6・悪役令嬢はハッピーエンドを迎えたみたい

 女子生徒の左手首に手刀を入れ短剣から手を離させると、右腕と共に押さえつけた。


「警備を呼んでください!」

 彼女を視界にいれつつ周囲を警戒しながら、叫ぶ。単独犯だと思うけれど、油断は禁物。二度もミスはしないわ。

 脇腹はとんでもなく痛いけれど、私は護衛だ。


「ステラ! 代わるから止血を」

 エヴラル様が私のそばにひざまずく。

「ご令嬢にそんなことはさせられません。危険ですからさがってください」

 それにやたらに剣を抜かないほうがいいし。今は剣がふたになって、血はそれほど流れていないもの。


 視界の端で、床に座り込んだコンラートがなぜだか『ごめん』と言いながら、泣いている。

 王太子としてその振る舞いはどうなのよと思うけど、謝れる気持ちがまだ彼にあったことにほっとする。

 そして彼を守れたことにも。

 やっぱり、初恋のひとには死んでほしくないじゃない。

 それがどんなにクズになってしまっていても。



 ◇◇



 コンラートを襲った女子生徒を、剣を使って止めなくてよかった。彼女は、以前彼のお気に入りだったらしい。私が護衛になる少し前のことだ。


 彼女には婚約者がいたのだけれど、コンラートとの仲を咎められて破談になり、慰謝料も払ったとか。しかもコンラートにも、あっさり捨てられてしまった。

 恨みを募らせていたところにルルカが現れて、彼女はかなり心を病んでしまっていたみたい。


 ルルカのために婚約破棄騒動を起こしたコンラートの姿を見て、わずかに残っていた理性がプツリと切れた。で、みんなの注目がコンラートに集まっていることを利用して、調理場から肉切り包丁を持ち出したみたい。

 たまたま食堂から一、二歩入ったところに置いてあったそう。


 彼女のしたことは許されないものだわ。けれどもし彼女を殺していたら、後味が悪いものになっていたわね。


 さすがのコンラートも自分の行いを反省したみたい。両陛下にこってり叱られ、婚約破棄宣言のこともあって、持っている領地の一部を返還することになった。

 本当は王太子の位から降ろすという話もあったようなのだけど、ソニエール公爵が娘が帰るまで判断を待ってほしいと頼んだそう。


 どうやらコンラートが王太子のままでいるためには、オルタンヌ様(本物のほうね)に愛想をつかされないようにする必要があるみたい。なんだけど――



 王宮の片隅にある私の部屋。王太子の専属護衛ということで、ややグレードの高い部屋を与えられているけれど、使用人用には変わりない。

 そこになぜか公爵令嬢の格好をした公爵令息(ややこしい!)と王太子がいる。私のベッドの左右に別れて。


 脇腹の刺し傷は、幸い軽傷だった。内臓も太い血管も無事だった。とはいえ縫合が必要な傷であることには変わりなく、私はしばらく安静にしていなければならない。


 ヒマだな、オルタンヌ様――ではなかった、エヴラル様に会えなくて淋しいなと思ったのだけれど。

 なぜか彼とコンラートが現れた。重ねて言うけど、使用人部屋よ? 王太子とか公爵令息が来てはいけないところよ?


 痛みのせいで、幻でもみているのかな、と考えたわ。当然よね。ありえないもの。


 でもコンラートは泣いて、

「僕のせいで怪我をさせてしまってすまない」と言う。

 どうも食堂で『ごめん』と謝っていたのも、私に向けてだったらしい。


 その反対側で麗しき令嬢姿のエヴラル様が、

「反省する気があるなら、ここから出てお行きなさい。ステラが休めないでしょう」

 などと、きつい言葉を投げかける。


「あの、おふたりとも、こんなところへいらっしゃってはいけません」

「「命の恩人なのに?」」と声をそろえるふたり。


「お前」とコンラートがエヴラル様を指差す。「危険なことはなかっただろうが」

「池に落ちたときに助けてもらいましたわ。どこかの王太子はさっさと去りましたけど」

 うっとひるむコンラート。でもすぐに立ち直り、

「だが僕のほうが危険レベルが上だった」

 と訳のわからないマウントを取りだした。


「あなたなんて所詮、職務で守られただけ。私は好意でよ!」と胸を張るエヴラル様。「それにボールの直撃から守ってもらったこともあるから、計二回も助けられているの!」


「くっ」と悔しそうな顔をするコンラート。でも、すぐにニヤリとする。「だ、だが僕は乳姉弟だ。つきあいは十八年。おまえなんてふた月程度だろ」

「たしかに知り合って間もないけれど、信頼関係はあなたより上よ」自信満々に反論するエヴラル様。


「おふたりとも、いったいどうされたのですか」

 なんとなく、わかるような気はするけれど。勘違いよね。だって私はただの庶民だもの。


 ベッドの左側にいるコンラートが私の左手を取る。

「僕は真実の愛に目覚めたんだ。身を挺して守ってくれる、君のその勇気! どうして今まで君の素晴らしさに気づかなかったのだろう。愛しているよ、ステラ」


 や、やっぱり! そんな気はしていたのよ。やけに熱っぽい目をしているから。


「殿下、お守りしたのはそれが私の仕事だからです」

「わかってる、身分を気にしているのだろう」と微笑むコンラート。

 おおう、言葉が通じていない。

「ステラが騎士になったのは、一生僕のそばにいるためだものな。あのときはわからなかったけれど、君は僕を好きなのだろう?」

「っ!」


 なんで急に核心をついてくるのよ。殺されかけた衝撃で、どうにかなってしまったの?


