世界最強の人斬り、吸血鬼になる~なぜか吸血鬼になったけど、色々とご褒美があるので、今から人間の時代を滅ぼします~
転生
第1話 さようなら、俺の人生
―刀は武士の誇り―
―刀は武士の生き様―
刀に全てを捧げてきた武士達にとって、これは常識だ。
役割がなくとも、刀があれば誇りを持つことができ、生きる道も見えてくるらしい。
「ハッ……バカじゃないの?」
俺は、思わず失笑してしまった。死体が広がる道、赤く染まった手に刃こぼれした刀が常識の愚かさを物語っている。
民衆から税を巻き上げて、豪華な暮らしをしてきた大名達を皆殺しにした。護衛として侍もかなりいたが、どれも話にならないほど弱い。
威勢だけは良いものの、実力は三流以下。どいつこいつも型にハマりすぎて、まるで人形だ。
こいつらが持っていた刀と地位、名誉はただの飾り物。しかし、こんな奴らでも世間からしたら英雄らしい。
俺はその英雄を皆殺しにした大罪人になってしまったのだ。
まぁ……どうでもいいよ。彼女はもう、いないのだから。
「雪……お前に会いたいよ」
死体から漂う鉄と腐敗の匂いが空気に染み込む中、俺は彼女を思い浮かべる。
武士の家に生まれ、刀を振るだけの毎日に彩を与えてくれたのは雪だった。
可憐な顔立ちに透き通った青い瞳を単なる美しさや優雅さだけで表現できるわけがない。心の拠り所とか、灯火と言っていいだろう。
戦いの中で傷つき、自分を見失っても、雪は温かく迎えに来てくれた。
誇りとか生きる道なんて大層な言葉を並べてみても、実際にはどれも空虚な響きしか持たないのだ。
それだけ雪が俺にとって大切な存在だったという証なのだから、誰にとやかく言われる覚えはない。
しかし、今やその彼女をもう見ることができない。
「雪……どうして俺を一人にしたんだ」
無駄に高い税収を大名が振りかざし、力を誇示する侍共が民衆を犠牲にした結果、街は貧困と疫病に苛まれた。雪は、そんな惨状の中でわずか25歳で命を落としたのだ。
彼女の死は、俺の世界を一変させ、ただの虚無に変えてしまった。
冷たく、無機質で、どこにも心の拠り所がない。
「雪……お前がいた頃は、こんな風に感じることはなかった」
己の刀と剣術、これまでの戦いが無意味に思える。あ、ごめん。一つだけあったな。
雪を殺した幕府に対する憎しみを今、この手で―――
――斬る。
俺は改めて目の前に視線を向ける。
幕府の権力者たち、その血脈と権威が俺の心に刻んだ痛みを、今度は刀で返す番だ。雪の命を奪った者たちが築いた世界を、ひとつずつ壊してやる。
だから俺の刀に、誇りや生き様なんてものはない。憎しみを形にするだけの物であり、雪の命を奪った者たちに対する、俺自身の復讐の象徴なのだ。
冷たい風が、血に染まった地面を吹き抜ける中、俺の手に握られた刀が、再びその役目を果たす。
「く……ッ!!こ、この大罪人め!!我ら幕府が正義の鉄槌を下そうぞ!」
「知らねぇな……これから腐敗と悪臭を放つ奴が掲げる正義なんざ、反吐が出るぜ」
「貴様ああああぁぁぁぁぁ!」
全員刀をこちらに向けて、突進してきた。
さっきので、今回の政策に関わっていた大名達は殺したからな。
残党といったところか。
お前らの掲げる正義に雪は殺されたんだ。
そのまっすぐな瞳を、薄っぺらい誇りをかざした刀をこちらに向けるな。
憎しみ、怒り、悲しみ……俺の心に宿る感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、全身の熱を上昇させる。
刃こぼれした刀を右手で軽く、より強く振り血を飛ばす。
柄が潰れる程、強く握り、地面を蹴り上げた。
「ふざけるな……ふざけるなああぁぁ!」
雪、もうちょっとだけ見ていてくれ。
君がいつも褒めてくれた、俺の剣術を。
幕府の残党共は、俺に向かって刀を振り下ろした。
だが、俺はそれを軽くかわす。そして、そのまま敵の懐に入り込み、刃こぼれした刀で一番前を走っていた奴の腹を掻っ捌いた。
