稀に見る程度だった。

 そんな時代に、このような色合いをもつ女性など初めてだ。


 あと、男の俺を抱え上げるなんて、この女性は一体どれだけ怪力なんだ。

 困惑して頭を働かせながら周囲を見渡すと、横に姿鏡が立てかけてあった。


 ちょうどいい。

 これで、俺の今の姿が映し出されるはずだ。


 さぁ、御対面だ。

 どれ、どんな顔つきかな……って……?


 俺は鏡に映った自分の姿を見て驚愕した。


 矮小な体……未発達の手足……曇りなき瞳。俺は目をパチクリさせながら、鏡を凝視する。

 だが何度見ても変わらなかった。

 そこに映るのは、世を知らず力を持たない一人の赤子……すなわち、俺だった。


 一体全体どうなっているんだ。


 大切な人を失ったとはいえ、憎しみを言い訳に多くの命を斬り捨てた。

 だというのに、今俺は……赤子の体で新たな人生を歩もうとしている。


 頭の中でぐるぐると思考が駆け巡るが、次第に強烈な睡魔が俺の意識を刈り取ろうとしていた。


 目覚めたばかりだというのに、この体たらく。

 嘆かわしい。


 そういえば昔、お伽話で聞いたことがある。

 転生というものだ。


 肉体は全く別物だが、俺という人格はこの身にある。

 これまで過ごしてきた二十五年間の記憶が残っていて、この瞳に移るのは紛れもなく俺だ。


 生まれ変わり……転生したという認識で間違いないだろう。

 この体に俺という魂が入り込んだのか、最初から体の主は俺なのかという疑問はどうでもいいことだ。


 どのような形であろうと、俺がここにいる。

 それだけでいい。


 仮に俺がこの体を乗っ取ったとしても、それを申し訳なく思うほど善人ではない。

 俺が俺という人格を持って今を生きていることに感謝しようではないか。


 心の中で勝手に解釈していると、転生したという実感をようやく覚えた。

 安心と不安、興奮と狂気、そして喜び……様々な感情が心と体を震わせる。


 今、どのような顔を浮かべているのだろうか。

 無邪気かそれとも、赤子らしからぬ大人びた表情をしているのか。


 けど、仕方がない。二度目の人生を歩めるのだから。

 無感情は転生させてくれた者に対して無礼極まりない。

 だから、心の赴くままに生きよう。


 どのような世界であろうとも俺は刃を振るう。

 王族だろうと、貴族だろと……俺の大切な人を傷つける奴は誰であろうと斬る。

 それが俺という人斬りの存在意義だ。


 大切な人を武力だけじゃなく、それ以外の方法でも救える手段が欲しいな。

 例えば、どんな病気でも治せる技術とか。

 そんな都合の良いものが簡単に手に入るとは思わない。


 だからと言って、努力を怠るつもりはない。

 これまで以上に鍛錬を重ねて、様々な知識と技術を己が血肉にしていくんだ。


 大切な者を最後まで守り、幸せにしよう。



 ……邪魔するものは全員、斬る。


 断罪の刃と守護の誓いを今――ここに。


 これは人を愛し、人を憎み、人を殺す……俺の物語だ。

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