5・まさかの断罪!

 翌日。コンラートは朝早く登校した。きのうからずっと不機嫌で、ろくに口を聞いていない。たぶんルルカと喧嘩になったからだと思う。

 そんな彼がいつもより早く学校へ行ってやったことは、ルルカの待ち伏せだった。


 怯える彼女に『気は変わったか』と迫る。

 怖すぎる……と思ったけど、ルルカも同じように感じたみたいで、脱兎のごとく逃げていった。


 コンラートはただのメンヘラストーカーにしか見えなかった。悲しいとか情けないとかの気持ちを通り越し、哀れに感じてしまう。 

 オルタンヌ様(本物のほう)もこれを見たら、結婚したくなくなるだろうな。


 愛しい君に手痛い反応をされたコンラートはうつむいてプルプルと震えていたけれど、突然私に向かって、

「悪いのはオルタンヌだよな!」と叫んだ。

 どういうこと?

 100パーセント、あなたですよ。


「あのときあいつが余計なことをしなければ」とコンラート。「ルルカが落ちて、お前が助けていれば『人でなし』と罵られることはなかった!」

 いや、自分で助けないの!?

 もちろん護衛たる私は、王太子にそんなことはさせないけど。本人が愛する人に対して、最初からその考えはひどくない? 十分、人でなしよ。


「くそっ、あいつのせいで!」

 ギリギリと歯軋りをするコンラート。

 まあ、良いほうに考えたら、それだけルルカに本気だったということね。浮気だけど。

 とにかく早いところ、エヴラル様に、恨まれていると伝えないといけないわね。



 ◇◇



 今日も学生食堂は賑わっている。そんな中で私たち三人がすわる席だけは静かだ。私の右手にはコンラート。彼の向かいには困り顔のルルカがいる。『大切な話があるから』といってコンラートが呼び出したのよね。


 ちなみにそれを伝えたのは私。仕事のうちとはいえ、あまり気乗りはしなかったけれど仕方ない。話し合いでは彼女の味方をしてあげるつもり。ルルカのことは好きではないけど、そもそもコンラートが婚約者以外の令嬢に執心しているのが間違いなんだからね。


 だけどコンラートは、『少し待て』と言ったきり、黙っている。ランチに手もつけない。

 ルルカは時どき私に、質問したいような目を向けてくるけれど、私だって意味がわからないわよ。


 困った、と思っていると、こちらにやってくるエヴラル様の姿が見えた。

 きのう彼女――いや、彼は、ルルカがコンラートと別れるのならば、彼女にはもう意地悪なことは言わないし、過去のことは謝ると言っていた。さすがオルタンヌ様。

 だけどコンラートは別。彼が浮気し続ける限り、注意するという。


 まずいな、今こちらに来てほしくないなと思って、こっそり身振り手振りで伝えてみたけど、ダメだった。彼女はまっすぐにやってきた。


「遅くなってごめんなさい。先生に呼び止められてしまったの」とエヴラル様が私たちにむかって詫びた。


 あら。どういうこと?

 ルルカも困惑した顔をしている。

 ということはコンラートが彼女を呼んだのだわ。


 そのコンラートがゆらりと立ち上がり、エヴラル様に対峙した。表情が険しい。どう見ても穏やかな話をする雰囲気じゃない。

 心配になって私も立ち、王太子の斜め後ろに位置を取った。


「オルタンヌ!」コンラートが食堂中に響き渡るような声を出す。「貴様の悪行にはほとほと嫌気がさした」


 んん?

 このセリフって、悪役令嬢モノの断罪シーンによくあるものじゃないかしら。


「か弱いルルカをイジメぬく悪逆非道な女など、国母にふさわしくない!」


 やっぱり!

 ルルカにふられたタイミングで、まさかの断罪!

 なにを考えているのかまったくわからないけれど、エヴラル様を守らなくては!


 さっと状況を確認する。

 エヴラル様は、多少目を見開いてはいるけれど、冷静みたい。

 ルルカはすわったまま、呆然としている。

 コンラートは軽い興奮状態。

 食堂内は静まり返り、誰もがこちらに注目している。


 よし。把握した。


「よって!」と叫ぶコンラート。「貴様との婚約は破棄する! そして僕はルルカを新しい婚約者に迎える」

「ええっ!」と叫ぶルルカ。


 コンラートはおかまいなしに彼女に歩み寄り、ひざまずくと、その手を取って口づけた。

「決断が遅くなってすまなかった。もう、なにも恐れることも心配することもない。安心しろ。きのうの振る舞いは許してやる」


 あー、あー、コンラート、違います。

 そうではありませんよ。


 こうすれば、ルルカが自分の元に戻ってくると思ったんだ。

 可哀想なお頭をしている……。

 でも、今のところ、エヴラル様に害をなすつもりはないのかしら。


 こそっと彼のほうに近寄る。

 が、彼のほうは堂々と私のそばにやってきて、

「陛下の耳に入ったら、王太子を降ろされかねないわ」と小声で囁いた。「といっても、この状況では、入るでしょうね」

「はい」コンラートから目を離さず、返事をする。「きのう、陛下から直接注意をされたはずなのですけど」

「それが逆効果だったのね」


 コンラートは、青ざめ懸命に『私はコンラート様にふさわしくありません』『間違ったおこないをしていました』『お許しください』と拒否をするルルカを説得している。

 死にかけた婚約者を見捨てた人でなしとしてルルカに見限られたことを、まったくわかっていないみたい。


「オルタンヌ様は、お戻りになっていただけますか。このぶんだと大丈夫だと思いますが、もしかしたら彼が逆上してあなたさまに理不尽なことをするかもしれませんから」

「そのときはステラが颯爽と助けてくれたら、嬉しいわ」


 それは!

『もちろん』と答えたいけれど、私は王太子の護衛なのよ。


「嘘よ。返事はできないものね」とオルタンヌ様。「私は下校します。父も知ることになるでしょうから、きちんと説明をしなければなりません」

「そうですね。私もそろそろ殿下をお止め――」


 小柄な女子生徒がひとり、遠巻きにしている生徒の中から早足で進み出てきた。強張った顔をしている。

 リボンの色からすると、二年生だわ。ルルカの知り合いが助けに来たのかしら。


 彼女はコンラートのすぐそばで足を止める。彼を見る目が据わっている。


 まずい。


 本能的にそう思った。と同時に女子生徒に向かって突進する。

 彼女が上着の下から肉切り包丁を取り出し、両手で柄を掴み振り上げる。


「私のことは飽きたといって捨てたくせに!!」


 振り降ろされる包丁。そこに横から体当たりをして、包丁を奪い取る。彼女をうつぶせに床に押し付け右手をひねり上げ、制圧できたと思ったとき。


 脇腹に激痛が走った。

 小さな短剣が刺さっている。


 女子生徒が左の手でそれを握りしめていた。


「「ステラ!!」」


 エヴラル様とコンラートの、悲鳴のような叫び声。

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