「カハ……ッ」
大量の血を吐きながら、そいつは倒れた。
倒れる寸前に俺は刃こぼれした刀を放り投げ、そいつの刀を奪う。
そして、そのまま宙に浮く。
「こいつ!?」
「失せろ、カス共」
空中で俺は刀を両手で握り、敵の頭上に振り下ろした。
「おおおォォォッ!」
怒りと憎しみだけをのせた刀は、脳天をかち割る。
「ゴファッ……」
「ひ、ひるむなぁ!」
周りを囲みながら一斉に斬りかかって来た。
バカかこいつら。
間合いに入りすぎだ。
地面に着地した後、俺はより姿勢を低くする。
両手に力を入れて、円を描くように一閃を放つ。
回転斬りみたいなものだ。
足の下腿部を思いっきり、斬ってやった。
「「うぎゃあああァァ!!」
両足を斬られた奴らは、その場に全員倒れ込みのたうち回る。
中には、泣きわめく奴もいる。わんわん、喚くんじゃねぇ。
疫病に苛まれた雪の方がよっぽど痛かっただろうよ。
あ、また刃こぼれした。
数人程度を斬っただけなのにね。
まあ、いいか。
刀はいくらでも、転がっているじゃないか。
静かに俺は刀を捨て、新しい刀を拾う。
「ま、待って。俺がわるか―――ゴフッ」
なんか、命乞いをしてきたので、とりあえず喉元を刀の切先で貫いてやった。
お前が謝ろうが、幕府が謝ろうが、俺の憎しみが消えることは無い。
そんなこともわからないのか。
「さてと……次は誰にしよっか」
「ひゅ……ひゅぅ……」
「あ、もう喋れねぇか。いいぜ、別にそれでも。ふふ、ただ……」
嗜虐心なのか、それともただの愉悦感か知らないが自然と俺の口元は歪んでいた。
間接的とはいえ雪を殺した奴らが絶望し、恐怖に顔を歪めていると、全然面白くないはずの人斬りが少しだけ楽しくなる。
今の俺をもし、雪が見ていたらどうなっていただろう。
怒られるかな。
それとも温かく慰めてくれるだろうか。
俺は刀を高く掲げ、今は無き最愛の人に思いを馳せる。
雪、ごめんな。
既に戦えない相手に容赦なく刀を振るう。
これは、俺が俺であるためにやっていることだ。雪を守れなかった俺は、もう武士じゃない。
ただの復讐者だ。
だから……許してくれとは言わないから、せめて見届けて欲しいんだ。
君が愛してくれた男が、どこまでやれるのかを。
「ふ……ふっ……ふはははははっ!」
狂気の笑みを溢しながら、俺は刀を振り下ろした。
どこまでも愚かで間抜けな腰抜け共を一人残らず丁寧に斬りながら、雪への愛を叫ぶように。
あばらから、頚椎を。
鎖骨から胸骨、肩甲骨から肋骨を。
腰椎から腸骨を。
斬る度に血しぶきが舞い上がった。刃こぼれしたら、新しい刀に切り替える。
さっきよりも、もっと強く、もっと鋭く刀を振るう。
斬っては捨て、斬っては捨てを繰り返すうちに、段々と感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。
「ふはははは、ははははッ!」
奴らの断末魔は既に聞こえなかった。
肉塊を斬る音と自分の呼吸音だけが、鼓膜を支配していた。
「はははは……あ、アハハハッ!」
数時間にかけて、俺は幕府の残党を全員斬り捨てた。
返り血で真っ赤になった俺の足元には、肉塊と血の海が広がっていた。
もうまともに斬れる刀がない。全部ボロボロだ。
それだけ、やりがいも感じられる。
浴衣も奴らの返り血で汚れ、腐敗の匂いがこびりついていた。
「あ~あ、これ雪になんて言い訳しよっかなぁ」
俺は苦笑しながら、死体の山を背に空を見上げる。
小さく白いものが、俺の頬に落ちた。
雪だ。
まだ、降り始めだった。
血みどろの肌に当たっては、ゆっくりと溶けていく。
憎しみと怒りを、雪の優しさが包み込んでくれた。
「……お前と結婚した日も、こんな雪だったな」
遠い日の記憶。
武士の家に生まれて剣を習い、12歳で旅に出た。