「そういうわけではありません。乳姉弟としてお守りしようと考えただけです。それに殿下にはオルタンヌ様が」

「いいんだ。王太子の位なんて、僕には過ぎたものだったんだよ。それより真に愛するひとと、穏やかで幸せな人生を送りたい」


 うん、その考えは支持できるけど、相手は私ではないひとでお願いしたい。

 と。右手を、ベッドの右側にいるエヴラル様に握りしめられた。


「ステラ。あなたは私のものよ」

「なんて?」

 思わず無礼にも訊き返してしまった。


「お父様にお願いして、婚約の手続きを進めているの」

「ちょ、ちょ、待ってください、どういうことですか!」

「そうだぞ、貴様勝手になにをしているんだ! ステラは僕のだ。だいたい聞いたぞ! お前はオルタンヌの弟なんだってな! そんな女の格好をしておきながら、結婚てなんだ。男とすればいいだろうが」


 いや、それは我が国の法律では無理では。というか問題はそこじゃない。


「あら、私は可愛い自分が好きだからこのような格好をしているだけよ。好きなのは女の子」

 エヴラル様が私を見てにっこりとする。


「初めて会ったときから、男装姿が素敵とは思っていたの。でもそれだけではなくて、優しいし心配りは素晴らしいし、勇気もあるし、そのへんのアホな王太子と違って、汚い池に飛び込むことだってしてしまうのよ。こんな素晴らしいひとはほかにいないわ。お父様も感激しているのよ」


「ま、待ってください。私はただの庶民です」

「でも、私のことは結構好きでしょう? 私がそばにいるとドキドキしているものね」

 バレている!

「そんなことないよな、ステラは僕だよな」コンラートがベッドに片膝を乗せて迫って来る。


「すみません、殿下は本気でナシです」

「そ、そんな……」

 ベッドに突っ伏すコンラート。私の足の上に乗っているんだけど。

「どさくさにまぎれて、ステラに乗らないでくれるかしら」


 エヴラル様がベッドをまわり、コンラート側にいくと彼を担ぎあげ、床に降ろした。


「こう見えて腕力があるの。ソニエール家の男はみんな筋肉質だから」にっこりとするエヴラル様。「これからは体術武術をもっと学ぶつもりよ。愛するひとを守れるようになりたいから」


 胸がドキリとする。

 それって私のためよね。


 エヴラル様は私の両手をとって、そこにちゅっとキスをした。

「私、男の姿になっても魅力的なのよ。怪我が治ったらその姿でデートをしましょうか」

 た、確かに、きっとカッコいい。しかもコンラートを持ち上げられるだけの細マッチョ体型。彼は令息だろうが令嬢だろうが、キュンポイントしかない。


「ね? 私より好みの相手なんていないでしょう? おとなしく婚約なさい」

「はい」


 思わずうなずく。

 だってだって。

 いつも微笑んでくれたのも、ねぎらってくれたのもオルタンヌ様だもの。

 惹かれないほうが、無理よ。


 身分とか、考えなくてはいけないことは山とあるけれど。

 私には彼を悲しませるようなことは、できないかな。

 それに――男の姿のエヴラル様。きっと私の好みドストライクだと思うのよね。


 なんだかコンラートが騒いでいるけれど、さようなら、私の初恋。



 ◇◇



 外出許可がおりたその日に、婚約者となったエヴラル様が男装で会いに来た。

 どこからどう見ても麗しき令息以外のなにものでもない。これで私よりみっつも年下なんて信じられないわ。かっこよすぎて、気おくれしてしまう!


 柱の陰から、ストーカーになりかけている王太子の『ぐぬぬぬ』といううなり声が聞こえる中、彼はハスキーボイスで、


「それじゃ、デートに行こうか。俺の可愛いひと」と言って、私の頬にキスをした。

 なんてこと。令息の振る舞いも完璧すぎる!


「すみません、エヴラル様。緊張しすぎて心臓がもたないので、次からは令嬢の姿でお願いできますか」

 それならまだ、大丈夫。友達ふうでいけるから。

 けれどエヴラル様は意地悪な顔をした。


「ダメ。どうしてかな。ステラを見ているとイジメたくて仕方ないんだ。もちろん、可愛くね」

「そんな!」

 抗議をしようとして、気が付いた。


 イジメたい?


 それってもしかして、悪役令嬢の名残ってことはないかしら。今、どのくらいマンガの展開から乖離してしまっているのかは、わからないけど。特に問題ななさそうだから、忘れることにしたのよね。


 それに、この程度の意地悪は別にやぶさかじゃないというか、なんというか。

 私の心臓を鍛えればいいのだものね。

 エヴラル様を慕っているもの。

 いいわよ、意地悪。受けて立つわ!



 《おわり》

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王太子の護衛騎士に転生したので悪役令嬢を救おうとしたら、男の娘でした  新 星緒 @nbtv

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