ある日、京の都にある小さな茶屋でくつろいでいたら、一人の女性が話しかけてきた。
それが、雪との出会いだ。
あの頃から、愛らしい笑みと凛々しい瞳に惚れて、最初は目を合わせるだけでもドキドキしたっけ。
それからずっと茶屋に通っては彼女と喋ったり一緒に街を周ったりと、幸せな時間を過ごしていく中で自分の気持ちに決心がついたのだ。
15の年、雪に求婚した日も覚えている。彼女は涙を溢して、背伸びしながらも唇にキスしてくれたな。
リンゴ飴のように頬を赤くし、青い瞳を泳がせながら俺の袖をギュッと握りしめていた。
今でもはっきり覚えている。
それから数年が経ち、18歳で俺達は祝言を挙げた。
静かに舞い落ちる雪と辺り一面に咲き誇る白い椿は、まるで俺たちを祝福しているかのようだった。
彼女も雪という同じ名前だから、時々俺が『雪って、綺麗だな』と言うと、わざとらしく『私ですか?』とからかって来て、そのたびに俺は照れ隠しで彼女の頭を撫でたものだ。
江戸に家を建て、二人で暮らすようになってからは毎日が幸せで、雪のためならどんな事でもできる気がした。
だが、そんな日々も崩れ去る。
23になる頃、雪は突然疫病にかかったのだ。
最初は微熱程度だったものの、徐々に高熱が下がらなくなり、40度を超える日もあった。
医者に診てもらったが、この時代の医療技術では治すことは難しく、わずか二年しか生きられないらしい。薬で熱を安定させられるのも一時的。
それでも彼女は優しく愛らしい笑みを浮かべていた。
ただ、戦うことしかできない俺の無力を責めることもなく、最後の瞬間まで寄り添ってくれたのだ。
「雪、今までありがとう……」
これまでの生涯、刀を振ることができたのは彼女のおかげだ。
いつも暖かく出迎えてくれて、支えてくれて……どれだけのことをしても返しきれない恩がある。
もし、君が生きていたら返したかった。
「さむ……ははっ」
いつの間にか、死体の山も雪で埋もれて見えなくなっていた。
手足の感覚はなくなっていて、意識も朦朧とする。
雪、迎えに来てくれたのかい。
――――いいよ、一緒に逝こう。
俺はただ前に進んでいく。
体は冷え切って、神経も機能していない。
もう何も見えない。
けど、雪がそこにいることだけはわかった。
雪、もう一度だけ抱き締めさせて。
もう君を感じることもできないけれど……それでも俺は君を、ずっと愛しているから。
だから……だ……から……。
そこで、完全に俺は意識を失った。
ああ……そうか。死ぬのか。
死後の世界で雪と暮らせたら、良いな。
段々と意識が遠のいていく。
世の中は変わるだろうか。
大名と侍共をいくら斬っても、それは憂さ晴らしにしかならない。
大切な人を殺した幕府に対する憎しみだけを言い訳に、ただ刀を振るう。
傍から見たら、愛に狂った人斬りにしか見えないだろう。
何とでも言え。
後悔はない。
後悔はない。
後悔は……な……い……。
は……ず…………だ……。
………………。
………………。
…………。
―――あるだろ。
雪を病気から救えなかった。
もし、俺に医学の才能があれば、雪は死ななかったかもしれない。
もし、俺が幕府の実態に気づいて早めに殺していれば……人々も貧困と疫病に苛まれることもなかった。
ちくしょう。
ああ……そうだ。
俺はずっと後悔していたんだ。
君を失ったあの日から、俺の心にはぽっかりと穴が開いたままだった。
もう何も残っていないと思っていたけど……まだあったんだな。
雪、ごめん……ごめん……。
君の死によって、武力だけでは人を救えないことを知った。
だから、俺は心から願う。
次の人生があるなら……どんな病気も治せる才能が欲しい。
君を救えなかった罪を償い、今度は最後まで大切な人を守ると誓うよ。
たとえ、今まで以上に人を斬ることになっても……。
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